第73話 命のやり取り
対峙した騎士が馬から降り、こっちを睨みつけてくる。
「嘘を吐くなっ! 料理人が、攻撃魔法を弾き返したり出来る訳がないだろうがっ!」
「料理人でも魔法くらい使えるだろ」
「それは、せいぜい初級魔法だろうが! 今の反射魔法といい、俺の魔法を受けて生きている事といい、初級魔法で出来る訳がないっ!」
そう言うと、騎士が俺から距離を取り、杖を構える。
どうやら、村の外で遭った時とは違い、かなり警戒されているようだ。
だが、距離を取ったのは失敗だったな。
杖を構え、騎士が魔法の詠唱を行っているが、それより先にコズエの力を借りた俺の魔法が発動する。
「≪ストーン・バレット≫」
あの騎士が使う中級の爆発魔法よりも、初級魔法の方が魔法詠唱にかかる時間が圧倒的に短いので、少しくらいこちらが詠唱準備が遅れたとしても、発動は早くなる。
その結果、俺が飛ばした石の壁に挟まれ、騎士が動けなくなったのだが、
「≪フレイム・ボム≫」
石の壁を爆発魔法で破壊した!?
だが、身動きが取れなくするように石の壁を飛ばしていたので、術者の――あの騎士の至近距離で爆発が起こっているはず。
そう思っていると、砂埃の中から先程の騎士が這って現れる。
それなりに距離が離れているにもかかわらず、石の壁の破片が俺の近くまで跳んで来る程の爆発が起こったのだから、その威力は推して知るべしだ。
「ぐぅ……く、くそっ!」
「あれは……マズいっ! ≪スロウ・ヒール≫」
遠目に見ても致命傷だったので、ソフィアにウルを預けると、大急ぎで駆け寄り命を取り止めるように治癒魔法を使う。
「い、今のは上級……いや、この治癒力は、まさか禁呪!? こ、この俺を生かした目的は何だ!? 騎士隊に入りたいという目論見か!?」
「禁呪も騎士隊も、そんな訳ないだろ。ただ、目の前で人が死にかけていたんだ。それを助けただけだ」
「甘いな……そんな事では、いつか足下をすくわれるぞ。例えば、俺のような人間にな」
そう言いながら、騎士の男がその場に座ると、ゆっくりと目を閉じる。
命に別状はないはずだが、流石に攻撃してきた相手なので、完治はさせていない。
回復したら、再び攻撃してくる可能性はあるが、一晩や二晩で治る程ではないと思う。
ひとまず、こちらに危害を加えてくる事はないと思うので、離れたところで待ってもらっていたソフィアたちの所へ戻ると、
「――っ! がはっ!」
先程の男の声と共に、何かが地面に落ちる音がした。
音がした方へ目を向けると、騎士の首と胴体が切り離され、倒れ伏している。
そして、その横には血塗られた短剣を手にし、返り血で真紅に染まった女性が立っていた。
「なっ!? どうして……」
「あら、また逢ったわね。あの石の壁でバカ共を閉じ込めていたから、もしかして……とは思っていたけど、やっぱり貴方だったのね。確か……トーマだったかしら」
「お前は……あの時の冒険者、ジェーン!」
「ふふっ。覚えていてくれたみたいね。ただ、私は冒険者ではないのだけど……そうね。ジェーンと呼んでくれれば良いわ」
以前、フランクリンと戦った時に雇われていたジェーンが、どうしてこんなところに居るのか。
しかも、先程の騎士を殺した理由もわからない。
「何故、その騎士を殺したんだ?」
「勿論、依頼があったからよ。依頼も無しに人を殺したりはしないわ。……まぁ私を不快にさせる者は別だけど」
「騎士を殺す依頼だなんて、どうしてそんな事を……」
「さぁ。私はそんな事に興味がないから知らないわね」
ジェーンが肩をすくめるが……それにしても、あの返り血の量は多過ぎないだろうか。
「まさか……他の騎士たちも殺しているのか!?」
「えぇ、そうよ。何か問題でも?」
「問題しかないだろ! 騎士を殺すなんて」
「けど、相手は敵なんだから殺すに決まっているでしょ。それに、貴方もあの騎士たちと戦っていたんでしょ? どうして殺さないの? 敵なのに」
これは、ジェーンの考え方が特殊で殺し屋的な発想なのか、それともこの世界では命のやり取りが普通なのか、どっちなのだろうか。
どうか前者であって欲しいと考えつつ、瞬間移動のようなスキルを持つジェーンの一挙手一投足を見逃すまいと、目を凝らす。
何か変な素振りを見せた瞬間、ソフィアやウルを全力で守る事が目的なのだが、
「警戒しなくても大丈夫よ。前にも言ったけど、私は貴方と戦うつもりはないわ。不可解な点が多過ぎるから」
相変わらず、俺のスキルを疑問視しているようだ。
「さて、私の用事は済んだし、帰るわ。この騎士たちの死体については、私の依頼主が部下を使って処理するはずだから放っておいて良いわよ。じゃあね」
そう言って、ジェーンが大きく後ろへ下がり、姿を消す。
時々遭遇するけど、あの女性は一体何者なのだろうか。
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