第9話 武器と金
(確か、来る時に店があったよな…)
ムーン・ツリーを取り囲む環状通りに戻った俺は、それを思いだして右に向う。周囲を見渡しながらしばし歩みを進めると、右手にガラス越しに武器が飾られている店を見つける。
この店は周囲の建物と比較すると一回り大きく、軒先には武器屋のマークなのか剣と盾が重なり合う絵が描かれた看板が掛けられている。
(ここだな)
早速、俺は店内に足を踏み入れる。
「いらっしゃいませー!」
可愛らしい歓迎の声が届いた。今回のそれは男の子もので、店の奥から小学生くらいの子供が顔を出す。
(この街の子供は、働き者なのか? …いや。ひょっとしたら、この世界には学校が無いのか、それともあっても通うことができないのかもしれない。異世界と言えば高額の授業料を支払う、魔法学院なんてのがありそうだしな…)
顎に手を沿えながらそんな思考を巡らせていると、男の子が背の低い幅広な棚を避けながら駆け足で俺の下に辿り着く。
「何か、お探しですか?」
男の子は、笑顔ではきはきと話した。
「新人の冒険者が使う、片手剣と盾は置いてあるか?」
「それならこちらです」
俺が尋ねると、すぐさま返事を戻した男の子は体の向きを変えて歩き始める。俺は棍棒やヒノキの棒のようなものを横目にしながらあとを追う。俺達は金属製の剣が棚に飾られている場所に辿り着く。
「こちらなど、どうですか?」
早速、棚に飾られた一つの剣を手した男の子は、それをこちらに差し出しながら尋ねた。
(小さいのに、随分しっかりしてるな)
その一連の動きは実に手慣れたもので、俺は感心しながらこれを受け取り感触を確認し始める。
「こちらはブロンズショートソードになります。街の近くのスライムを倒すなら、この剣で十分だと思います。ゴブリンなどを相手にするならアイアンショートソードがお勧めですが、どうしますか?」
続けて、男の子はこちらを見上げながら剣の説明を行い尋ねた。俺は素知らぬ顔で視線を剣に移し、これを眺める振りをする。
(違いが、よく分からん…。勿論、アイアンショートソードの方が普通に考えればいいと思うが…、実際、どの程度変わるんだ…?)
理論上では理解できたが、俺は実戦派なため言葉のみの説明では納得できなかった。しかし、
(だが、これは初めての武器だからな! それなら、やっぱりこっちだろう!)
「これを貰うよ」
ブロンズショートソードは、和名では銅の剣だ。ここはやはり、あらゆるゲームの序盤で必ずお世話になると言っても過言ではないこの剣を選ばないという選択肢は俺には無く、そう返事を戻した。
(この剣は、一度は使わないとな!)
俺はにやける表情を抑え込みながらこれを握り直し、刀身を日差しにかざしつつそこを眺め始める。
(この、おもちゃみたいな安っぽさと、茶色味がかったところがいいよな~)
俺には、これがとても良い物のように見えていた。その感情はかの有名なマクベ大佐が最後に語った、あれは良い物だ! といったものに似ているのかもしれない。
自己満足できた俺は、次の目的に移る。
「盾も、見せてもらえるか?」
「はい。こちらになります」
俺が尋ねると、再びすぐさま返事を戻した男の子は体の向きを変えて歩き始める。今度の俺は、前方を見ながら男の子のあとを追う。視界には、壁に飾られている幾つかの盾と思われるものが映る。俺達は様々な盾が壁や棚に飾られている場所に辿り着く。
(いろんな盾があるな! だが、これは迷うな…)
「どうぞ。手に取ってみてください」
盾を見回しながら俺が歓喜の悲鳴を抑えていると、男の子がこちらに振り向いて話した。この場には、丸型や四角型、木製から金属製、更に、鱗のような物を貼った盾が存在する。
「アイアンシールドは、どれだ?」
「それなら、こちらです」
俺が尋ねると、男の子は返事を戻しながら近くの盾を腕で示す。俺は早速それを手に取る。
(ん!? 結構、重いな…)
ほぼ全てが金属製な盾は、俺には非常に重たく感じた。
(盾なんて、持ったことがないからな…。これこそ、何を選べばいいのか分からない。使い慣れるまでは、高い物を買っても意味がないだろうな…)
片手を顎に当てた俺は、今回は振りではなく真剣に悩む。幾つかの盾を手に取り、持ち手を確認する。
(ここにあるのは、三種類だな。他にもあるのかは知らないが、一般的なものだな)
見知ったそれを目にした俺は、若干安堵した。
この店の盾は、持ち手が三種類ある。中央に設けてあるもの。腕を通すもの。たすき掛けのもの。
(う~ん…。とりあえず一番軽くて持ち運びがし易いものを選んでおいて、気に入らなければあとで買い替えればいいか)
悩んだ俺は、そう結論付けた。最も軽いと思われる丸形のウッドバックラーを手に取る。持ち手は、中央とたすき掛けの二種類が可能だ。
「これにするよ」
「ありがとうございます。他には、何か必要な物はありますか?」
「いや。今のところは、これだけでいいよ」
俺はこちらの話を待つ男の子にそう伝えた。男の子は未だに硬く尋ねてきたが、俺の返事で安堵した様子を見せる。
(やっぱり子供だし、緊張してたんだろうな)
その様子を見た俺は、男の子を微笑ましく思う。
「それで、いくらになる?」
「えっと。値段は、アイアンショートソードが小金貨1枚で、ウッドバックラーが銀貨7枚になります」
俺が代金を尋ねると、男の子は指折りそれを数えながら話した。どうやら、この世界の子供達は日本の子供達よりも計算が苦手なようだ。俺はパンツのポケットの中から、その金貨1枚と銀貨7枚を取り出して手渡す。男の子はそれを受け取ると、直ちに店の奥に駆け出す。
(ん? どうしたんだ?)
俺が怪訝に奥を覗いていると、男の子は直ちに駆け足でこちらに戻る。
「お待たせしました。こちらが、お釣りになります」
両の掌を上下に合わせた男の子は、それをこちらに差し出しながら笑顔で話した。察した俺は、両の掌を並べて差し出す。男の子はその上で掌を開き、中の物を落とす。中の物は、俺が先程手渡した金貨よりも一回り小さな金貨だった。
(なるほど。手持ちの金貨は、大金貨ということか? となると、大金貨1枚は小金貨10枚と同じ価値で、小金貨1枚は銀貨10枚と同じといったところか?)
小金貨9枚を目視で数えた俺は、確証は持てないがこの世界の金のことを少し理解した。
このあと、俺は剣を腰に、盾を背中に装備する。そして、店をあとにするがその時、
「また、来てくださいね!」
「ああ、また来るよ!」
店先から男の子が元気よくこちらに手を振りながら叫んだ。俺は返事を戻しつつ手を上げて応え、次の店に向かうことにした。
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