第31話 打ち上げ


 ビッグフロッグの討伐は2日目も順調に乗り切り、今は3日目の昼過ぎ。


 モモが、最後のパープルの伸びて来る舌を左に躱しながら突進する。パープルがそれを止めようと右手を伸ばすが、素早いモモはそれすら左に躱して脇腹を切り裂きながら背後に駆け抜ける。すぐさま右に鋭角に切り返し、突進しながら背中を再び切り裂き駆け抜ける。更にそこから鋭角に切り返し、両腕を上げて背中を痛がり上体を仰け反らしているパープルの喉元を切り裂きながら左に駆け抜ける。ひっくり返ったパープルは、それが致命傷となり絶命した。


「「「おおー!」」」


「嬢ちゃん、凄いな!」


「イェイ、イェーイ!」


 討伐の最後を見届けに来ていた数人の冒険者達が、賛頌の声を上げた。モモはそれら声援に、楽しげに声を上げながら応えている。


(やっぱり、モモは速いな…。だが、戦闘スタイルが違うとは言えこれは…)


 今の戦闘を他の冒険者達と共に見学していた俺は、羨ましさを覚えながらも別の事を考えていた。


「「「お疲れ~」」」


「お疲れ様ー!」


「お疲れー!」


「あんたも、お疲れ。今度、どっかで会ったら宜しく!」


「ああ。こちらこそ!」


 冒険者達の労いの言葉に、モモが大きく手を振りながら声を上げて応えた。俺は労いの声を掛けたあと、隣の冒険者の話に快く返事を戻した。ボボンは周囲の様子を朗らかに見ている。落ち着いたところで俺はモモの下に向かい、ボボンはパープルを回収する。


「お疲れ様!」


「お疲れ!」


「お疲れ様じゃ!」


 モモ、俺、ボボンの順に声を上げて互いを労う。今の畑周辺では、楽し気にプルプルと揺れ動くスライム達とぴょんぴょん飛び跳ねる小さなカエル達のみ見える。もしかすると、奴らからしてもビッグフロッグ達は邪魔だったのかもしれない。


 俺達が農村に戻ると、他の冒険者達が老爺達に報告を行っている。俺達は帰り支度をしながらその順番を待つ。出番が訪れ、老爺達の下に訪れる。


「お疲れ様でした」


「ホント! お疲れさまでした」


 老爺は深々と頭を下げながら、隣の主婦と思われるふっくらした女性は歓喜の表情で挨拶した。


「お疲れ様!」


「お疲れ様じゃのう」


「お疲れ様でした。無事に終わりました」


 モモは元気に、ボボンは朗らかに、俺は得意気に返事を戻したが、


「そうじゃのう。今回は、無事に終わりそうじゃのう~」


「ボボン! 要らぬことは、言うでないぞ…」


「わかっとるわい。この農村の、沽券に関わるからのう~」


(なんだ? まだ何かあるのか?)


 ボボンが顎を触りながらそう話し、只ならぬ権幕を見せた老爺が含んだ物言いをした。ボボンはにやけた表情で返事を戻し、疑問を抱いた俺は老爺の気迫に押されてそれを尋ねられない。


(う~ん。2人は、たぶん知り合いだと思うが…)


 更に疑問を覚えた俺は、モモと顔を見合わせる。2人で首を傾げていると、


『パン!』


「そんなことより! これはお土産よ」


 ボボンと老爺のやり取りを見ながら渋い表情を見せていた女性が、突然話題を変えるように大きく手を叩いた。続けて、そう話しながら俺達に小包を手渡す。


「いつも、すまんのう~」


「ありがとう」


「ありがとう! これ何?」


「ここの畑の野菜で、作った漬物よ。甘みがあってとっても美味しいから、今晩にでも食べてみて」


 ほくほく顔のボボンとキョトンとした俺は、礼を述べながらそれを受け取る。元気に礼を述べたモモは続けて尋ね、優しく微笑んでいる女性は得意気に説明した。そのあと、2人は作り方などで会話を弾ませ始める。


(たぶん、これは上手いやつだな)


「それじゃあ。儂らも、これで失礼するの」


「気を付けて、帰ってくださいね」


「うん!」


「ああ!」


「じじいも、またの」


「貴様も、もう立派なじじいじゃろうに!」


 俺が頬を緩ませていると、タイミングを見計らっていたボボンがそう伝えた。女性が返事を戻してモモと俺が力強く応えると、ボボンは老爺に声を掛けた。老爺が声を上げると、2人はいがみ合う。それを見た俺達は、揃えて呆れた。


 冒険者達の中で最後の出発になった俺達は、手を振る老爺達に応えながら農村を離れる。会話を弾ませながら帰路を進み、ボボンには3日間世話になったということで、礼も兼ねて今晩打ち上げを行うことになる。俺とモモは手頃な店を知らないため、ボボンの行きつけの店に向かうことになった。





 街に辿り着いた俺達は、ギルドで報告などを済ませて一度解散する。銭湯に向かうなど、諸々の用事を済ませていると夕刻になる。ボボンと再びギルドで合流し、打ち上げを行う古びた一軒家の様な店に訪れる。


 店内は、調理場とカウンター席が一体になっている。土間を挟んだ向かい側には、腰を下ろして座ることができる板の間の席が複数並ぶ。


(座敷が、恋しくなるな…)


 俺がそんなことを考えているとボボンがカウンターで調理を行う店主と思われる人物にの下に訪れ、早速農村で頂いた漬物をお裾分けする。


(なるほどな)


 俺がその様子から察していると、ボボンがこちらに戻る。俺達は板の間に上がり、空いている4人用の席に腰を下ろす。俺とモモが横に並び、ボボンは向かい側だ。


 注文を済ませた俺達は、漬物をテーブルの上に並べて準備万端にする。最初のエールが運ばれてきて俺はそのジョッキを片手にし、


「それじゃあ、今日はお疲れさまでした」


「「「カンパーイ!」」」


『『『カチャン!』』』


「「「ク~~~!」」」


 手短に音頭を取った。ジョッキを重ねる心地良い音のあと、各々それを口にする。仕事を終えたあとの一口は骨身に染みて最強で、思わず全員で唸り声を上げた。


「今回は、色々ありがとう」


「ボボン、ありがとう!」


「な~に。大したことは、しとらんよ。それに、今ではルーティ達のような新人に色々教えることが、楽しみになっとるからのう」


 俺とモモが感謝の笑顔と共にそう伝えると、ボボンは何の問題もないと顔の前で手を左右に振りながら応えた。


 ちなみに、今はボボンのことをボボンさんではなくて呼び捨てにしている。冒険者達の間では、例え目上の人物でも呼び捨てで良いとのことだ。これは、戦闘中に毎回さんを付けを行っていては指示を出すのに遅れるためだ。ボボンはポーターだが、元冒険者なため良いそうだ。


「この漬物、美味しい!」


 フォークで刺したそれを一口かじったモモが、目を丸くさせて声を上げた。


「あの農村の漬物は、絶品なんじゃ」


「うん! 漬物なのに甘みがあって、塩加減が丁度いいよ! こんなに美味しいから、さっきお裾分けしたんだね」


 ボボンは、まるで我が家の漬物のように話した。応えたモモは、漬物を刺すフォークが止まらない。


(漬物って、たまに食べると止まらなくなるんだよな~)


「それも勿論あるが、別の理由もあるんじゃよ」


「どういうこと?」


「ここは呑み屋じゃ。呑み屋で持ち込んだ食べ物を食べてはダメなんじゃよ。じゃから、さっきお裾分けをしながら、許可をもらったんじゃ」


「そっか~。許可をもらえばいいのか~」


 モモの様子を見ながらその事を思い出した俺が漬物を指で摘まみつつ食べていると、ボボンが楽し気に話をした。手を止めたモモが尋ねるとボボンはそう説明したが、腕を組みながら納得の声を漏らしたモモを見て俺と顔を見合わせる。


「モモ。飲食店に食べ物を持ち込んで食べるのは、普通はダメなんだぞ」


「えっ。そうなの?」


「客にそんなことをされたら、店が儲からなくなるだろ?」


「うむ。それと、この店では許可を貰えば食べてもいいことになっておるが、普通はその許可は貰えないからの。一人に許可を出すと、他の客も同じようにするからじゃ。大きな店では、特にダメなんじゃよ。それをやられると、店の商売が成り立たなくなるからのう。他にも色々な場合があるが、それはモモちゃんがもう少し大人になって、自分の行き付けの店を持つようになると分かるじゃろう」


「そっか~。私も、早くそんなお店を見つけたいな~」


(俺にも、そんな時期があったな。大人を、羨ましく思ったものだ)


 モモに視線を移した俺がそう伝えると、モモは少し驚きながらこちらに振り向き聞き返した。そのまま俺が説明し、ボボンは窘めるように説明を付け加えた。モモは少しがっかりしながらも楽しそうに返事を戻し、その様子を見ていた俺は懐かしさと共に昔を思い出す。


 この事は、俺も子供の頃に憧れていた。それをやってみたいと親に話したところ、「大人になって、自分の金で行き付けの店を作ってからだ」と、今のモモの様に窘められたことがある。


(旅をする生活でも、いつかはそんな店を作ってみたいな)


 環境は違うがこの世界でも以前のようにその店を持ちたいと強く願いながら、俺はエールを飲み干した。



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