第32話 工夫
「お待たせしました~」
アルバイトと思われる若い女性が俺達の下に訪れ、声を掛けながら出来立ての料理をテーブルの上に並べる。熱々の鉄皿の上に乗せられた湯気立つ肉厚なステーキに透明感のあるソースの煮魚と瑞々しいサラダ。目にも楽しく、非常に美味しそうだ。
「御変りは、いいですか?」
「それなら三つ、また貰うかのう」
「ありがとうございます。エール三つ、お願いしまーす!」
「あいよ!」
女性の確認に、空のジョッキを見たボボンが気を利かしてくれて追加注文した。女性は礼を述べ振り向きて注文を飛ばし、店主の返事を確認したあとジョッキを回収してカウンターに戻る。しばし、俺達の会話は途切れる。
(話題を変えるには丁度いいし、あの事を聞いてみるか)
「ボボン。もし良ければ、空間魔法のレベルが幾つか教えてもらえないか?」
「ふぉふぉふぉ、構わんよ。こんな年寄りのスキルなど、いくらでも教えてやるわい」
【ステータス】
恐る恐る、俺は淡い期待を抱きながら思い切って尋ねた。冒険者のスキルは基本的には秘密にされていて尋ねることは失礼に当たるが、ボボンは引退しているため応えてくれる可能性があると考えたためだ。ボボンは察したように応えたあと、ステータス画面を開いた。老眼なためか、顔を遠近させながら覗いている。
(ふう~。ひょっとしたら怒られるかもと思ったが、良かった)
「お待たせしました~」
しばし、俺がボボンの様子に安堵していると、先程の女性が掛け声と共にジョッキをテーブルの上に三つ置く。少し喉が渇いていた俺は、それに手を伸ばして口元に運ぶ。
「儂のレベルは、50じゃな。別の言い方をすれば、超級と言ったところじゃ」
「ぶっ。げほげほ。ちょ、超級なのか?」
「ちょっと、お兄ちゃん。汚い~」
予想の遥か上を行ったボボンの話で気管支にエールが流れた俺は、思わず吹き出して咳き込みながら尋ねた。隣のモモは、苦言を呈しながら渋い表情を見せる。
(超級って確か、名のある冒険者が辿り着くレベルだよな?)
「も~。これだから、お兄ちゃんは~…」
モモに悪いと思いながらも、俺はその話を思い出していた。超級の上には、神級、神話級と続くが、これらは名のある冒険者達が所持するものだとマリーから聞いていた。口を尖らせたモモは、母親のようにブツブツと小言を言いながらそれを御絞りで拭き始める。
(ボボンは、いったい何者なんだ?)
「ふう~…」
俺が頭を捻っていると、拭き終わったモモがどっしりと座り直しながら溜息のような声を漏らした。続けて、ナイフとフォークを手に取り、湯気立つ肉厚なステーキに手を伸ばす。大きく切り分けたそれを、大きく開いた口元に運ぶ。ストレスを発散させるかのようにして口いっぱいに頬張り始めたモモだが、次第にその目元が緩み始めて首を傾けながら頬に手を添える。存分に、肉汁を堪能しているように見える。
(美味そうだな…)
「ふぉふぉんふぁふごふぃんふぁね」
「そんなことはないぞ。この歳じゃ。60で超級なら寧ろ低いぐらいじゃよ。儂には、そこまで魔法の才能がなかったからのう」
モモの姿を見ていた俺は、口の中の溢れる肉汁をイメージして生唾を飲み込む。機嫌を直したモモが、楽し気にそう話した。恐らく「ボボンは凄いんだね」と言ったのであろう。ボボンは微笑みながら昔を懐かしむように話したあと、ジョッキを口元に運ぶ。
(おっと。今は、ボボンの話だった。歳を考えると、寧ろ低いのか…。いや、それでもこの得手不得手がある世界なら凄いように思えるが…。ボボンがそう言うのなら、そうなのか…?)
うっかり仕掛けた俺は腑に落ちなかったが、とりあえず今は納得することにした。そして、今のステーキが美味しかったのであろうモモが、舌なめずりをしながら再びステーキに手を伸ばす。先程と同様に大きく切り分け、二口目の肉汁が滴るそれを一口で頬張る。
「ん~んっ!」
唸り声を上げたモモはモグモグと頬張り始め、
「ふぁいふぉうふぁふぅふひふぉふぁふぉ、ふぉんふぁふぁんふぃふぁふぉ?」
摩訶不思議な言葉を発した。目を丸くした俺は、テーブルの上に身を乗り出す。
「なんて言ったと思う?」
「う~む。これは最高難易度のダンジョンギミックよりも、難しい攻略じゃのう…」
満面の笑みのモモを見ながら、俺は小声でボボンに尋ねた。ボボンは鋭い冒険者の表情を見せるが、自信なさ気に返事を戻した。2人で眉間に皺を寄せながら、これの攻略に当たる。この間も、モモの口には分厚く肉汁滴るステーキが運ばれている。
(早くしないと、ステーキが無くなる! う~ん………)
ピンチを迎えた俺の頭の中は、フル回転する。
「才能のある人だと、どんな感じなの? って聞いたのか?」
「ふぅん。ふぉう!」
「うむ! あっぱれじゃ!」
『『パチパチパチパチ』』
研ぎ澄まされた俺の直感の話に、モモが首を大きく縦に振しながら、恐らく「うん。そう!」と応えた。力強く頷いたボボンは俺を褒め称えながら頭上で拍手し、モモも同様にした。
「そうじゃのう。空間魔法を使う者は少ないが、他の魔法なら若くても超級や神級を使えるのう。それと、その者達はだいたいAランクかBランクのパーティーを組んでおるのう」
「ちょ、ちょっと待ってくれ。Bランクで、超級の魔法を使えるのか? それだと、冒険者達はそんな凄い奴らばかりなのか?」
「ねえねえ。それならSランクの人達は、もっと凄い魔法を使うの?」
ボボンは、顎を摩りながら話した。喝采で話の内容を忘れていた俺だが気付いて慌てて口を挟み、モモも即座に尋ねた。
「凄い奴らばかりとは、限らんよ」
ボボンは話したあと、エールを一気に飲み干す。
「どういうことだ?」
「どういうことなの?」
思わず顔を見合わせた俺とモモは、ボボンに視線を戻しながら尋ねた。
「Sランクの者達は、連携魔法なんかを使うんじゃよ。連携魔法は他の者と魔力を同調させて使うんじゃが、威力が凄まじいんじゃ。超級や神話級の魔法を上手く使いこなしながら連携技などを使う。それが、奴らなんじゃよ。まあ、簡単に言えば、工夫をしながら戦っているということじゃ」
「なるほど。仲間と力を合わせてってやつか…」
「でも、それだと剣じゃダメってこと?」
「言ったじゃろ、工夫をすると。魔法は確かに強いが、それが効かないモンスター達がおる。それに、それを使えない場所もある。そういった時には、剣や盾などを使うしかないじゃろう? 魔法だけではなく、剣や盾のスキルも一緒に工夫して使うことが大事なんじゃ。そうすれば、手に負えないようなモンスター達と遭遇しても、きっと倒せるようになるじゃろう。ふぉふぉふぉ。お姉さん。もう一杯、貰えるかのう?」
呟いた俺が納得し掛けたところで、再びモモがボボンに尋ねた。ボボンは教えることが楽しい様子で説明し、満足気な微笑みを浮かべながら追加注文した。
(そうか。この世界では、工夫した方がいいのか。そうなると、奥が深そうだな…。だが、それならここはゲームと似た世界と言っても、俺の知らない新しい発見が色々ありそうだな…)
俺は上手く思考を纏めることができなかったが、大切な事を教わった気がした。この世界では、魔法は強いがそれのみでは足りない。連携を図れば、それらの威力は上がる。剣や盾などのスキルも工夫ができる、などだ。しかし、
(物理系のスキルの工夫か…。いったい、どうすればいいんだ?)
「お主だと片手剣のスキルのカブト割が、これから使い易いじゃろう」
俺が下を見て悩んでいると、ボボンがそうアドバイスした。
「カブト割? それは知ってるが、簡単に覚えられるのか?」
「うむ、簡単じゃぞ。スキルのレベルを上げてそのイメージできれば、閃くような感じがするからのう。あとはその閃きに任せて、剣を振るうだけじゃ。お主ならきっと、すぐに覚えられるじゃろう」
(閃きに任せて、剣を振るか…。まだはっきり分からないが、とりあえずは片手剣のスキルを上げていけばいいのか…)
「私は?」
「モモは、ダブルスラッシュがいいじゃろう。二刀流のそれは、なかなか強いんじゃ」
「ふむ…」
「ふぉふぉふぉ。少し、しゃべりすぎたようじゃな。2人共、呑み直すかのう。お姉さん、注文いいかのう!?」
「は~い!」
俺が尋ねると、ボボンはそう応えた。俺は物理系のスキルを未収得なため、その感覚が分からずに頭を悩ませた。尋ねたモモはボボンの応えに一言返事を戻し、何かを考え始める。気を効かしたのであろうボボンはそう話をし、返事と共に訪れた女性に追加注文する。そして、この話題は一度打ち切りになる。
このあと、ざっくばらんに会話を弾ませる。そんな中、俺はクエストのことを思い出す。
「ところで、ボボンは農村のじいさんと知り合いなのか?」
「まあの。あやつは昔、儂をパーティーから追放してのう。そのあと色々やり合ったが、儂が圧勝じゃった。それ以来の、腐れ縁じゃよ」
「ははは…」
(異世物語の、あるあるだな…)
俺が尋ねると、ボボンは昔を懐かしむように話した。俺は乾いた声で笑いながら、世の中は狭いと呆れた。
「それにしても、あのおじいちゃん。凄く、悔しがってたよね。何かあったの?」
「おお~。そのことか」
ジョッキを片手にモモが尋ねると、ボボンは返事を戻したあと企みの表情を見せる。俺とモモは顔を見合わせるが、俺はそのまま、モモはジョッキを口にしながらかボボンに顔を戻す。
「これは、殆どの者に知られてないんじゃがの。あやつは去年、ビッグフロッグ達に弄ばれたんじゃよ。それはもう、酷い有様でのう~。服を剥ぎ取られて、粘液まみれじゃった。あれは傑作じゃったのう~。ふぉっふぉっふぉ」
「ぶーーーっ」
ボボンは説明の終わりに高らかに笑い、モモはエールを口から盛大に噴出した。
「汚いな~」
「だって…。だって…。うげ~」
俺が苦言を呈すと、青ざめたているモモはうげ~とした。嫌なものが見えたのであろう。俺とボボンは察しながら、それを御絞りで拭き始める。
このあと更に打ち上げは盛り上がり、ボボンは「普段はこの街に居るのでいつでも声を掛けてくれ」と話す。穴場の狩場もあるようで、ついでに様々な事を教えるとのことだ。そして、モモはボボンのことをおじいちゃんと呼び始める。自分のおじいちゃんが好きだった俺は、それを見つめながら昔を懐かしく思う。宴の終盤では、ボボンは飲み過ぎたためか「儂が前衛に立ってもいいぞー!」と、年甲斐もなくジョッキを掲げて見せる。
(今はボボンに勝てないが、いつかは追い抜きたいな)
俺はそんなことを思いながら、深夜まで続くこの打ち上げを大いに楽しむことにした。
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