第4話 例外と若返り


(この様子。本当に困ってるんだろうな…)


 視線を落とした俺は、俺の胸に顔を埋めて震えている女神を見ながら思考した。


(まあ、行くことは決めたんだし、ここはそれで妥協するか…)


 決断とスキルが一つ身に付く件を思い出した俺は、顔を上げながら女神を心配しつつ思考した。


「それでいいから、とりあえず顔を上げてくれないか?」


「手…、貸して」


 視線を女神に戻した俺は優しく尋ねた。女神は俯いた姿勢で後退りし、そのまま弱々しく話した。俺が左手を差し出すと、女神はそれを両手で挟み込みむ。


(これは…?)


 そこに暖さを覚えた俺は疑問に思考した。この行為は数秒で終わる。


「これでよし! ふふ~ん」


(震えてたのは、嘘? いや…、分からないな)


 俺の手の甲を上からポンポンと軽く二度叩いた女神は、満足気に話しながら顔を上げて明るい表情を見せた。そのあと、女神は俺から距離を取りながら背中を見せる。先程の震えていた女神を思い出した俺は、再び疑問に思考した。


「何をしたんだ?」


「今のは、あなたが向こうに行った時に強力なスキルが身に付くようにって、おまじないを掛けたの。ついでに、言葉と文字も分かるようにしておいたわ!」


「へ~。そんなことができるんだな」


 俺は一連の行為の意味が分からずに尋ね、振り向いた女神は得意気で可愛らしく説明した。自分の何の変化も見られない左手を見た俺は、それとなく呟いた。


(あれ? この事は小説なんかでよくある話だが、いいことだよな。言葉が分かれば、なんとでもなるからな)


 あとからその事を理解した俺は、未だ温もりが残る左手をグーパーしながら頬を緩めつつ思考した。コミュニケーションの大切さは、十分に理解しているためだ。


「歳も変えれるけど、どうする? 勿論、体も若返るわよ」


「はあ!? そんなこともできるのか!?」


 女神は不意に話し、驚嘆した俺は思わず声を上げて尋ねていた。勝ち誇ったかのような笑みを浮かべた女神は頷いて返事を戻す。


(それは嬉しい! ぼろぼろな30過ぎの体を一から鍛えるのは、流石に辛いからな。是非やってもらおう! だが、若過ぎるのは嫌だな。赤ん坊になるのは論外だ。あの趣味は俺には無いからな。となると、17ぐらいが丁度良さそうだが…)


 歓喜した俺は、思考しながら前屈みで小さくガッツポーズした。何故なら、スポーツのし過ぎで怪我が完治しなくなった事と事故の後遺症と内臓を痛めて止めにヘルニアになって右足の神経をやられて老後は右足を引きずりながら歩くことになると予想される俺には棚から牡丹餅なためだ。しかし、俯いて思考を続けていた俺は迷いが生じたために女神の顔をチラ見する。女神は唯々ニコニコするのみでアドバイス的なものはない様子だ。


「ギルドの登録は、何歳からできるんだ?」


「一五歳からよ。ちなみに、大人として認められるのもその歳で、お酒も飲めるようになるわ」


「それは、俺達の世界での二十歳と同じ感じか?」


「ええ、そうよ」


(ふむ、どうするか? 二十歳でもいい気はするが…。まあ、十五でいいか。少しでも長生きして、スキルであんなことやこんなことをして遊ぶのも悪くない)


「じゃあ、十五にしてくれ」


 顔を上げた俺は女神を見ながら尋ね、微笑んでいる女神はご機嫌な様子で返事を戻した。俺は続けて尋ね、女神はそのまま返事を戻した。俯きながら顎に手を当てた俺は頭をフル回転させて思考し、再び顔を上げて決意の眼差しを女神に向けてそう伝えた。


「わかったわ。それじゃあ、ついでにちょっとだけ体も強くしておくから。それと…、向こうの世界の日にちのことを話しておくわね。子供でも知ってることだから聞き辛いでしょ。


 まずは、1年って言うのは12か月に分かれてて、1か月は30日あるの。だから、1年間の日にちは360日になるの。それでね、あとはあなたの居る世界と同じように曜日があって四季もあるの。四季はあなた達の世界だと変わりそうだから一応話しておくけど、春、夏、秋、冬に分かれてて、だいたい3か月ぐらいで変わっていくわ。あとは、100人目記念の細工もしておいて………。


 ねえねえ聞いてくれる~? 体を強くする事って凄いことなのよ。あなたは運がいいわ。私に感謝しなさいね。こんな事、今までの子達にはできなかったんだから。なんでできなかったて言うとね、これには決まりがあってね、100人目じゃないとダメだって言われててね。ホント面倒臭い決まりよね。私の世界なんだから自由にさせてくれればいいのに。でもね、私、最近、例外って言葉を覚えたの。勿論、この言葉は知らなかったわけじゃないわよ。でもね、これを付ければなんだってできることに気付いたの。体を強くすることも本当はダメなんだけど、これで書き換えてやったわ。ホント便利な言葉よね。他の子達にも色々と付けてあげたかったわ。うちの御神達は頭硬いんだから。嫌になっちゃうわよね。この間キノコ狩りに行った時なんか酷いのよ。女神だから簡単に死なないからって言って、私に毒キノコを食べさせたの。じゃあ、同じ神なんだからあなた達も食べなさいって言ったらなんて応えたと思う? 嫌に決まってるだろ。そんなのバカがやることだ。ぎゃはははって言ったの。私はそのあと案の定お腹を壊して寝込んでキノコが怖くなったわ。あんなのパワハラよ。自分がやられたら嫌だってことは、他人にやらせちゃいけないって何で気付けないのかしら。ううん。あの様子だと、その意味をまったく分かってないんじゃないかしら。御神は本当に頭が膿んでるわ。私、ああいうバカは大っ嫌いなの。それと他には何かあったかしら。ああ、そうだったわ。その記念のせいであれが変わるけど、それはいいわね。毒じゃないから。体には特に影響ないわ。それからね…」


「ちょっと待て! 色々言いたいが…、100人目記念ってなんだ!?」


 女神は普通に話し始めたが、途中から早口に変わった。このままでは永遠とこれを聞かされるのではないかと不安を募らせていた俺は、聞き捨てならない内容を聞いたと判断して慌てて一歩前に踏み出しながら腕を伸ばしつつ口を挟んだ。話を止めた女神は、驚いた様子で咄嗟に口元を両手で抑え込む。


(この女神、放置するとやばいかも。それより、日にちのことはなんとなく分かったが、その記念って100人目記念の事だよな。それが細工とか、納得いかないんだが…。しかも、早口で愚痴を溢しながらしゃべるから内容がよく分からなかったし…。あれとか…、なんか言ってたな?)


 素早く横を向いた俺は、俯きながら顎に手を添えつつ思考した。


「えっと…」


(何から聞けばいいんだ…)


「わ、私ったら…。愚痴をこぼす相手が居なかったから、ついしゃべり過ぎちゃったわ。ごめんなさいね。すぐにやるわね」


「いや、そうじゃなくて」


 女神の暴走を阻止するために声を漏らした俺は続けて視線を下げて早急に思考していたが、女神は動揺のためかこちらの様子を全く気にせずに再び早口で話した。慌てて視線を上げた俺は再び腕を伸ばしながらそう伝えたが、女神は既に俯いていて全く聞き取れない言葉を口にしている。


(なんだ? 何かを唱えてるみたいだが…。これは、呪文なのか?)


 思考した俺は不思議に女神を眺めている。女神は体が徐々に神々しく輝き始める。その輝きは次第に右手に集中して行く。全てが集中したところで、女神はその手を俺に向けてかざす。輝きは空中を渡るように移動し始めて俺の体全体を包み込む。


(んん!? なんか、体中がもぞもぞと…、くすぐったいぞ!? それに…、体が少し軽くなったような…? これで、若返ったのか?)


 俺は思わず体をねじらせながら皮膚を掻きつつ思考していた。この輝きは、しばらく経過したあとゆっくり俺の体内に吸収されるかのようにして消滅する。


(あ、あれ? さっきまでと…、視線の高さが違う………? あっ、そうか! 背も縮むのか!)


 慌てながら思考した俺は、それに気付いたために手足を確認する。服の裾が少しダボついて見える。


(15の時の身長に戻ったのか…。はは…、これは…、慣れるのに少し時間が掛かりそうだな…)


 思考した俺は、うっかりしていたと思わず表情が苦笑いになっていた。





 思考が冷静に戻った俺は、変化を確認するためにこの場で体を動かす。体は普段以上にしなやかに動き、不調は全て取り除かれている。


(これはいいな! よし! あとは、成るように成るだ! 見知らぬ土地での冒険か~。ちょっとワクワクしてきたな!)


 ご機嫌な俺は、両手を強く握りしめながら思考した。気分的には、転勤して知らない土地に向かうような軽いものだ。


「ちょっと~。異変を調べることが重要なんだから~」


(おっと、心を読まれたか。釘を刺されてしまったな…)


 糸目な女神は小姑のように話し、思考した俺は顔を背けて軽くそれを受け流す。


「それと、こっちが落ち着いたら一度連絡するから。それまでは、あまり無茶はしないでよね!」


「大丈夫だ。無茶はしないよ」


「そ、そう…。それならいいけど…」


 呆れた様子の女神は苦言を呈したが、体の調子がすこぶる良い俺は屈託のない笑顔で返事を戻すことができた。女神は俺の態度が気に入らないためか、返事を戻したあと顔をぷいっと横に背ける。


「あとは、あの扉を抜ければ、私の世界に行けるわよ」


 女神はそのまま腕と指を伸ばして道を示しながら話した。俺が示された場所に視線を移すと、ここを訪れる切っ掛けになった若干の装飾が施された白色の扉が静かに佇んでいた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る