第8話 街並と森の宿


「ルーティ君はこの街は始めてみたいだから、少しだけ話をしておくわね。この街は、ムーン・ツリーって呼ばれる木が街の中心にあるの。なんでも、それを気に入った人がこの街を造りを始めたそうよ。私も他所からここに来たからあまり詳しくはないけど、その木には面白い言い伝えがあってね。それはね…」


(ふむ。立派な木なのか? あとで見ておこう)


 自分の性能を知った俺がにやける顔を抑えながら見ているのみでは決して変わることのないステータス画面の30という数値を幾度となく見返している中マリーは語り始めたが、街には興味を持つが木には持てずにしばらくの間は適当に聞き流していた。そして、


「それと、宿はまだなんでしょ?」


「ああ」


「それなら~」


 話は変わり俺が返事を戻すと、マリーはカウンターの下から一枚の地図を取り出して上に置く。


「今がここね。金額の安い宿はこの辺りに集まってるけど、その中でも私のお勧めはここよ。この角にお花屋さんがあってね。そこを左に曲がると森の宿って看板が出てるから、すぐに分かると思うわ。良かったら一度、覗いて見てね」


「わかった。行ってみるよ。あと、さっきの木はこれなのか?」


「ええ、そうよ。大きな木だから、すぐに分かるわ」


 指で示しながら説明を行ったマリーに俺が地図の中心に描かれている大きな円を指差し尋ねると、それがムーン・ツリーだった。



 ◇



 マリーからある程度の情報を仕入れた俺は一時の別れを告げてギルドをあとにし、まずはこの目の前を横切る大通りを北に向かいムーン・ツリーを目指す。この大通りは街の主要路で、中心から東西南北に別れて外に続く。


(おお! 走ってるな! この世界にも、やっぱり馬車はあるんだな!)


 歩き始めた俺は、横をすれ違う二台の馬車を見てテンションが上がった。そして、


(それにしても、意外と人が多いな。ギルドの中は静かだったが、あれは時間的な問題だったのか? あと、ここには露店が無いんだな…)


 通り沿いの混み合うほどではない人混み避けながらそう考えたが、その中に期待を抱いていた露店を見つけることができずに若干テンションが下がった。しかし、


(いろんな建物があるな~)


 気を取り直して並ぶ建物に視線を移すと、数件の店舗とベージュやオレンジ、ブルーにグリーンなどの陽気な色彩が目に飛び込み再びテンションが上がった。これらは柱や梁や筋交いなどを外部に露出させながら様々なデザインが取り入れられていて、この街並からはギルドの建物と同様に柔らかい印象を受ける。


(あと、問題はこの髪の色か…)


 次に、俺は自分の髪の毛を指で摘まみながら住民達のものと見比べたが、それは街並みに合わせたかのように色取り取りなものだった。


(まあ、大丈夫そうだな)


 若干小心者の性格が出たが、そんなことを行いながら俺は正面の大通りを渡る。この部分は、ムーン・ツリーを中心に環状に造られている。そして渡った先は石畳の広い広場で、そのまま中心まで歩み寄り上を見上げる。


(それにしても、デカいな…)


 ムーン・ツリーは巨大で太い枝達を大通りを覆い尽くすように伸ばさせ、生き生きと生い茂る葉の隙間からは微かな木漏れ日を地面に届かせる。


(これは、あれだな。この木なんの木気になる木の、デカいバージョンだな)


 首が疲れながらも、CMでお馴染みのそれを思い出した。俺は少しの間この木を楽しんだあと、後ろ髪を引かれつつも西に伸びる大通りを進むことにした。





 しばらく進むと、左手に一軒の花屋を見つける。


(なかなか、いい匂いだ。これを左か)


 俺は日本では気が向いた時に花を購入していて、その香りと比べながら左折した。そして路地を再びしばらく進み、


(ここか?)


 足を止めた。建物の脇には看板が設けられ、森の宿と書かれている。


 宿はこじんまりとした古びた木造で、紹介にあった宿名なためこのまま中に進む。すると、外装とは異なり内装はアットホームで、厨房が覗けるカウンター席とクロスが掛けられたテーブル席が並び一階は食堂の様だ。


「いらっしゃいませー」


 俺が出入り口付近で店内を見回していると、可愛らしい声が聞こた。そちらに視線を向けると、小学生ほどの女の子が駆け足でこちらに向かう。そして、


「お食事ですか? それともお泊りですか? それとも………」


 明るく元気よく話し始めた女の子だが、何故か途中でもじもじとし始めて顔を真っ赤に染め上げながらどもった。


(な、何だろう…? 変なところで、話を止めないでほしいんだが…)


 この言葉の続きは恐らくあれなのかもしれないが、万が一にでも間違っていると、とても耐えられない事態となりそうなため、


「泊りだ。まずは値段を教えてもらえるか?」


 続きは尋ねないことにしてそう応えた。すると、女の子は再びぱっと明るい表情を見せてくれた。


「えっと、一泊、朝と夜の食事付きで、銀貨1枚と銅貨5枚になります。お酒と追加の注文は、別料金です」


(ふっ…。相場が、全く分からん…)


 たどたどしく話した女の子だが、俺は改めて右も左も分からないことに気付き視線を外して苦笑した。


「とりあえず、一泊で頼むよ」


「かしこまりました!」


 俺は様子見でそう伝えたが、女の子はそんなちっぽけな悩みなど消し去るほどの気持ちの良い笑顔をプレゼントしてくれた。


(このタイミングで…。これは、癒されるな~)


 子供の無邪気な笑顔には計り知れないパワーがあると、改めて感じさせられた。そして女の子は俺を部屋に案内する。


(部屋は、どうなんだろうな? 広いといいが)


 そんな安直なことを考えながらあとを付いて行くと、


「部屋は、こちらになります」


 女の子は扉の開いている部屋を腕で示した。中を覗くと、室内は3畳ほどでベッドと小窓のみだ。


「鍵はこちらです。無くさないようにしてくださいね」


(懐かしいな。昔、銭湯で見たやつだ。だが、すぐに壊されそうだな…。まあ、贅沢は後回しにして、まずは装備と着替えを揃えよう)


 続けて可愛らしい笑みで話した女の子はこちらに木製の鍵を手渡し、俺はそれに懐かしさを覚えた。


 このあと、俺は一度部屋の中を確認してから鍵を掛け、必要な物を揃えるために再びムーン・ツリーまで戻ることにした。





 ちなみに、出掛ける前に女の子に先程は何をもじもじしていたのかを尋ねたところ、


「あのね…。あれはね………」


 話の途中で再びもじもじとし始め、


「それとも、わ・た・し?」


 こちらに真っ赤に染め上げた可愛らしい笑顔を向けながら首をコテンと傾けた。


「こ、こうやって言うと、もっとお店にお客さんが増えるよって、教わったの!」


 そして更に、潤ませた瞳を見せ付けながら褒めてと言わんばかりにこちらに迫り寄った。


(いったい…、誰が教えたのか…。それに、この天賦の才…)


 戸惑う俺には、末恐ろしいこの子の未来の姿が見えていた。



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