第30話 モモの声


(よし! 始めるか! 次は、あのピンクだ!)


 モモを見送り気合を 入れ直した俺は、手前の横を向いているピンクに狙いを定めてこの場から駆け出す。接近すると、ピンクは向いている方向に飛び跳ねる。俺はそのまま追い掛けて剣を振り下ろす。直後、ピンクは再び飛び跳ねるが、


『ズバ!』


 辛うじて届いた切っ先が脹脛を切り裂いた。ピンクは着地するが、足を引きずる。俺は再びその場から駆け出し、脇腹に剣を突き刺す。貫通した剣を引き抜くと、ピンクはそのまま前のめりに倒れた。


「違うな…。なんかこう、もっと盾使いらしく戦ってみるか?」


 納得がいかず、俺は思わず首を傾げて呟いていた。


(う~ん…。敵を、引き付けた方がいいよな?)


 悩んだあと、地面に落ちている石を拾う。それを、近くのブルーに投げつける。石が当たったブルーはピクリと反応し、目付きを獰猛にさせながらこちらに振り向く。


(こんな感じか?)


 戦闘スタイルが手探り状態で不安は残ったが、ブルーと対峙しながら腰を落として盾を構える。次に、ブルーの出方を見ながらゆっくり近付いて行く。


「ゲコ」


 距離が残り3メートルほどで、ブルーは喉を膨らませて鳴いた。そのあとダイブ時と同様に前傾姿勢を取るが、ここでブルーは口を大きく開く。


「あっ!?」


 俺は失念していたことに気付き声を上げた。


(不味い! 舌が来る!)


 直ちにそう判断し、盾を強く握りしめる。カエルと言えば、舌で獲物を捕食する。ブルーの口の中から、バスケットボールほどの二枚舌が伸びて来る。


『びちょん!』


「うわっ!」


 汚い音と共に盾にへばり付いた舌が、一瞬こちらを押したあと直ちに引っ張る。声を上げながらバランスを崩した俺は、咄嗟に左足を前に出して地面を踏ん張る。


「なっ! なんて力だ!?」


 体が引きずられている俺は、思わず声を上げていた。すぐさま、それを引き剥がそうと、餌に食らい付いた魚を引き上げるかのように盾を左右に動かす。


「クッソ! 取れねえ!」


 収縮するそれは剥がれる気配を見せず、俺は苦渋の声を上げた。逆に、ブルーは目元を緩ませながら、餌に食らい付いた魚を引き上げるかのように頭を左右に動かす。


「それなら!」


 声を上げた俺は、剣を上に掲げて舌の切断を試みる。それに気付いたブルーは、ご馳走を逃がしてなるものかと言わんばかりに口を大きく開けたままこちらにダイブする。


「そう来るなら!」


 再び声を上げた俺は直ちに剣を胸元に引き寄せ、空中のブルーの腹目掛けて突きを繰り出す。


『ズブ!』


 ブルーの口が盾の目の前で停止した。突きは見事にブルーの体を貫通している。俺は滴る体液が右手に付かないように、直ちにブルーを横に捨てる。


「危なかった。もう少しで、盾が粘液まみれになるところだった…」


 安堵で声が漏れた俺は、体液などが手に付着しないように剣をヘラ代わりにして舌を盾から引き剥がす。


(これ、洗った方がいいよな…)


 お気に入りの盾の汚れを確認した俺は、川を目指すことにした。





 俺は更に戦闘スタイルを模索しながら奴らを倒し、川に辿り着く。盾と剣を素早く水で洗い流し、討伐を再開する。


「クッソ! 洗った意味がないぞ!」


 俺がぼやきながら、しばしそれらを続けていると、


「2人ともー! そろそろ休憩にしたら、どうじゃあー!?」


 後方のボボンから張った声が届いた。俺は戦闘に区切りを付けて背後を向く。


「もう、そんな時間か?」


「うむ。夢中だったようじゃな」


 俺が尋ねると、ボボンはこちらに歩み寄りながら返事を戻した。モモもこちらに駆け付け、


「お腹空いちゃった」


 満足した様子で話をした。


「丁度、三十匹じゃ。キリもいいし、向こうで昼にするぞい」


 朗らかに話したボボンに従い、俺達は安全な場所まで移動して昼休みを挟むことにした。





「なんか、ヌルヌルしてて、気持ち悪いね」


「そうだな~。あと、ここのカエルは、目も気持ち悪いな」


「ぎょろっと、してるもんね」


「モンスターは、大概大きいからの~」


 モモが自分の弁当を美味しそうに食べながら話し、俺も同様にした。弁当は、宿で作ってもらっていた。パンと、それなりのおかずが入っている。モモの話に、愛妻弁当を食べているボボンが応えた。


 俺は緑の小さなカエルは可愛いと思うが、ここのビッグフロッグ達はちょっと大き過ぎる。そのため目がぎょろりとしていて、間近で見るとぎょっとする。


 会話を弾ませながら小一時間ほど昼休憩を挟み、俺達は奴らの討伐を再開する。


 午後の俺は落ち着いていた。奴らの攻撃パターンに、慣れてきたためだ。焦ることなくレッドと戦闘していると、その向こう側のイエローが視界に映る。イエローは、こちらを見ながら体を前後に揺らしている。


(こっちに、飛んで来るのか?)


 戸惑った俺が盾を構えて警戒していると、イエローが飛び跳ねる。優雅にダイブする姿を見ていると、


『カプ』


 イエローはレッドの頭部に食いついた。レッドはそれを可愛らしい手で、猫が耳の裏をかくような感じで剥がそうとしている。イエローは、構わずハムハムを続ける。


(カエルは、視力が悪いらしいからな…。それにしても…、ちょっとかわいい…)


(お兄ちゃん後ろ!)


 思考を巡らせながら俺が和んでいると、突然モモの張り上げた声が届いた。


「なんだ!?」


 驚き声を上げた俺は、戸惑いながらもモモを信じて右回りで背後に振り向く。すると、眼下の地面が盛り上がり、その中からガバッとブラウンが顔を出す。


「こいつ! 隠れてたのか!?」


「ゲーコ」


 張り上げた俺の声をあざ笑うかのように鳴いたブラウンは、細目で大きく口を開く。その中にドロドロの唾液たっぷりなバスケットボール状の舌が見えるが、すぐさまそれが俺の顔面目掛けて伸びて来る。


(間に合わない!)


 俺は咄嗟に思考を巡らせたが、盾はレッドとイエローの攻撃に備えるために前方に残してある。右回りで振り向いたのは、そのためだ。盾で防げないと判断し、俺は直ちに首を左に傾けてその舌を回避する。しかし、舌は角度を変えて俺の顔に迫り来る。


「くっ!」


『バシン!』


『ぬちょ~』


 俺は声を漏らしながら、舌を兜越しに右頬で受け止めた。兜は激しい音を立てて吹き飛んだ。そのあと、右頬から首筋までをねっちょりさせながら舌が通り過ぎる。


「き、き、きーーー………! 気持ち悪い!!!」


 苦しみながら声を上げた俺は、同時に全身から身震が起きた。その舌は、まるで上質な羽で優しく撫でられたかのようなゾクッとする感触と生温かな体温を残しつつ、更にドロッとした生温かな唾液を右頬から首筋に掛けてへばり付け、ダメ押しと言わんばかりにほのかに生暖かい生臭さを押し付けてきた。


 続けて、ブラウンがこちらの事情などはお構いなしにダイブしてくる。俺はジタバタしたくなる感情を歯を食いしばりながら強引に抑え込みつつ、その攻撃は既に見切っているため素早く体を逸らして躱す。しかし、安堵してブラウンに向き直るのも束の間、俺の正面には左から、レッド、イエロー、ブラウンの順で奴らが横一列に並ぶ。


「チッ! こいつらは、土の中にも居るのか!」


 俺は冷静に声を上げるも、心臓が高鳴り続けている。突然、背後から、ワッ! と驚かされた気分だ。


「よくもやりやがったな! 三匹とはいえ、もう構わん!」


 俺が声を張り上げて威嚇するも、レッドとイエローは先程までの可愛らしさとは打って変わりブラウンと共に獰猛な目付きでこちらを薄ら笑う。


「美しいものには棘があるように、可愛いものにはあざとさがあるか…」


 呟いた俺はこれから起きる惨劇を悲しく思いながらも、過去の経験から憎悪が生まれ始める。


 感情に任せ、俺は奴らとの戦闘を開始する。俺が一歩前進すると、ブラウンが再びダイブしてくる。俺は左に踏み込みながら躱しつつ、横なぎに剣を振るいブラウンの胴体を大きく切り裂く。続けて、レッドが舌を伸ばしてくる。盾で受け止めた俺はレッドの左側に駆け出しながら剣を振り下ろして舌を切断し、返しの振り上げる剣で舌の切断を痛がるレッドの口元に当てた腕ごと喉元を切り上げる。レッドの左に回った俺は、同時に喉が切断されて上体が浮いているレッドを右前蹴りしてイエローにぶつける。イエローは、仰向けのレッドの死体が邪魔なのであろう。勿論、俺がそう仕向けたのだが。こちらに攻撃したいのであろうイエローは、その上にペタペタとよじ登り始める。俺はイエローの頭部目掛けて、上段から剣を力強く振り下ろす。


『グシャ』


「うわあ!」


 それは鈍い音だった。ブロンズショートソードの切れ味が悪く、イエローの頭部を潰すように切った。その様は非常に宜しくなく、俺は思わず声を上げてしまったが、


(これは、正常だ!)


 無理やりそう考えて意志を強く保った。


(豚や鶏の解体だって、やってきたんだ。あの時のように、思えばいいさ)


 当時を思い出した俺は、地面に屈服している奴らを見ながら再度自分を納得させた。


「ふう~」


(焦ったが、なんとか倒せたな)


 一息ついた俺は無難に奴らを倒し終えて安堵したが、


(そう言えば…)


 先程のことを思い出してモモを見た。笑顔のモモは、こちらを祝福するように手を振っている。今の俺とモモの距離は、少し離れている。しかし、先程の声ははっきり聞こえた。


(何をした?)


 疑問を抱いたが、周辺には今の戦闘で引き付けられた奴らがゆっくり集まり始めている。俺はそれらを倒すことを優先し、思考と共に奴らを薙ぎ払う。


 このあとも、俺達は討伐を続ける。そして、モモと合わせて三十匹倒したところでこの日の討伐を終えることにした。本音を言えばもう少し倒しておきたかったが、帰りの移動時間を考慮するとここまでが限界だった。





 俺は、既に戦闘を終えて安全な場所で待機しているモモ達の下に向かう。


「お兄ちゃん、お疲れ!」


「ああ、お疲れ。無事に1日、乗り切ったな」


「お疲れ様じゃのう」


 微笑むモモが、爽やかな声で迎えてくれた。俺が応えると、ボボンも優しい微笑みで声を掛けてくれた。


「流石に、1日じゃ終わらなかったか」


「まだ、沢山居るよね~」


「ふぉふぉふぉ。クエストとは、そういうものじゃよ」


 体の汚れを落としている俺とモモが感想を述べると、ボボンは楽し気に話した。


 ゲームでは、モンスターの討伐は数時間で終わる。しかし、ゲーム内の時間では数日経過していたりする。そのことに改めて気付き、俺は感慨深く思った。


 このあと、俺達は農村に立ち寄りる。すると、畑仕事を終えた人々と、他の冒険者達で賑わっている。俺とモモが人々から労いを受けている間に、ボボンが老爺の下に向かう。ボボンは無事に奴らの討伐を終えたためか楽し気な様子で話をしているが、老爺は前回以上に杖と体を震わせている。


(早く、討伐してほしいんだろうな…)


「お兄ちゃん…」


「ああ、分かってる。明日も、頑張らないとな!」


 その光景を見た俺が老爺を心配していると、モモがこちらの腕を掴みながら弱々しく呟いた。この世界は残酷な世界だ。2人の気持ちを察した俺は、モモの肩に手を置きながら力強く声を掛けた。


 賑わいが収まり、ボボンが馬車と共にこちらに戻る。俺とモモは、それに乗り込む。周囲の冒険者達を見ると俺達と同様に街に戻る者も居るが、この場にテントを張り残る者も居る。俺やモモのストレージでは現状それを収納できないため持ち運びを諦めていたが、


(馬車があるなら、テントを積んできてもいいな)


 俺はそんなことを考えた。


 俺達は帰路の馬車を出発させる。夕暮れ前の涼しげな風達が、俺達の火照った体を優しく風達が労ってくれた。



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