第33話 アイアン武器


 翌朝。


「お兄ちゃん、起きて! もう9時ぐらいだよ!」


 夢見心地な俺の耳にモモの声が届いた。体を揺らされていることに気付いた俺は、薄すく瞼を開く。俺のベッドに腰掛けているモモと、窓から差し込む日差しが眩しく映る。


「ん~…。もう、そんな時間か?」


 弱々しく返事を戻した俺は、ゆっくりベッドから体を起す。


「はあ~。ああ…、体がだるいな…」


「昨日は久しぶりに、沢山呑んだもんね」


「そうだな」


 大きく背伸びをした俺は、そのあとぽつりと呟いた。モモが微笑ましく話をし、俺は優しく返事を戻した。


「今日は、休みなんだよね?」


「ああ」


「それなら、どこか遊びに行こ!」


「別にいいが、武器屋に寄ってからな」


「うん!」


 尋ねたモモは、俺が返事を戻すと嬉しそうに提案した。頭の働いていない俺は瞼を擦りながら応え、モモは頷きながら元気に返事を戻した。


 武器屋に寄る理由は、昨晩の打ち上げでボボンがカブト割と話したためだ。カブト割は、甲羅のように硬いモンスターに大ダメージを与える技だ。付近に硬いモンスターが存在するとのことで、武器をアイアン系の物に買い替えてそれに備えることにしていた。


「朝飯は、もう食べたのか?」


「うん、食べたよ。お兄ちゃんの朝ご飯は、貰っておいたよ」


 俺が尋ねると、モモは自分のベッドの上を見ながら話をした。そこには、お盆に載せられた朝食が置いてある。朝食はその時間を過ぎると、用意してもらえない。


(なんて気の効く子なんだ!)


「悪いな」


「いいよ」


 感動した俺は礼を述べ、モモの返事を耳にしながらそれに手を伸ばす。俺はサラリーマン時代の急ぐ朝を思い出しながら、ひょいひょいひょいと朝食を済ませる。布の服に着替え、盾を背中に剣を腰に装備する。この間の時間は、凡そ十分だ。朝の身支度のスピードには自信がある。急いだ理由は、既にモモが外行の服とダガーを腰に身に付けて準備万端なためだ。仕上げに宿の裏庭の井戸で顔を洗い、俺達はそのまま以前訪れた武器屋に向かうことにした。





「いらっしゃい!」


 武器屋に訪れた俺達を出迎えてくれた声音は以前の男の子のものではなく、成人男性のものだった。俺とモモが顔を見合わせていると店の奥から特に特徴のない中年の男が現れ、そのままこちらに歩み寄る。


「武器の買い替えかい?」


(話が早いな)


「ああ。アイアン装備に、変えようと思ってな」


「そうかい。それならこっちだ」


 俺達の腰元を一瞥した男が尋ね、好都合と捉えた俺は返事を戻した。男は話しながら踵を返し、左に歩き始める。商品が置かれている場所は分かっている俺達だが、その事は言わずにあとを付いて行く。


「ここのがそうだ」


 男は立ち止まり、腕組みしながらそう告げてきた。早速、俺はアイアンソードを、モモはアイアンダガーを手に取る。


(鉄だからか、少し重いな。モモは大丈夫か?)


 気にした俺が隣を見ると、モモは両手でダガーをクルクルと回している。実に見事な手捌きで問題はなさそうだ。


「あんたらは、見掛けない顔だが…。新人の冒険者か?」


「そうだ。この店に来たのは、二回目だよ」


「おっと、そりゃすまねえ。俺は仕入れで店を離れてることが多いから、勘弁してくれな」


 モモの様子を見ていた男が、若干戸惑いながら尋ねてきた。俺が返事を戻すと、男は頭を掻きながら申し訳なさそうに説明した。


(嫌味のつもりじゃ、なかったんだけどな…)


「別に、構わないさ」


「詫びに一つ、いいことを教えてやるよ。実は、この街は鉄が安いんだ。だから、鉄製品は他の街よりも安く買えるんだ」


 そのつもりではなかった俺が気にしていないと軽く伝えると、男は腕組したまま人差し指を立てて得意気に話した。


(物が安くなる理由は、幾つかあるが…)


「近くで、鉄鉱石でも採れるのか?」


「惜しいな兄ちゃん。安い理由は、よく売れるからだ。特に鉄製品の武器は、この付近のモンスター達が弱いから多く出回るんだ」


(チッ。外れたか…)


「なるほど。それでか…」


 思考を巡らせた俺が憶測で尋ねると、男は楽し気に話をした。当てが外れた俺は若干悔しく思い、呟くように返事を戻した。


「けどな、鉄鉱石が採れるって言うのも半分当たりみたいなものだ」


「どういうことだ?」


「少し離れた場所に、アクアンシズって大きな街があるだろう? その周辺で鉄鉱石が採れるから、他の街よりも仕入れが安いんだ」


 男は俺の様子を見ていたためか機嫌を取るかのように話をし、俺が再び尋ねるとそう説明した。


(なるほど。その情報は、何かに使えるかもな…)


「お兄ちゃん。私、これにするね」


「ん? そうか。それなら、俺もこれでいいよ」


 物価について未だピンとこない俺があれこれと思考を巡らせていると、モモが話し掛けてきた。俺が男と話し込んでいる間に、武器を選び終えていたようだ。最初に手にした二本のアイアンダガーを、俺に向けて差し出している。返事を戻した俺も最初から手にしているアイアンショートソードを選び、それを見ながら応えた。


「毎度! それなら、アイアンダガーが二本で小金貨5枚とアイアンショートソードが小金貨3枚で、合計小金貨8枚だ」


(知ってた。二刀流は、金が掛かるんだって。今はまだいいが…。まあ、それでもこの新しい武器で今まで以上に稼げばいいか)


 にこやかに商売人の声を上げた男がこちらに金額を伝え、俺は過去の経験から未来に恐怖と希望を抱いた。


 金については、先日の3日間のクエスト報酬で漸く赤字生活から抜け出すことができている。その報酬額は、ビッグフロッグ百六十匹をギルドに収めて大金貨1枚と小金貨6枚で、ボボンにポーター料金の小金貨3枚を支払い、最終的に大金貨1枚と小金貨3枚が手元に残る。


「情報、ありがとう」


「いえいえ。こちらこそ、ありがとうございます。ところで、腰の武器は買い取ろうか?」


「そうだな。そうして貰うか?」


「うん」


 俺は礼を述べながら金を支払う。男は礼を述べながらお辞儀をしつつそれを受け取り、続けてこちらに提案した。俺は隣のモモを見ながら尋ね、モモは頷き返事を戻した。俺達は腰の武器を外して買い取ってもらう。その金額はブロンズショートソードが銀貨1枚とブロンズダガーが銅貨9枚で、合計が銀貨2枚と銅貨8枚になる。売却価格は、買値の10分の1程度のようだ。


「それじゃあ、また来るよ」


「またね」


「ありがとうございました。息子を、どうぞ宜しくお願いします」


 俺とモモが別れを告げると、男は深々と頭を下げながらそう話した。子供を大切に思う親心は、この世界でも変わらないようだ。俺達は新しく腰に装備した武器に目をやりながら、気持ちも新たにしつつ店を離れる。そして、このあとは宿の周辺の訪れていない場所を巡ることにした。



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