第2話 女神


――現在――


(何が起きた!?)


 呼吸すら失念していたのであろう俺は、そのまま脳を無理やり働かせて思考した。


(まっ、真っ白な世界!?)


 僅かな酸素が脳に届いた俺は、あるがままの景色を言葉に変換して思考した。恐る恐る両腕を下ろし始め、それに比例して心拍数は上昇していく。


(違う! 地面が白くて、空も白いんだ!)


 景色に違和感を覚えた俺は、下ろす両腕を途中で止めながら驚愕して思考した。慌てて周囲を見渡し始める。


 景色は、遥か彼方に地平線のような一本の線が真っ直ぐ伸びている。それを境界にした下部は、一枚板のような真っ白な地面が続く。上部は、筆で塗り潰したかのような真っ白な空が広がる。それらの景色の中に、先程に目にしていた若干の装飾が施された白色の扉が違和感を放ちながらポツリと存在している。


「ハッ!?」


 再び呼吸すら失念していたのであろう俺は、思い出したかのように喉元に詰まる息を吐き出して声を漏らした。同時に、勢い良く背後に振り向く。視界は、帰路の住宅街を捉えられない。真っ白に変わり果てた遥か彼方まで続く景色を捉えている。


(おかしい! 俺は家に帰る途中で、ただ路地に入っただけのはずだ!)


 津波のように押し寄せてくる焦りの感情で精神が押し潰されそうな俺は、前屈みの姿勢を作りながら両拳を固めて叫ぶように思考した。


(いったい…、どうなってるんだ………)


 思わず脱力していた俺は、放心状態に陥りながら唯々漠然と思考した。心の中に、ある種の絶望に似た感情が生まれ始める。


「やっと、出会えました」


 絶望の感情に支配されていく俺は、唐突に右耳から得も言われぬ澄んだ音を捉えた。音は、俺のぐちゃぐちゃな心を一瞬で正常に戻す。


「100人目の人間様を、お待ちしておりました」


(そこには、誰も居なかったはずだ!?)


 音を声と認識した直後に全身から冷や汗を噴き出した俺は、身構えながら右側に勢い良く振り向きつつ思考した。視界に、神々しく輝いている人のような姿が映し出された。





 俺は、一目でこの人のような姿に目を奪われた。


 輝いて見える長く白い髪。同様に見える透き通るような白い肌。整った顔立ちの中にプリンとした濡れた唇。女性のような温もりを感じさせる体型の上に纏う、露出が高い滑らかな白いドレス。優しい笑みを浮かべながら両足の前で軽く手を結ぶ姿は、瑞々しくも艶めかしくもある。正に、この世のものとは思えない絶世だ。


(これは…、人? 女性…、なのか…?)


 心までも奪われた俺は、そのまま息を飲み込みながら唖然と思考した。


「ぐっ」


 唐突に頭痛を起こした俺は、思わず視線を下に落としながら前屈みの姿勢を作りつつ痛みを耐える声を漏らしていた。


「ごめんなさい…。負荷を掛け過ぎました」


(ふ…、負荷? 何を言って…って、なんだ? 痛みが消えた?)


 女性は少しだけ謝罪するかのように話した。輝きが薄れていく女性を横目にしている俺は、視線を下に戻しながら正常に戸惑いつつ思考した。


(どうなってる!? それに、こいつはいったいなんだ!?)


 右手で頭を抑えた俺は、正常に戸惑う事態が正常ではないと判断しながら再び女性を横目にして思考した。女性は優しい微笑みを浮かべる。


(まさか!? 俺は………)


 女性の優しい微笑みと先程の閃光を思い出した俺は、言葉では表現できない思考が生まれた。しかし、思考は直ちに正常に戻る。


(懐中電灯の光って思ったのは、実は暴走トラックか暴走自転車だったのか? それで俺は命を落としたのか? う~ん…。さすがに分からないな…。だが、呆気ないものだな…。やけに頭の中がスッキリしてるから、そう思うのか…?)


 複雑な感情が湧き上がる中でさえ冷静な俺は、少しだけ拍子抜けして思考した。


(それにしても、冷静に混乱してるって分かるからそれを冷静に判断して、それはおかしいと混乱してそれに冷静に気付いて混乱して、また冷静に混乱して冷静に………。やめだやめだ。頭がおかしくなりそうだ)


 感情の分析を開始した俺は、刻々と眉間に皺を寄せなが冷静に混乱して冷静に分析するが再び冷静に混乱しために頭を左右に振って思考を断念した。


(それより、たぶんこれは現実だ。俺は大人なんだから、この事は素直に受け入れよう)


 日頃から大人とはどのような存在なのかを自問自答している俺は、少し肩を落としながらも唯々現実を直視してそれを許容しようと思考した。


(問題は、この場所とこいつだ。確かめないといけない)


 感情を整理した俺は、伏し目がちでゆっくり体を起こしながら決意を固めて

思考した。そのまま慎重に右側に振り向く。視界に女性の足元を捉え、恐る恐る顔を上げ始める。


「あ、あなたは、誰ですか?」


 女性と思われる人物の怪訝な表情を捉えた俺は、言葉を詰まらせながらも尋ねた。


「私はアウラと申します。あなた達の世界で言うところの、女神と呼ばれる存在です」


(め、女神!? か、神ということか!? 神…、なんて、本当に居たのか!?)


 女性は非常に優しい微笑みを見せながら返事を戻した。驚愕した俺は、思わず目を見開きながら数歩後方にたじろぎつつ思考していた。


(落ち着け。分からないことは考えるな! 神という存在が、どういうものなのかは分からないが! んん? いや! 分からないことは考えるな!)


 全身の血の気が失せるような感覚に捉われた俺は、咄嗟に自分の精神を守るために体を左側を向けながら前屈みの姿勢を作りつつ思考した。続けて思わずうっかり仕掛けたが、直ちに冷静さを取り戻して頭を左右に振りながらその内容を修正しつつ思考した。


(とにかく、今はすぐに冷静になれる。一つ一つ問題を解決していけば、絶対に大丈夫なはずだ!)


 再び感情を整理した俺は、過去の経験則から自信を取り戻して思考した。先程と同様にし、恐る恐る顔を上げ始める。

 

「こ、ここはいったい、何処なのですか? あ、あなたが女神ということは…、俺は…、死んだのでしょうか…?」


「ここは神界と、あなた達の世界との狭間になります。そして、あなたは死んではいません。あなたがあの路地からこの世界に辿り着けたのは、特別な波長を持っていたからです」


 女神の落ち着いた表情を捉えた俺は、しどろもどろになりながらも尋ねた。女神は再び非常に優しい微笑みを見せながら返事を戻した。


(り、理解が追い付かない…。だが…、ここは異世界、ということか…? あの路地が異世界に繋がっていて、俺が特別な波長を持っていた。だから入ることができた。そういうことなのか? 待っていたとは、どういう意味だ?)


「その通りです。ここは異世界とも呼ばれる世界。先程もお話したように、ここは波長の合う方のみ訪れることが許される場所です。そして、私はその方をずっと待ち焦がれておりました。あなた様がその方なのです。あなた様には、私の世界を調べてほしい。どうか私の願いを、聞き入れては頂けないでしょうか?」


「ちょ、ちょっと待て! 俺はまだ、この場所の事と自分が死んだかどうかしか聞いてない! それなのに!」


 思わず女神から視線を逸らしていた俺は、振るえる右手で口元を強く抑え込みながら地面を見つめて思考した。相槌を打つ言葉で話し始めた女神は、語り掛けるように説明したあと頭を下げて尋ねた。動揺した俺は、思わず目を見開きながら女神に対して勢い良く顔と声を上げていた。頭を上げた女神は、優しく微笑みながら沈黙を続ける。


「くっ!」


 女神の表情に苛立ちを覚えた俺は、顔を左側に背けながら思わず声を漏らしていた。


(どういうことだ? こいつは、俺の考えてることに対して正確に答えた…。ひょっとして、心が読めるのか!?)


 張り裂けんばかりに鼓動が波打つ俺は、それが収まりいく中で地面を見つめて疑問に思考した。平静を取り戻し、女神に顔を向ける。


「し、調べるのか?」


「はい。私の世界には、魔王と呼ばれる者が存在します。ですが、魔王は3年前に討ち滅ぼされて世界に一時の平和が訪れた…。そのはずなのですが…。何故か今、非常に違和感を持つのです」


(違和感? どういう意味だ? それに…、女神でも分からない事を俺が分かると言うのか? 話が…、見えない…)


 情緒不安定な俺は、再び言葉を詰まらせながらも尋ねた。表情を平静に変化させた女神は、説明しながら暗い影を落として話した。余裕が生まれない俺は、その様子に構わずに左手で両のこめかみを押さえ込みながら理解できないと思考した。


「あなたでは、調べることはできないのですか?」


「はい。私では、魔王に関する事を調べることはできないのです」


「魔王は、倒されたのでは?」


「魔王は魔素から生まれます。ですので、倒しても完全に消滅するということはないのです」


 疑問が生まれた俺は、指の隙間から女神を見つめて尋ねた。女神は淡々と返事を戻した。俺は再び尋ね、女神も再び淡々と返事を戻した。俺は刻々と眉間に皺を寄せ始める。


(ダメだ~。さっぱり分からない。魔素って、いったい何なんだ? ゲームとか小説にあるやつと、同じ感じか?)


 感情が制御不能に陥った俺は、思わず女神の御前にも関わらずに投げやりに左側を向きながら天を仰ぎつつ思考した。俯いて腰に手を当てながら頭を左右に振る。


『パン!』


「そう、そう、それです! そんな感じなのです!」


(なっ…、なんだ急に!? しかも、いきなりフレンドリーになったぞ!?)


 突然、女神は胸の前で手を叩いた。続けて、明るい表情を見せながら言葉を弾ませて話した。音と女神の豹変で二度驚いた俺は、動揺しながらも冷静に思考した。女神は左手を腰に当てながら右手を胸元に寄せて人差し指を立てる。


「急に~、異世界に行って調べてほしいなんて言われても~、困りますよね~。どう説明したらいいのか~、私も悩んでたんですよ~。でも~、あなた達の世界なら~、そういうゲームとか小説が流行ってるじゃないですか~。だから~、それを知ってる人なら~、すぐにわかってもらえると思ってたんですよ~」

 

 テンポ良く人差し指を左右に揺らし始めた女神は、語尾を間延びさせながら明るく気分良さげに話した。その様子は、先程までの非常に優しく微笑む女神ではなく、一昔前の女子高生だ。


 人差し指を揺らし始めた女神は、気分良さ気に明るく元気に語尾を間延びさせて話した。その様子は、非常に優しく微笑む女神ではなくて一昔前の女子高生だ。


(さっ…、さっきまでの俺が………、まるでバカみたいじゃないか!!!)


 開いた口が塞がらない俺は、ぶつけようがない憤怒の感情を急沸騰させて思考した。歯ぎしりを起こすほどに歯を食いしばりながら両手を力いっぱいグーに固める。


(この女神…、どう転がしてやろう………)


 摩訶不思議な力さえも跳ね除けた俺は、憤怒の感情に残忍と残虐と残酷を加えて思考した。気分良さ気な女神を心の底から蔑むような視線で見つめ始めた。



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