第10話 防具屋の男と革の鎧


(次は防具屋だな。まあ、買うものは決めてあるが)


 武器屋をあとにした俺はそう考え、大通りの向こう側にある店に目をやる。


(こんな近くにあって店も似てるし、商売敵にはならないのか? まあ、武器と防具だから、問題はないかもしれないが…)


 そんなことを考えながらそこを渡り、店内に進む。店内は棚の背が高く見通しが悪いが、武器屋と同様に様々な防具が壁や棚に飾られている。そんな中、俺が入り口から目当ての物を探していると、


「いらっしゃいませ~」


 先程と同様に歓迎の声が届いた。しかし、今回のそれは野太いもので、店の奥からはちきれんばかりの腹を持つ、ブルーとパッションピンクのボーダーのつなぎの上にベストと腹巻を身に付けた中年の男が現れ、軽やかなステップを踏みながら俺の下に辿り着き手もみを始める。


(な、なんだこいつは!? ピエロ…、いや、トルネコにも似てるな!?)


「何を、お探しでしょうか?」


 俺はその衣装と動きに仰天し、続けて近付いたことで気付いたぼさぼさな白髪混じりの髪と髭を見て、トータルバランスからふとそれを思い出して愉快な気分になったが、男はそう考える間も与えずに愛想良く笑顔を振り撒きながら抑揚をつけた如何にも商人といった口ぶりでこちらに尋ねた。そして、


「しょ、初心者用の防具は、置いてあるか?」


「はい。勿論、ございますよ~。ご覧ください! 当店では、初心者様から中級者様までの商品を取り揃えております! あなた様ですと革製の物が宜しいかと思われますが、如何でしょうか?」


「くっ…。そ…」


「くっそ~!?」


「い、いや。そ、それで構わない。見せてもらえるか?」


「う~ん? おかしな人ですね~」


 笑いを堪えながら応えた俺だが、男が両腕を大きく広げてクルリと回りながら返事を戻し、続けてコミカルな動きと共に実に雄弁に語り尋ねてきたため思わず吹き出して言葉が漏れた。すると、それに対して男は語気を上げつつこちらに顔を近付けながらその言葉で尋ねてきたがそれは誤解だと言葉を詰まらせながらも否定して返事を戻した。そして、男は首を傾げて話をしたが、


「失礼。畏まりました! それでは、ご案内致します」


 恐らく一連の態度を失態と判断したのであろう。姿勢を戻した男は一礼しながら謝罪をし、そのあと再び見事に態度を元に戻して両腕を大きく広げて高らかに声を上げ、続けて話しながら軽やかに踵を返してそのまま華やかな金属製の鎧が飾られた場所を踊るように進み奥に向かう。


 この男の一連の動きで益々愉快になった俺は別の感情も混ざり合い、心をときめかせながらあとを追う。そして辿り着いた先にはある意味予想通りの丸みを帯びた革の鎧が木製のマネキンのような物に飾られていて、それは手入れがしっかりと行き届いているようで革には若干の光沢が見られる。


「こちらになります」


 男は、これを両腕で示しながら話した。


(やっぱり、初心者用の防具と言えば、これだよな!)


 俺は秘めた思いが溢れ出し、歓喜に打ち震えながらこれに近寄り触れて質感を楽しむ。


「いかがでしょう?」


「これを貰うよ」


 窺うように尋ねてきた男だが、俺は即答した。


「お早いですね~。他にも色々とございますが、そちらは宜しかったでしょうか?」


「ああ、今は必要ないからな。それと着方も教えてもらえるか? なにぶん、初心者だからな」


「構いませんよ。冒険者様のためなら、何でも致します。サイズも取り揃えておりますので、ささ、こちらへどうぞ」


 俺が即答した理由は長々と買い物をすることが好きではなく、目的の物が置いてありそれが良さそうな物であれば即購入して即帰宅するタイプなためだ。そして、これに若干驚いた様子を見せた男だがそのあと落ち着いてこちらに尋ね、俺が鎧に夢中になりながらもそう伝えると、恐らく試着室なのであろう方向に腕を伸ばして話をした。



 ◇



(この見た目で気になっていたが、ぼったくりの店じゃないみたいだな)


 試薬室で装備の仕方を習う俺は、そんなことを考えた。何故なら、今まではこのトルネコ風な男から生粋の商売人の匂いを感じ取り警戒していたためだ。しかし、意外にも親切に話をしているこの男からは押し売り的な印象は受けず、今の俺はその警戒を解いて会話を楽しんでいた。そして、


「少し、革が硬いか?」


「こちらは、新品ですからね~。使い続ければ革が体に馴染んで、しっくりくると思いますよ」


(なるほど。この世界でも使い続ければ、体に馴染むのか。やっぱり、これがあるから革製品は面白いよな)


 ブーツを履いた俺は足首に若干の違和感を持ち念のために尋ねたが、こちらを手伝う男の話でそう理解した。そして、このあと男と会話を挟みながら、革の鎧一式を装備し終える。


「いかがですか?」


 男の問いに、俺はゆっくりと体を動かす。革の硬さはやはり残ったが、サイズはぴったりだ。


「大丈夫そうだ」


「それは何よりです」


 俺が笑顔で応えると、男は満足気な笑みを浮かべて話をしながら再び手もみをし始めた。


(手もみは、職業病か? どこの世界も、大変そうだよな)


 あまりにもスムーズに手を運んでいたため、俺は思わずそんなことを考えた。そして、


「それで、いくらになる?」


「こちらの一式ですと、小金貨3枚と銀貨5枚となります」


(セットの値段か…。そうなると、単品だと少し高くなるのか? まあ、それはまた今度聞こう)


 尋ねた俺は男の話で装備品をロストした際を考慮したが、この革の鎧…、元い、レザーアーマーは、頭、胴、手、足、靴と分かれている。そのため、もしかすると部位別で購入すると金額は高くなるのかもしれないと考えたが今はいち早くこれを入手したく、そんな些細な話は次回に回しにして脱いだパンツのポケットの中から大金貨1枚を取り出して男に手渡す。


「これで頼む」


「畏まりました。少々お待ちください」


 男は再び軽やかなステップを踏みながらこの場から離れ、あっという間に戻って来た。


「お待たせしました。お返しは小金貨6枚と銀貨5枚となります。どうぞ、お確かめください」


(ロトの剣を渡したら、装備できそうだよな…)


 男は商売人の笑顔を見せながら釣銭を載せたトレーをこちらに差し出して話をしたが、俺はこの男の勇者の姿を想像してしまい思わずにやけそうになる顔をなんとか抑え込みながらそれを拾い枚数を確認し始める。しかし、


「ぷっ、ゴホゴホ」


(いかん。頭の中で過った…。ダメだ。そうじゃない。今は金の確認をしないと…。大金貨1枚を渡した釣りが小金貨6枚と銀貨5枚か。それなら、やっぱり小金貨1枚は銀貨10枚ということだな)


 俺はこのトルネコ風な男がつぶらな瞳でこちらをキョトンと見ているのと、その姿が再び頭の中に浮かんだことで思わず噴き出したが咳払いでごまかした。そして、漸くこの苦難を乗り越えて金の疑問がまた一つ解消された俺だが、


(あ~。慣れないせいで、一つ一つのことに疲れるな~)


 この場で着心地を確認する振りをして再び肩を回した。実は俺も武器屋の子供の事は言えず、今日一日中は緊張し続けていた。新しい土地での新鮮な出来事は実に楽しいが、この事だけは毎回どうすることもできなかった。



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