スキルマスター

とわ

第一章 ムーン・ブル編

第1話 未来


『パンパカパーン パンパンパン パンパカパーン!』


「おめでとうございます。あなた様でなんと100人目となりました。100人目記念として豪華賞品をプレゼント致します」


 突然、ファンファーレとアナウンスのようなものが鳴り響いた。


(なんだここは!? なんだいきなり!?)


 更に現状が理解不能に陥った俺は、思わず両腕の隙間から真っ白を目視したままで唯々愕然して思考していた。





――少し前――


 三十代の元サッカー部のお兄さんな俺は、転職した二年目のサラリーマンだ。今日は、やるせない感情を抱いたままで仕事を終えていた。今は、その感情を抑え込むために普段は選択しない迂回した住宅街の帰路を俯き加減で歩いている。


「はあ~。今日も、くだらない一日だった…」


 思い出したくもない出来事を思い出した俺は、思わず肩と息を深く落として呟いていた。


(くっそ! あいつら、残業する社員を優秀だと思ってやがる! 常識なら、時間内に仕事を終わらせて帰る奴の方が優秀だろうが! 残業を利益の内に計算してるから、あんな馬鹿げた評価をしやがるんだ! おまけに、政治家にカネをばらまいて仕事を受注してやがるし! 荒稼ぎしてるくせに、安い給料で社員をこき使いやがって! あんなもん、俺達の給料を不当に下げてるのと同じだ!)


 刻々と憤怒の感情が込み上げてきた俺は、眉間に皺を刻みながら暴言を吐くように思考した。憤怒の感情に残忍を加え、右側前方に建つ何も罪がない電柱を蔑むような視線で見つめる。


(…)


 電柱の手前で立ち止まった俺は、虚無に思考した。静かに右足をボレーキックのように上げる。狙いを、右足に対して平行線上にある電柱との交点に定めながら右足に憤怒と残忍さを加える。殺意を込めながら腰を回転させ始め、右足を引っ張るようにして振り始める。鞭のようにしならせた右足と電柱のインパクトの寸前、大きく目を見開く。


(足…、折れるな…)


 咄嗟にインパクトした場合は電柱ではなくてこちらの骨が砕けるイメージが沸いた俺は、電柱に対してすんでのところで右足を止めて最悪な未来が訪れると思考した。思わずその場で身震いを起こし、憤怒と残忍さを加えた右足を渋々地面に下ろす。


「チッ!」


 もどかしさを覚えた俺は、電柱に八つ当たりするように舌打ちした。再び肩を深く落として俯き加減で歩き始める。


(上司は自分の仕事すら1人で片付けられない無能な癖に、定時を過ぎた時間帯に何の悪気もなく堂々と職場に来やがるし。決められてる仕事の時間を守れないってことは、自分が無能な社員だと証明してることだって気付いてないのか? 会社の社員の評価は、仕事の進捗状況じゃなくて残業時間帯にごまをする奴らが高いし。意味が分からん! 奴らは、どんだけバカなんだんだ!? 人差し指を立てて、どんだけ~って言いたくなるわ! それに、仕事は小手先の事をやって目先の貧乏人から金を巻き上げてるし。あくどいにもほどがある。貧乏人同士で潰し合って、いったい何が楽しいんだ? 時代に付いて行けない連中をいつまでも上の立場に置いてるから、ああいう前時代的なやり方になるんだ。いい加減、昭和時代の年功序列型な体質を改善して、しっかり今の時代を見つめろってんだ。あんなことをやってたら、本当に会社が潰れるぞ!)


 意図せずに感情がぶり返した俺は、再び暴言を吐くように思考した。ちなみに、俺は他人よりも仕事を素早く片付けることができる。そのため、最近ではそんな上司は無視して定時に帰宅していた。しかし、今日は退社間際にそいつに捉まり、そいつがやるべき仕事をそいつから無理やり押し付けられていた。更に、残業している最中にそいつから小言と嫌がらせを受け、堪忍袋の緒が切れる寸前となっていた。この会社の環境とそいつが苦痛でしかない今は、精神が我慢の限界を迎えている。


(法律が無ければ、まじでボコボコにしてやるのにな!)


 憤怒している俺は、歯を食いしばりながら拳を固く握り締めつつ良からぬことを思考した。憤怒の感情に残忍と残虐を加え、右側前方に建つ何も罪がない電柱を蔑むような視線で見つめる。


(…)


 電柱の手前で立ち止まった俺は、再び虚無に思考した。静かに右腕を肩の高さに上げる。右肩を大きく後方に開き、右腕を更に後方へ振りかぶる。そのまま大きく目を見開く。


(…、無理だな…)


 こちらの骨が折れるイメージが沸いた俺は、最悪な未来は望まないと思考した。


「はあ~。やつあたりは止めよう」


 虚しさを覚えた俺は、右腕を下ろしながら固めた拳を緩めつつ思わず肩と息と自分の評価も下ろして呟いていた。頭を左右に振り、電柱に右手を突いて二度の無礼を謝罪するように反省の姿勢を取る。電柱から右手を離し、姿勢を正しながら帰路を前向きに歩き始めた。





(なんでうちの会社は、ああなんだろうな。世界はカルダシェフ・スケールに沿って動き始めてるのに。中国なんて2025年に核融合炉が完成予定で、そのまま核融合発電までいけば莫大なエネルギーと金を手に入れるだろうし。日本と他の国も30年後には核融合発電の完成を目指してるのに。


 エネルギー革命が起これば、初めは電気を利用するだろうし。そうなれば、電気を効率的に使える設備が必要なのに。その先は、多分それじゃあ使えるエネルギー量が少な過ぎて、核融合炉から直接エネルギーを使える技術が開発されるだろうし。そうなれば化石燃料なんてごみのように、とまでは言わないけど、使用量は減るだろうし。


 そのあとは、太陽のエネルギーを自在に操るようになって、他の太陽みたいな恒星をガソリンスタンドみたいに使って宇宙に進出して、そのまま他の惑星に住むようになるだろうし。そこからは、もっとエネルギーを使い易い形に変えて、魔法みたいにエネルギーから物質を作ることができるようになるかもしれないし。


 ジュール・ヴェルヌって言う人が、人間が想像できることは人間が必ず実現できるって言ったけど、うちの会社の奴らは未来や自分や他人を信じることができないんだろうな。そういうのを信じて信頼して協力すれば、数十年後にはファンタジー世界みたいな夢のような未来が来るかもしれないのにな~)


 前向きな俺は、そのような夢がある未来に旅立ちながら思考した。


(でも、カルダシェフ・スケールは疑問があるんだよな。これが言う未来は、人間はいつか精神だけで活動するってことだけど、それだと脳に記憶が刻まれるっていう話がおかしくなるんだよな。精神だけで活動するなら、そっちに記憶が残らないといけないからな。そうなると、脳は精神から記憶を取り出す道具になって、あの世もあるって話になるんだけど…。そこまで、未来に行かなくてもいいか)


 精神体でやりたいことが思い浮かばなかった俺は、現実世界に戻りながら少し首を捻りつつ思考した。


(とにかく、うちの会社は先見の明がなくてスケールも小さ過ぎるよな。はあ~。これじゃあ、ストレスが溜まるばかりだ…)


 前向きなままの俺は、強引に頭の中を整理したあとやるせない感情を思い出して本日で幾度目かは分からない肩を落として思考した。


(せめて、この帰り道に寄れる店があればな…)


 以前から願い続けていることを思い出した俺は、付近にそのような店が存在しないことを知りながらも顔を上げて帰路を見渡しながら思考した。


(あれ? こんなところに、道なんてあったか?)


 左側の隙間なく建ち並ぶはずの民家の間に細い路地を見つけた俺は、立ち止まりながら疑問に思考した。


(たまにしか通らない道だから、気付かなかったのか?)


 過去の自分の記憶を辿る俺は、周囲の住宅を確認しながら自問するように思考した。


(覚えてないな…。まあそれより、ここに店ができてたなら、ありがたいんだけどな~)


 過去よりも未来が気になる俺は、曖昧な記憶を横に置いて頬を緩めながら思考した。そのまま、軽い足取りで路地に向けて歩き始める。


(薄暗いな。店っぽい感じはするが…)


 路地の手前で立ち止まった俺は、老眼のような症状が出ている目を細めながらその全体を眺めて思考した。路地は、道が茶色のレンガの石畳。左右は、両隣りの住宅の白いフェンスが奥に続く。奥は、平屋と思われる建物のこじんまりとした玄関先が見える。


『チカチカ バチン! ブゥーーーン』


(おっ。電気が点いたぞ!)


 左右の住宅のフェンスの向こう側に存在するのであろう二つの照明器具が、二回瞬きするように点滅して虫を感電させたような音を上げたあと低音を響かせながら玄関先にある扉に安定した光を届け始めた。明るく照らされた若干の装飾が施された白色の扉を確認した俺は、思わず心を躍らせて思考していた。


(ちょうど8時か! この時間に点くなら、たぶんスナックだな!)


 過去にスナック通いをしていて少し事情に詳しい俺は、腕時計の時刻を確認しながら確信を得たように思考した。


(ちょっと覗いてくか。カラオケができると、いいんだがな~)


 視線を扉に戻したカラオケ好きな俺は、思わず自分が熱唱している美化した姿をイメージしながらうっとり思考した。早速、浮かれ気分でスキップし始めそうな体を抑え込みながら路地に右足を一歩踏み入れる。もわっとした生温かな風が俺の頬を通り過ぎる。


「眩し!」


 突然、フラッシュでも焚いたかのような鋭い閃光を目にした俺は、意表を突かれたために思わず声を上げていた。同時に、目を閉じて足を止めながら顔を背けつつ両腕でそれを遮っていた。


(なっ、なんの光~!?) 


 アゲアゲな俺は、そのまま陽気に思考した。


(って、名言を思い出してる場合じゃないか。最近の懐中電灯は、直視するのと眩しいよな!)


 愉快な俺は、驚きながらも今の出来事を軽々しく思考した。続けて、懐中電灯を持つ人が立つのであろうと両腕の隙間から前方に向けて薄っすら目を開く。


「なっ!?」


 現状が理解不能な俺は、思わずそのまま目を見開いて声を上げていた。現状は、視界に映る景色が全て真っ白に変わり果ていた。



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