第34話 モモの生い立ち


 俺達が宿方面に戻るように細い路地を歩んでいると、民家や道端に井戸が数多く存在することに気付く。この街の飲み水は、殆どが井戸水だ。西側の郊外に川が流れているため水が豊富なのであろう。


 太い道に出た俺達がそれ沿いにぶらりと歩いていると、今度は魔法道具屋が存在することに気付く。ポーションなどを販売していて所持しておきたいと思考するが、今は金に余裕がないため金額のみを確認しておく。


 昼を迎えた俺達は、通沿いにあるこじんまりとした飲食店で昼食を済ませる。そのあと、再び道沿いをぶらりと歩く。


(休みにしたのはいいが、あまりやることがないな…)


「ねえ。何あれ?」


 休日の過ごし方は難しいと俺がそれを持て余していると、隣のモモがこちらの服を引っ張りながら指を差して尋ねてきた。そこには二階の外壁に大きな魚の燻製の様な物が飾られた店があり、店先には釣り竿などが並べられている。


「あれは釣り道具屋だな。見るのは初めてか?」


「うん。始めて…」


 モモに視線を移しながら俺は尋ねると、不思議そうな表情のモモはそれを見つめながらぽつりと返事を戻した。


(異世界の暇つぶしと言えば、やっぱり釣りか?)


「入ってみるか?」


「うん!」


 興味が沸いた俺が尋ねると、表情をぱっと明るくさせたモモは俺の腕に抱き付き返事を戻した。俺達はそのまま店内に進むことにする。





 壁などに釣り竿が飾られている見晴らしの良い店内は、右奥に広がり中央奥にカウンターが見える。


「「こんにちは~」」


「らっしゃい!」


 俺達が挨拶すると、背を向けて仕事しているのであろうおやじが威勢の良い声を飛ばしてきた。おやじはこちらに振り向き、そのまま俺達の下に歩み寄る。


「この辺で、釣りができる場所はあるか?」


「それなら、その辺の水路か西門を出たとこの川でできるぜ」


 早速俺が尋ねると、日焼けしたおやじは腕組しながら笑顔で快く応えた。


(そう言えば前に宿で食べた魚は、西の川で釣ったとか言ってたな。あの子は今も元気だろうか…?)


「う~ん? あんたらは、この街は初めてか?」


(う~ん? まあ、いつものことだからいいか)


「そうだ」


「釣りに興味があるのか?」


「まあな。ちょっと、やりたくなってな」


「ほ~う…」


 首を捻りながら俺が以前の宿屋のケリーちゃんのことを思い出ていると、今度のおやじは不審な表情でこちらに尋ねた。若干悩んだ俺が返事を戻すと、おやじは同様な表情で再びこちらに尋ねた。それほどの興味を持たない俺が軽く返事を戻すと、おやじは顎に手を当てながら声を漏らしつつ値踏みするかのようにこちらを見始める。


(このパターンは、諦めるしかないよな…)


 不快に感じた俺だが、ここはじっと我慢する。


「あんたらは、冒険者なのか?」


「ああ…」


「おおっ! やっぱりそうか!」


 腕組みをし直したおやじがこちらに尋ね、俺は愛想悪く返事を戻した。すると、突然おやじは得心を得たような表情を作り、声を張り上げた。


「悪いな。見ない顔だったんで、遂じろじろ見ちまった。それに…。いや、これは止めておこう」


(なんだ? なんで話を止めるんだ?)


「ちょっと~。じろじろ見ておいて、話を途中で止めないでよ!」


 顎を摩りながら話し始めたおやじは、何故か途中で話を止めた。俺がそれを気に掛けていると、モモが怒ったように声を上げた。


「あ~…。まあ、いいか。気を悪くせずに聞いてくれよ。兄ちゃんの方は、釣りに向いてなさそうなんだ」


「へ?」


「なんつうか~。オーラが強過ぎるんだ。魚は敏感だから、そういうのがある奴からは逃げちまうんだ」


(逃げる? いや、その前に…。オーラってなんだ!? ゲームみたいな世界だから、そういうのがあるのか? 前の世界で、老け顔だからか貫禄があるとかオーラがあるって言われたことはあるが、そういう感じのものか?)


「あっ! それ分かるかも!」


「む!? 分かるのか!?」


「うん! お兄ちゃんに初めて会った時、凄い力を感じてビビットきたの! だから、私はこの人に一生ついて行こうって決めたの!」


 少し悩んだおやじがそう話し、意表を突かれた俺は思わず声を漏らしていた。おやじが説明を付け加え、俺は過去を思い出しつつも理解できずに困惑した。すると、突然隣のモモが声を張り上げた。疑問に思いながらも俺が尋ねると、モモは先程とは違いニコニコした表情を俺に向けながら力強くそう話をした。


 モモが元の世界の我が家で住み始めた切っ掛けは、ある日突然、俺の母親に家の向かい側の駐車場で拾われたためだ。当時はモグラを捕まえてきたアメリカンショートヘアーのボス猫が亡くなり、一年が経とうとしていた。毛並みがその猫と同様なモモを見た母親は、たまらず拾ったそうだ。


 子猫の頃のモモは体が小さく、毛並みは茶色が少し混じったアメリカンショートヘアーだ。近所では見かけない毛並みなため、もしかすると誰かに捨てられたか、親から見放されて居場所を探し求めていたのかもしれない。子猫の生存争いは、平和ではない。我が家では猫の出産を数回させているが、母乳争いで体の小さな子猫は簡単にその場から押し退けられてしまう。それを見ていた俺は、その子猫を手助けしていた。


 話が逸れたが、モモは親が拾ってきたため俺は命の恩人でもなんでもない。そして、餌もやたらと食べさせるわけにはいかずに当時は与えていない。しかし、本当に理由が分からないのだが、モモは俺を見るなりすぐさまべったりになった。俺が歩く時、右足を一歩前に出すと直ちにそこに近寄り足に絡みつくかのようにスリスリし、次に左足を一歩前に出すと再び直ちにそこに近寄り絡みつくかのようにスリスリする。歩く飼い主の足に犬がそのようなことをする動画を見たことはあるが、猫がそれをするとは当時の俺は夢にも思わずに随分と困惑した。そのためか、俺はモモのために命を掛けなければならない。そんな気すらしていた。


(モモは…、オーラが見えるのか? 元、猫だし、今も俺とは見てる世界が違うのかもしれないが…。それにしても、いったいなんだろうな…?)


「その話はともかくだ。冒険者なら、釣りスキルぐらいは取っとけよ。釣った魚は、いざという時の食糧になるからな」


 俺がモモを見つつ当時を振り返りながら頭を捻っていると、おやじは笑顔で話題を切り替えてこちらの素性を見抜いて話をした。


(オーラのことが気になるが、まあ…、今はいいか。それより、この世界にも釣りスキルがあるのか。本当に、ゲームみたいな世界なんだな。ゲーム内でのんびり釣りをするのは好きだったし、何より食料だよな。俺の知ってるゲームだと謎肉が魔法で出せたが、それらしいものは今のところなさそうだし…。それなら、このスキルはここで覚えておいたほうがいいか…?)


「モモ、どうする?」


「う~ん…」


 俺はオーラよりも今後の食糧事情を優先したが、若干迷いが生じたためモモに尋ねた。唸り声を上げたモモは、先程おやじに苦言を呈したためか微妙な表情で悩んでいる。


「嬢ちゃん。さっきは悪かったな。だが、安心していいぞ。兄ちゃんは小魚を釣る才能はなさそうだが、大物は別だ。奴らは、強者を好むからな! それに高い釣りスキルが必要な大物は、脂が乗って格段に美味いんだ。兄ちゃんに腕を磨いてもらって、釣ってもらうといいぞ!」


「ホント!? それなら私、釣りスキルを覚える! ねえねえ、お兄ちゃん~。釣り竿、買っていこうよう~」


 おやじが、嘘か誠か分からない話をした。モモは下心からであろう。普段あまり出さない猫なで声を上げながら、俺の体を揺らしておねだりを始める。


(俺には、雑魚よりも大物が似合うのか! それは気付かなかった…。モモは、魚だからかだよな? 俺もその魚は食べてみたいし…。よし! この店で竿を買うか!)


「おやじ! すまないが、俺達に合う釣り道具を一式、見繕ってくれるか? それと、釣れる場所のことを、もう少し詳しく教えてくれ!」


「おうよ! 冒険者なら、そうこなくっちゃな!」


 都合よく解釈した俺は、テンション高く注文した。おやじも任せろと言わんばかりに力こぶを見せながらテンションションく返事を戻した。


「ところで、予算はどうする?」


(予算か…。まあ、考える間でもないか)


「一番、安いやつで」


「ハッハッハ。任せとけ!」


 おやじの尋ねにそのことを失念していた俺だが、当然そう返事を戻した。腕組を解いたおやじは、高笑いしながら踵を返してこの場から離れて行く。俺とモモは店内を物色しながら、おやじを待つことにした。



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