第7話 出入り口


「なっ! 扉が消えてる!?」


 何気なく背後を気にした俺は、そちらに振り向きながら思わず声を上げていた。


「ここから自由に行き来できたら便利だったのにな~。転移装置ぐらいはこの世界にもあると思うし、女神のところに通じてるから消えたんだろうが…」


 俺は扉が存在していた場所を角度を変えながら確認しつつ疑問に呟いた。


「まあ、いいか」


 姿勢を戻した俺は、この件は今は大事な事ではないと判断して呟いた。


「それよりも、う~~~ん! ふう~~~」


 ひと段落したために疲労感を覚えたのであろう俺は、呟きながら大きく背伸びして腕を緩やかに下しながら息と声を深く吐いた。


「少し、テンションが上がり過ぎだな。ここからは慎重に行こう」


 肩をほぐす俺は、今までの様々な出来事を振り返りながら心が乱れていると判断して気持ちを平時に近付けつつ呟いた。


「この光…。そうか。あのおかげで、ここは明るかったのか」


 地面の日差しに気付いた俺は、右手に視線を移しながら呟いた。視線は、日差しが差し込んでいる洞窟の出入り口に続く短い通路と、その日差しを強く受けている狭い草原とその奥の木々を確認する。


「これなら、すぐに出られそうだ」


 背筋を伸ばしながら呟いた俺は、紳士的な足取りで出入り口らしき場所に向かう。


「まずは、周りの確認からだな」


 日差しから暖かな温もりを感じ始めた俺は、出入り口の手前で立ち止まりながら呟いた。視界は、色濃い木々と鮮やかな草花達を確認する。俺は、時めく心を持ちながら右手を岩壁に当て、安全確認のためにそっと洞窟の外に顔を出す。


『バサ!』


(うおっ!?)


 突如、俺の眼前に何かが音を上げて舞い降りた。閃く何かが鼻先をかすめた俺は、反射的に洞窟内に身を引きながら慌てて声が漏れ出そうな口元を両手で力強く押し潰した。


(なっ…、なんだこいつは!?)


『フンフン』


「キーッキッキー!」


 思わず目を見開いていた俺は、そのまま目の前の腰ほどの高さの古びた茶系色の布の塊を凝視しながら心の中で叫び声を上げていた。布の塊は、その場でゆっくり上に伸びていく。俺の肩ほどまで伸びた布の塊は、揺れ動きながら鼻をすするような音と奇声を発した。


 布の塊は、何かの生物のようだ。その生物は、背中をこちらに見せている状態にある。確認できる範囲の身なりは、ボロボロで汚らしい茶系のマント、同様な様子でくたびれ過ぎている先の尖った魔法使いをイメージさせる帽子、恐らくあるであろう右手に所持している身の丈よりも長い杖。素早く左右に振る頭部からは、人とは思えない大きさのイボのある鷲鼻が僅かに窺える。


(ゴブリンウィザード!? いや、魔女か!? どっちも、いきなり会っていい奴じゃないはずだ!)


 思考した俺は思わずテンションを上げていた。しかし、今回のそれはハッピーではなくてアンハッピーな方向だ。


(まずい! ここからは逃げられないぞ!?)


 たじろいぎながら心の中で叫んだ俺は、思考を続けつつ背後に振り向いた。俺は扉が存在した場所を見つめる。扉はやはり存在しないが、視界の中に箱が映る。


(あそこしかない!)


 視線を生物に戻した俺は、そのまま物音を立てないようにゆっくり後退りして箱の陰で身を屈める。


(どういうことだ!? スライムしか居ないんじゃなかったのか!?)


 感情が焦るばかりの俺は、体が震える中で女神に苦言を呈するように思考した。余裕が一切ない俺は、唯々息を殺して生物を凝視し続ける。生物は、気掛かりがあるためか周囲をきょろきょろと見回している。


(どうする? こ、これで殴るか?)


 怯える俺は、弱々しく思考しながら両手を箱に添えた。俺はそのまま心拍数を抑え込みながらじっと生物の様子を窺う。やがて、きょろきょろしていた生物は、何もせずに右の岩陰に姿を消した。


(………、行ったか?)


 しばし動かずに出入り口を凝視していた俺は、少し安堵しながら思考した。


(確認…、しないとな…)


 立ち上がりながら思考した俺は、箱を所持し易くするために蓋を開ける。


(中身が邪魔だ)


 思考した俺は、出入り口を気に掛けながら中身のスーツなどを取り出して机の上に置く。箱の中に右手を入れて片手で持ち上げた俺は、直ちにそれを利用できる態勢を整えながら慎重に出入り口に向かう。


『ゴクン』


 出入り口の左側の壁に背を付けた俺は、思わず息を飲み込んでいた。悠長な時間はないために、俺は続けて洞窟の右外を慎重に確認し始める。じわりじわりと出入り口までの距離を詰めながら右外を広く確認していく。そのまま洞窟の外に顔を出す。


(居ないな)


『ガサガサガサ』


(!?)


 安堵して思考した俺は、次の瞬間に左側で葉が擦れ合う音を確認した。慌てた俺は、勢い良く顔を左側に向ける。


(…、風、だよな?)


『ヒューン』


 森林と草花のみを確認した俺は心細く思考した。緩やかで穏やかな風は暖かい空気を運びつつ優しい音を立てた。俺は洞窟内部に戻る。


「ふう~、びっくりしたな~。あれがモンスターなのか? 顔ははっきり見えなかったが、大きな鼻に三角帽子で長い杖を持ってたな…。ゴブリンウィザードみたいな奴か? それに…、女神の言うことは当てにならないのか?」


 未だ心臓が激しく波打つ俺は、箱を元の位置に戻してスーツなどを再び仕舞いながら思わず安堵で声を漏らしていた。





「よし! 行くか!」


 しばし心を落ち着かせいたて俺は、気持ちを切り替えながら明るい未来と希望を抱きつつ景気良く声を上げた。俺は再び紳士的な足取りで出入り口に向かい、その手前で立ち止まる。


「今度は…、大丈夫そうだな」


 慎重に洞窟の外へ顔を出した俺は、周囲を見回しながら呟いた。


「ふう~。予想外な事は起こるもんだな。そう言えば、この洞窟は結界で気付かれないようにしてあるとか言ってたが、それが役に立ったんだろうな」


 顔を洞窟内に戻した俺は、出入り口を見回しながら手で触れつつ安堵して呟いた。


「女神様様だな。感謝しとかないと。御利益、御利益」


『パンパン』


 信仰心を一切持たない俺は、ここぞとばかりに心にもないことを呟いたあとで出入り口に対して二拍手一礼した。


「さあ、出発するか!」


 明るくを声上げた俺は、出入り口から外の世界に足を踏み出す。三度の紳士的な足取りで、そのまま狭い草原の中央まで歩む。


「ここは、森じゃなくて林な感じか」


 立ち止まった俺は、周囲を見回しながら呟いた。


「さっきの奴は、あっちに行ったんだな…」


 右に顔を向けた俺は、若干の恐怖心を思い出しながら木々の奥を注視しつつ呟いた。視界は、色濃い木々と鮮やかな草花達を捉えるのみだ。


「それにしても、でっかいな。灰色の岩山って珍しいのか? 日本の山は、土で覆われてるし…」


 出入り口側に振り向いた俺は、瞬間モニュメント・バレーの岩山と日本の山を思い出しながら上を見上げつつ呟いた。


「今となっては、それは確認できないか…」


 上を見上げている俺は、哀愁を覚えながら呟いた。


「それよりも、真っすぐ奥に草原があったな」


 姿勢を戻しながら気を取り戻した俺は、背後に振り向きつつ呟いた。


「あの先に、街道があのか…?」


 洞窟から正面に当たる真っ直ぐ先を見つめた俺は、疑問に呟いた。


「また真っ直ぐかよって、ここでツッコミを入れる奴は負けだろうな。真っはいいが、直ぐは違うからな。また真っかよ! ならいいが、真っ、マッ、まつ、まっ、ま…。発音が、難しいな………。くだらない…。これ以上は、考のは止めよう…」


 思い出したかのよう呟き始めた俺は、途中から自分の不器用さに気付いて呟きをシメた。自分に呆れて思わず首を左右に振った俺は、虚しさを覚えながらも力強く腕を前後させつつ真っ直ぐ歩き始める。木々の合間を無心に潜り抜け、草原に囲まれた場所まで突き進む。


『ヒュルン』


「うーーーんっ! こんなに広い草原は、日本にはないだろうな~」


『ヒュルルン』


 暖かな風は、小さく音を上げながら俺の体を優しく包み込んだ。俺は両拳を空高く突き上げながら呟き、風は同時に俺の虚しさを引き連れて上空に舞い上がる。


「高原みたいに感じるけど、違うんだろうな~」


 遥か彼方の景色まで見渡した高原好きな俺は、脱力して腕を下ろしながらそんな錯覚を受けつつ呟いた。景色は、正面から左方向に地平線が続き、右方向に峰が連なる。峰が見えるため俺はそう判断していた。


「空気も美味いしのんびりしたくなるが、ここは異世界だ。まずは街に行って、宿を探そう」


 呟いた俺は、草原の中を再び真っ直ぐ歩き始めた。



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