第35話 釣りと世界は壊れている
「またせたな。こんな感じでどうだ?」
カウンターの上に釣り道具一式を並べたおやじは、俺達を呼び話をした。それらは、竿、釣り針、浮き、餌、重り、そしてバケツと、本当に一式だ。
(ゲームみたいに竿と餌があれば釣れるとか、そんな旨い話にはならないか…)
密かに甘い願望を抱いていた俺だが、それは直ちに否定された。俺達は、それらを手に取り確認し始める。竿は竹を切り出したもので、針は普通の釣り針。浮きは小枝のようなもので、餌は何かのうじ虫。重りとバケツは、ありきたりな物だ。
「こんなので、大丈夫なのか?」
「この辺の魚なら、これで十分だ。初心者なら回数をこなしてレベルを上げた方がいいからな。レベルが低いと、いい竿を使っても魚は釣れないんだぜ。頃合いを見て、道具はあとで替えればいい。細かいことは置いといて、今は騙されたと思ってやってみろ」
(細かいことは、あるのか。なんとなく想像は付くが、今は後回しにしよう。それよりも、釣りスキルにもレベルがあるのか。まずは、そこからだな)
不安を抱いた俺が尋ねると、説明し始めたおやじは話の終わりにニカっと笑いそう締めた。詳細をイメージした俺だが、話に従いレベルのことを優先した。
このあと、俺達はこの世界の釣りについて教わる。それと、釣りは場所により浮きや重りの位置など仕掛けを考慮しなければならないが、それらはお任せで頼む。そして、俺はそれらが仕上がった竿を受け取る。
(釣りは久しぶりだし、緊張するな。モモの前で、いいところを見せられるだろうか…?)
「冒険者なら、釣りは街の外でやった方がいいぞ」
「そうなの?」
「ああ。外の川の方が、魚は多いからな。スライムは出るが、それぐらいはへっちゃらだろう?」
「勿論!」
俺が竿を見つめながら不安と期待を抱いていると、モモの仕掛けを作っているおやじが話をした。俺の竿の仕掛けを不思議そうに眺めているモモは、視線をおやじに移して尋ねた。こちらに顔を向けたおやじは話をし、モモは得意気に胸を張りながら返事を戻した。
「あとは、今は春だから、ムーンイワナやムーンヤマメが釣れるぞ。上流に行けば、そいつらの大物も狙うことができる」
(なんだ? ムーンイワナやムーンヤマメ? 普通の、イワナとヤマメのことか? それに、上流に大物が居るのか。いったい、どんな魚なんだろうな…?)
おやじの話に困惑した俺は思わず目を丸くしたが、そのままそれらを頭の中でイメージする。
「よし! これで終わりだ!」
俺が三日月形の見たことのない巨大な魚達をイメージしていると、モモの竿も仕上げたおやじは力強く声を上げた。
(これなら、俺でも作れそうだな)
意識を現実に戻した俺は、釣り糸が切れる心配があるためこの仕掛けを頭の中に記録する。
「ありがとう」
「ありがとー!」
「いいってことよ! 金は二人分で、小金貨6枚だ」
俺とモモが笑顔で礼を述べ、おやじは爽やかに返事を戻しながら金額を告げた。
「またお金、なくなっちゃっうね?」
「ああ。女神から貰った金がなかったら、今頃、飢え死にしてたかもな」
笑顔のままのモモが痛いことを話し、返事を戻しながら表情を引きつらせた俺はその事態を想像しつつ返事を戻した。
(正直、ここまで金に困るとは思ってなかったな。だが、これで釣りができるようになれば飢え死にはしなくてすみそうだ)
革袋から金を取り出しながら、俺は前向きに捉えつつおやじに支払いを済ませる。若干値が張るものだとも思考したが、予備の針や浮きなども付いているためこれが相場なのであろう。
「おっとそうだ。釣りは、釣れなくても糸を垂らしてればレベルが上がるからな! 兄ちゃんは、めげずに頑張れよ!」
(チッ…。余計なお世話だ!)
「わかった。また来るよ」
「餌がなくなったら、また来るね!」
俺とモモが細々としたものをストレージに収納していると、そのことを思い出したおやじがして俺を力強く励ました。不快に感じた俺だが、それは表に出さずに別れを告げた。モモは、これからが楽しみなのであろう。楽し気に手を振りながら元気に別れを告げた。釣りは、釣れた方がレベルの上りは早いが失敗を繰り返していても上がる。そして、このあとの俺達は、このまま川が流れる西門に向うことにした。
西門に訪れた俺達は、南門と同様に門番が立つこの門を潜り抜ける。眼前には石橋が見え、左右には堤防が通る。俺達は右に進み、若干草が伸びている土手を下りて行く。川は、北から南に流れている。今回は最初なため、大物の潜む上流には向かわない。
水辺に辿り着いた俺達は、釣り支度を始める。釣り針を、うじ虫が直ちに死んでしまわないように刺す。モモもうじ虫は平気なようで、俺の真似をして上手に刺す。あとは釣糸を垂らして、のんびり待つ。
川のせせらぎが耳に届き、ゆったりした時間が水と共に流れていく。心地良さのため、頭の中が空っぽになる。
(やっぱり、釣りはいいな~)
そう思っていた時期が、俺にもありました…。
釣果は、俺が坊主でモモが五匹だった。そして、夕暮れ時となった今。
「見て見て、お兄ちゃん! こんなに沢山釣れたよ!」
釣りを終えたモモが、バケツの中で泳ぐ魚達を見ながら声を上げて大はしゃぎしている。
(釣りは、本当に昔から釣れないんだよな…)
その昔、俺はニジマス釣りに家族で向かったことがある。幼い頃の出来事だが、一日掛けての釣果は確か二匹だった。高校生の頃には釣りが上手いと言われている友人と、ハゼ釣りに数回向かったこともある。その当時。
「ハゼなら初心者でも絶対釣れるから、大丈夫だよ」
俺の事情を知った友達は、薄ら笑いでこちらを釣りに誘った。しかし、その時の俺の釣果は全て坊主だった。
「ハゼで坊主は、やばいね…」
友達は動揺していたのだと思う。なんとも言えない表情で、俺にそう告げた。
(釣り屋のおやじに言われてはいたが、まさか本当に釣れないとは…。この世界も前の世界も、両方とも壊れてるんじゃないのか!?)
宿に戻る道中、隣でバケツの中を嬉しそうに見つめながら歩いているモモを見て、俺は思わずそう叫びたくなった。
(この世界に来て運のステータスは高いのに、なんで釣れないんだろう…? やっぱり、オーラが関係してるのか…? それでも、一匹ぐらいは釣れるようになりたいな…)
涙がこぼれないように滲んだ星を数えながら、俺は上を向いて歩き続ける。このあと、釣った魚は宿の夕食で美味しく頂きました。
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