第11話 完。コーディネートと銭湯
「その服は、こちらをお使いください」
「ありがとう」
俺が手にしている脱いだ服を見た男は、布の袋を差し出して話をした。受け取った俺はこれをその中に仕舞い、礼を述べて店の出入り口に向かう。
「それじゃあ、また来るよ」
「ありがとうございます。是非、またのご来店をお待ちしております」
振り向きながら別れを告げると、男は返事を戻して深々と頭を下げた。俺は一度宿に戻ろうと考えながら再び前に向き直ろうとするがその時、マネキンに飾られている先程のレザーアーマーが視界に映りそれを見つめてふとあることを思い出す。
(あの鎧…。色を変えたら、ザクができないか? 丸みのある肩の部分なんて、理想的だし。あと、頭には指揮官用の角を付けて、それで色を緑に変えて………。いや待てよ。赤の方がいいか? いや違う、初期のシャーザクはピンクだ。それなら、ピンクの方がいいのか…? あ、盾もいるな。右肩に、くの字のやつを付けて、左にはトゲトゲを付けて…。そう言えばあの盾、この世界では盾扱いになるのか? ファンタジーゲームでは、あの盾は見たことがないが…。とあるゲームだと、盾扱いにすらされなかったからな…。あれは、絶対おかしいよな。この世界では大丈夫たと信じたいが、どうなんだろう?)
以前からそれを思い描いていた俺は初期ザクに盾を付けたMSがザクⅡだと信じているため、とあるゲームのあの仕様は許せなかったが続けて、
(俺の鎧も、ザクっぽくしてみるか? 緑なら、何かとカモフラージュにもなるし。それなら、赤でもいいか。暗がりなら黒に見えるしな…。だが、そうなるとピンクはダメだな。ピンクの物を身に付けていると、力が弱くなってテンションも穏やかになるって誰かが言ってたし、戦闘中にそうなっても困るからな…)
色は精神に作用して身体能力を変えるという話を思い出し、一考するために腕を組みながら顎に手を当てる。
(ん~~~。だが、今は金が欲しいからな…。あっ。それなら、ここはひとつ、黄色にしてみるか? いや。なんならいっその事、百式みたいな感じを目指すか!? あっちの方が強いし、かっこいいからな! 気休めだが、金運も上がるって言うし。よし! それでいこう!)
若干悩んだ末にコーディネートの方向性が決まった俺の頭の中からは、砕けるようにしてザクが消滅した。
「ふっ」
思わず不敵に笑った俺は、こちらを心配そうに見ているトルネコ風な男に片手を上げて再び別れを示し、胸元にあるエアサングラスを手に取りそれを掛けながら店をあとにする。そのまま数歩歩みを進めると、こちらを希望の光で照らす燦燦と輝く太陽に気付いて立ち止まり、これを見上げてエアサングラスを外しながら、
(これで、最強だ)
悟りを開き、再び大地を力強く歩み始めるのであった。
ーーーーー 完。ーーーーー
そして伝説が始まる。
心の中にエンディングテーマを響かせて満足した俺は、再び日常生活に戻る。
(さて、これで最低限の装備は揃ったし、あとは着替えでも買って帰るか)
このあと、近くの店でパンツなどの日用品を購入して宿に戻ることにした。
◇
「何だかんだで、金が掛かるな~」
部屋に戻った俺は思わずそんなことを呟いたが、鎧から普段着に着替え直して荷物を整理したあと再び宿の外に向かう。すると、人が賑わう色鮮やかな街並みに、金色の色が加わり始めていた。
(もうすぐ、夜だな。だが、ゆっくりする前に、ここだけは行っておかないと)
そう考えて足早に向う先は、銭湯だ。この世界にも風呂の文化がある。但し、家庭に浴槽などはあまり普及しておらず、入浴の際はそこを利用することが一般的だ。
銭湯は湯が魔法でどうとでもなるため、入浴料は銅貨1枚と破格だ。宿の付近に多く建てられていて茶色の煙突が立つため見つけることも容易く、出発した俺はそれを目指して直ちに辿り着く。
(ここが、入り口か?)
建物は和風建築ではなく、周囲に合わせたデザインだ。塀に囲まれていて、そこには出入り口が設けてある。潜り抜けると目の前には洋風な中庭が広がり、その奥に建物が見える。建物には再びの出入り口が二か所設けてあり、そのそれぞれの上部には男と女という文字が書かれている。
(男と女が別々なのは、当たり前だよな…)
紳士な俺は、勿論左側の男と書いてある出入り口に向かう。中に進むと右手のカウンターの奥の椅子に老人が座り番をしていて、正面の脱衣所には壁に作り付けの棚が幾つか並び、その中には竹のような物で編んだ籠が置かれている。
老人に金を支払った俺はささっと脱いだ服を籠に仕舞い、タオル一枚で洗い場に続く閉じた半透明な引き違い戸の前に立つ。勿論、この時わざわざ前を隠したりはしない。そのまま戸を引くと中は賑わっていて、予想以上の広さの洗い場と奥にある三か所の浴槽が目に映る。タイル張りのこの空間の壁には、羽のある人型の妖精と思われるものが描かれている。
(この世界には、妖精が居るのか?)
疑問に思いながらも、俺は洗い場の椅子に座り桶を手に取る。すると、この底にはケロリンと………、書いてはなかった。
(ちょっと、期待したな…)
残念に思ったが、俺は子供の頃に週一以上で銭湯に通っていて、その当時を思い出して若干心が浮足立っていた。
(懐かしいな~。まさか、異世界でこんな気持ちになるとは思わなかったが…。浴槽の広さも昔通っていた銭湯と変わらないか、少し広いぐらいか?)
しみじみとこれらを見回しながら体を洗い流し、湯船に浸かりつつ街の人達と共にゆっくりと疲れを癒す。
(はあ~。今日は疲れたな~…。あ、そう言えば、こっちに来て、まだ一日目だったな。色々あったが…。あれ? 俺は昨日から、ずっと寝てないな…)
今日の出来事を振り返ろうとしたがそれを思い出し、途端に強烈な睡魔に襲われたため急いで宿に戻ることにした。
宿で運ばれて来た夕飯は、シチューのようなものとパンが2つ。それと、ちょっとした一品が付いているのだが…。
(ダメだ。限界だ…。でも、食べないと…)
うとうとしながらこれらを流し込むようにして飲み込み、ふらつきつつ部屋に戻りベッドで倒れる。そして、そのまま深い眠りに落ちた。
こうして、俺の異世界での一日目は、無事にエンディングを迎えることになった。
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