第12話 初心者講習
(いい匂いだ…)
瞼を閉じている俺は目覚めた。
『ピヨピヨ』
(朝か?)
続けて、目覚まし時計のヒヨコではない囀りが聞こえ、これを薄っすらと開ける。朝日と思われる光が眩しく輝く。
「ん~~~! 朝か~…」
声と共に大きくゆっくりと背伸びをし、これを完全に開ける。見知らぬ天井が目に映る。
(………)
『ガバッ!』
「そうだ! 異世界に、来たんだった!」
しばし思考が停止したが、そのあと勢いよく体を起こしながら声を上げた。そして、
(ん? 肉か?)
漂う匂いの中からそれを嗅ぎ分け、早速、賑わう声が聞こえてくる一階に向かう。
「あっ。おはようございます! 朝食が、できてますよ」
「おはよう」
階段を下っていると宿の女の子に声を掛けられたため俺はそのまま返事を戻しながら空いているテーブル席に向かい、その椅子に座りしばし待つ。すると、
「お待たせしました!」
先程の子がお盆にそれを載せて、運んできてくれた。
(これじゃあ、足りないな…)
小さめな焼かれた何かの肉と、ロールパンが二つ。それと、小皿のサラダを目にした俺は、腹を擦りながら更に空腹を覚えた。普段の朝食はご飯を茶碗に大盛で食べていて、これでは全く足りないからだ。しかし、
(まあ。足りなかったら、あとで何か買い食いすればいいか)
ムーン・ツリーに並ぶ露店を思い出し、味は程々だが出来立てなため美味しい朝食を味わいながら、今日の予定を考える。
今日はギルドに向かい、マリーから推奨された初心者講習を受ける。初心者講習はギルドの職員が新人冒険者に対して個別に無料で行い、内容は冒険者としての基礎知識が学べる。金策の手段とそれを持たない今の俺は、この申し出を喜んで受けていた。開始時刻は朝一番の冒険者達が集まるピーク時を過ぎた頃ということで、適当な時間に向かえば良い。そのあとの予定は、今のところ特にない。ちなみに、この世界にも時計は存在する。しかし、それは貴重品とのことで、普及率は大きな施設に設置されているか富裕層が所持する程度とのことだ。
朝食を済ませた俺は一度部屋に戻り、昨日新しく購入した布の服に着替える。
(さて。これで、あとは出かけるだけだが…。まだ少し、時間が早いよな…)
手持無沙汰な俺は、時間潰しを行おうと周囲を見回す。
(やることが、ないな…)
しかし、寂しい部屋にはそれを行えるような物はなかった。
(仕方ない。外で、何か探すか)
諦めて道中で何かを見つけることにした俺は、同じく昨日購入した壁掛けの鏡を見ながら身なりを整え、
「よし!」
気合を入れて出発することにした。
◇
俺は買い食いしながら時間を潰し、そのあとギルドに訪れた。すると、中は混み合うほどではないが、様々な装備を身に付けた恐らくこれからクエストに向かうのであろう人達で賑わい、カウンターでは数人が並びマリーが忙しそうに働いている。
(もう少し、時間が掛かりそうだな)
その様子を確認した俺はどこかで時間を潰そうと周囲を見渡そうとするが、その時マリーと視線が合う。そして、
「ごめーん! もうちょっと、待っててね~!」
マリーはこちらに大きく手を振り声を張り上げたが次の瞬間、他の冒険者達の視線が俺に集まる。
(お…、お約束が、来るのか!?)
ギョッとした俺は素早く腰を落として警戒するが、その冒険者達は何事もなかったかのように視線を元に戻した。
(ふう~。はっきり言って、今の俺は最弱だからな。何かされても、太刀打ちできない…。だが、ここは意外と、治安はいいのか?)
思わず安堵の息を漏らしたが、それが気になり改めて周囲を見渡す。すると、冒険談を語り合う者は多いが、いざこざは起きていない。そのまま、ついでに見つけたクエストボードに向かい、そこで時間を潰すことにした。
(いろんなクエストがあるな~。おっ! 迷子の猫探しなんてのもあるのか! これは、定番中の定番だな。このクエストをやると、多分あれをやられるんだよな~。どうなんだろう? あれを思い浮かべる人は、どれぐらい居るんだろうな? 八割ぐらいは居るかな~? だが、昔のアニメの視聴率は、人気なもので40%ぐらいだったか? そう考えると、あれを思い浮かべる人は四割ぐらいになるのかな~?)
俺はしばらくの間は面白おかしくボードを眺めていたが、誰かが駆け寄る気配を感じたためそちらに顔向ける。すると、書類のような荷物を片腕に抱えたマリーの姿が目に映る。
「おまたせ~。ふう~」
(忙しそうだったからな。ここはひとつ下手に出て、機嫌でも取っておくか)
「今日はよろしく」
「よろしくね~。うふ。そんなに堅くならなくても、いいわよ」
こちらに辿り着いたマリーは額の汗を拭いながら話をし、息を吐いて呼吸を整えた。推し量った俺は、挨拶しながら軽く頭を下げる。すると、返事を戻したマリーは子供に向けるような微笑みを浮かべながら話をし、終わりにこちらに顔を近付けて可愛くウィンクした。
昨日の俺は様々な出来事が起こり気付かなかったが、改めて見るマリーは髪がロングの茶系の色で、顔立ちは可愛い系の美人でスタイルが非常に良い。服装はギルドの制服なのかのパンツ姿に、シャツとベストを身に付けている。そのため大人びた印象を受けるが、絶やさない笑顔からは若干の人懐っこさも覚える。
「まずは座って~」
マリーは、4人掛けのテーブル席まで俺を案内して椅子に座らせる。自身も、手荷物を下ろしながら向かい側の椅子に座る。
「それじゃあ。ルーティ君のために、初心者講習を始めるわね!」
「君付けは、止めてくれ。そういう、柄じゃない」
「そう? 初々しくて、可愛いのに」
(初々しいか…。初心者丸出しって、ことだよな…。早くこの世界に、慣れたいものだ)
マリーは、嬉しいのか楽しいのか。そのような表情で肘を突いて明るく話をしたが、俺は顔を背けながらそう伝えた。すると、首を傾けて訳を説明したが、こちらはそれに対して若干の気恥ずかしさを覚えた。
「それよりも、さっさと始めてくれ」
「もう、せっかちね。新人なんだから、お姉さんに甘えてもいいのよ?」
気を取り直した俺が視線を戻しながら話をしするとマリーは少し呆れた様子を見せたが、そのあと身を乗り出してこちらに顔を近付けながらお姉さん気取りで話をした。
(なんか…、妙に子ども扱いされるな…?)
俺は直近でこの様な扱いを受けた覚えがなく、何かがおかしいと再び顔を背けて頭を悩ませるが、
(ああっ! そう言えば、今の俺は15だったな。道理で…。見た目でそう言いたくなるのか…。だが、ここでこの調子なら、他の場所でもこんな風になりそうだよな? これは…、しばらくは我慢するしかなさそうだな…)
「はあ~。困った時には、そうせてもらうよ」
「それなら宜しい。ちゃんと、頼ってね!」
それを思い出して今後に不安を抱いた俺だが諦めると同時に溜息を洩らし、そのあと両手でマリーを押し戻しながら返事を返した。すると、マリーは再び首を傾けて話をしたが、そのあと何か言い足りないのか、そのままこちらをじっと見つめている。
「そろそろ、ギルドの事を教えてもらえないか?」
「そ、そうよね。まずはお互い…、そこからよね」
俺はこの事態に落ち着かず、話を先に促した。すると、マリーは何故か慌た様子で髪を触りながら身なりを正し、俯きながら呟いくように話をした。
(どういう意味だ? ん~…。これは考えても、分からないタイプのものだな)
女性はたまによく分からない事を言うので俺はこの呟きもその類であろうと思い、考慮しないことにした。
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