第51話 海のウインナー
小休止を終えた俺達は、再び海に向けて歩き始める。ここからの戦闘は、今までよりもスムーズになる。ウォータークラブが現れたとしても、俺がカブト割の一撃で倒すためだ。そのまま、海についてモモに説明しながら若干の草木の生い茂る小川沿いを下流に向けて更に進む。
海に近付くに連れて、今までよりも濃い潮の香りが届き始める。海まで残り僅かな地点まで辿り着くと、関心を抑えきれない様子のモモが砂浜に向けて駆け出す。
「海だー!」
砂浜の中で立ち止まったモモが、遠方を見つめながら叫び声を上げた。生まれて初めて目にした海に、感極まったのであろう。興奮した様子のモモは、その場から大きく周囲を見渡し始める。俺とリリーは砂浜に移動し、モモの両隣りに並び立つ。
「モモさんは、海を見るのは初めてなんですか?」
「うん、初めて! 海って広いんだね!」
リリーはモモに暖かい眼差しを送りながら尋ね、振り向いて返事を戻したモモは話しながらリリーの手を取りはしゃぎ始める。2人を見ていた俺は視線を海に移して眺め始める。
海は、どこまでも広くなく、地平線まで続いていない。この海は、ダンジョンを囲むようにそびえ立つ岩壁まで続いている。
「ここの海は…、本物とは違うよな?」
俺は話しながら少し首を傾げて語尾を疑問形にした。俺もこの世界の海を見たことがなく、もしかするとこの状態がこの世界の海という可能性があるためだ。
「うふふ。はい。ルーティさんの言う通り、ここはダンジョンの中なので本物の海とは少し違います。本物は、あそこに壁はありませんよ」
「へ~、そうなんだ~。でも、泳いだら気持ち良さそう!」
リリーは微笑みながら返事を戻し、俺はなんとなく安堵した。区別がつかないであろうモモは興味なさ気に返事を戻し、そのあと海に向き直りながら楽し気に声を上げた。
(俺も、海は久しぶりだからな。少し遊びたいな…)
「何あれ!? ウインナーみたい!」
(え? 海にウインナー?)
俺がモモを見ながら思考していると、モモが前方に指差しながら変なことを話した。俺は思考が混乱した。口元に手を当てたリリーは、何やら愉快そうにしながらもそれを抑えている。
(海にそんなものはないだろう)
思考した俺は、モモが指差している砂浜を見る。この場所からは遠目なため鮮明に確認できないが、足をうねうねと動かす茹蛸色の物が、ぽこぽこと砂浜から生えるようにして立っている。
(なんか、おかしいが…)
「あれは…、タコか?」
「はい。タコのモンスターで、オクトパスと言います」
「あれがタコなんだ~。でも、ちょっとイメージと違うな~」
目を細めながら疑問を覚えつつ思考した俺は尋ね、リリーが返事を戻した。モモは首を捻りながら話した。
「あれを、倒してみるか?」
「うん! 面白そうだから、やってみよ!」
「私も、構いませんよ」
タコに興味が沸いた俺は尋ね、頷いたモモは楽し気に、リリーは余裕を見せながら返事を戻した。俺達は、そこに向けて歩き始めた。
「うわっ!」
タコの群れの数メートル手前で、モモはぎょっとしたように驚きながら声を上げた。俺は奴を観察し始める。そして、
(あっ。そう言えば、ここは魚が空中を泳ぐ場所でタコも浮いてたな。すっかり忘れてた)
うっかりした。しかし、疑問の正体は、軟体動物が垂直に立つためと理解して納得した。
「おもしろーい!」
声を上げたおモモは、再びリリーの手を取りながら飛び跳ねつつはしゃぎ始める。
ウォーターオクトパスは、地面に立つのではなく、すれすれで浮いている。背丈がモモ達と同程度。足は勿論タコなので8本で、長さは背丈の3倍ほどだ。移動は、そのままの姿勢で8っ本の足をくねらせながら進む。顔は、頭部になるのであろう。その部分に、2つの丸い目と1つの丸くて少し突き出た口が付いている。
(あの口は、進化したのか? 下に口があるかは、あとで確認しよう)
【鑑定】
ーーーーーーー
ウォーターオクトパス LV10 水属性
ーーーーーーー
思考した俺は、念のためにスキルを使用した。
「正式名称は、ウォーターオクトパスなんだな」
「はい。ですが、名前が長いので、みんなタコと呼んでます」
「他には何か分かった?」
「レベルが10で、水属性だ」
「私は、火魔法を準備しておきますね」
「わかった。モモは、いつも通りな」
「任せて!」
調べると正式名称はウォーターオクトパスでレベルは10だと判明した。そして俺は2人に声を掛ける。
「それじゃあ、今まで通りで始めるか?」
「わかった!」
「はい!」
こうして、俺の掛け声の下モモとリリーが返事を返し、ウォーターオクトパスとの戦闘が始まっるのだが…。
「手目―の相手は俺だ! こっち向け!」
声を上げた俺から周囲に向けて風圧が広がる。
「なんだ!? まあ、あとでいい」
轟いて呟いた俺は、今の出来事を後回しにした。
「うわっ!」
俺は慌てて横に飛び退き、ウォーターボールの水球を躱した。そして、今の俺は問題を抱え、なかなか奴に近付けないでいる。
奴は常に体をブルブルと振るわせ続け魔法を放とうと待ち構えているのだが、問題は、その魔法がどの足から放たれるのかが分からないことだった。
(次は右か? 左か? 真ん中か? それとも上か? まさか…、下はないだろう?)
8本の足を自在に交差させ動かし、まるで足が増えたかのように見せ掛けているので、俺は狙いを定めきれずに攻めあぐねていた。
そんな状態で手間取っていると、今度は離れた場所の2匹がこちらに反応してしまう。そして、それらは頭部を突き出しながら地面すれすれを高速で飛行し、
『ベチョベチョ』
戦闘中の奴にぶつかった。
(なんだこいつら!? 何をする気だ!?)
俺が警戒を強めると、あとから現れた1匹が最初の奴と足をうねうねと絡め合いながら隣り合わせでくっ付く。続けて、もう1匹は2匹と足をうねうねと絡め合いながらその頭上に登り、3匹で騎馬を組む形になる。そして奴らは体のペタつきを活かして、くっ付きながら伸び縮みを繰り返すようになる。
(怖っ! しかも、合体は反則だろ! それに、足が24本になりやがった!)
エイリアンのような姿に戸惑いながらも咄嗟に計算を行うが、ここで更に雲の切れ間から日差しが刺し込み、奴らを背後から照らす。
(な、なんなんだ、こいつらは!?)
その姿は体が茹蛸色で丸い目が6個と、丸い突き出た口が3つと足が24本で更に後光を放ち、神々しくも怪しい千手観音のようになった。
(よく分からない展開になってきたが、これは流石にまずいか…。ん? こいつら、ひょっとして…?)
奴らは足が絡まり合い、その場から動けない様子だ。しかし、3発の魔法が次々と俺を襲い始める。
(くっそ! これじゃあ、タコの固定砲台じゃないか!)
24本の足を踊るようにくねらせながら体を伸び縮みさせ、自身が踊るのを楽しむのか、俺が踊るように逃げ回るのを見て楽しむか分からないが、実にテンポよく魔法を撃ち続けてくる。
(段々、6個の目が笑ってるように見えてきたぞ。なんて憎たらしい…。だが、そろそろけりを付けさせてもらう!)
左右に走りながら躱し続ける水球には一定のリズムがあり、俺はそれを徐々に理解し始める。それは、1,2,3,クールタイム,1,2,3,クールタイム、というものだった。
(3発目の次はクールタイムだ。そこを狙う!)
俺はリズムを合わせて3発目の水球を躱し、奴らの懐深く飛び込み鋭く剣を振り下ろす。
「もらった!」
『バシャ!』
「うわっ!?」
しかし、突然目の前が真っ暗になった。何かの攻撃を受けたようだ。
(な、なんだ!? 目に、何か入ったのか!?)
慌ててバックステップを踏み、離れながら目を手で拭う。
(くっ。こいつ! 何をした!?)
正体不明の攻撃に怯えながらも、俺は薄く目を開いた。すると、
「あははは!」
奴らの向こう側に居るモモが、腹を抱えて大爆笑していた。そして、
「ぷっ」
背後からは、リリーが口から何かを噴き出したような音を立てた。
(今度は何だ!?)
苛立ちを押さえながら、俺は違和感のある自分の体を確認する。すると、ずぶ濡れで真っ黒になっていた。
(こいつ! やけにあっさりと潜り込めたと思ったら、これを狙ってたのか!? 足の他にも、口から墨を吐くのかよ…。だ、だが、俺は壁役だ。攻撃を受けてなんぼのものだ。こんな時もある! ……………モモめ、馬鹿笑いしやがって。リリーも、ぷっ、とか、酷いじゃないか…。それなら2人はいっそのこと、タコに捕まってあんなことやこんなことをされてしまえばいいのに!)
タコの墨を食らい、俺は憎悪を燃やしながらそんなイメージを思い浮かたが、実際にはそのような事は起こらず、モモは俺に注意を向ける奴らの1匹の背中に、
「やああああ!」
『ブスブス! ブシュシュー!』
2本のダガーを突き刺し、そのまま横に切り裂き倒し切った。そしてリリーも、
【ファイヤーボール】
離れた位置からの魔法で1匹を倒した。残りは1匹。
(よくもやってくれたな。攻撃手段さえ分かれば、お前なんぞ、ただの軟体動物だ!)
俺は再び八つ当たりのような憎悪を燃やし、真正面から切り込む。もはや真っ黒となった俺には、奴の攻撃なんぞ恐るるに足らず。しかし、この瞬間に奴はこちらに魔法を放つ。
(予想通りだ!)
俺は敢えて急ブレーキを掛け、その場に立ち止まる。そして、両足で地面をしっかりと踏みして腰を落とし、盾で全身をガードしながら水球を受ける。
『バッシャーン!』
「お兄ちゃん!」
「ルーティさん!」
激しい水音の中、モモとリリーの声が微かに聞こえた。そして、
(魔法の直撃でも、耐えられるな!)
俺は踏み留まることに成功した。ついでに体の墨も、かなり洗い流される。
(よし! 全部は落ちなかったが、気分爽快! 反撃開始だ!)
俺はその場から、再びダッシュを仕掛ける。迫り来る8本の足を切り裂きながら突き進み、
「もらった!」
大きく振り上げた剣を振り下ろそうとするが、瞬間、奴の口の中が大きく膨らむ。
「2度目は食らわん!」
瞬時に盾を奴の口に押し付けた。すると、
『ブシューーー』
盾に吹き付けられた墨が周囲に飛び散った。
「終わりだ!」
俺は盾から手を放し、両手で剣を握る。そして、上段から渾身の力で剣を振り下ろす。
『ズバン!』
奴は見事に真っ二つに切り裂かれて霧となり消滅し、俺達はこの海のウィナーになった。
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