第59話 世界樹
移動した先は、緑と花に囲まれた綺麗な幻想の世界……ではなく、黒く焼け焦げた場所だった。
「ピク、これって……」
「うん。魔物にやられちゃってね。詳しい事はわからないんだけど、火を吹く犬? みたいなのが来てね」
落胆するピクを見て、掛ける声が見つからずにいると、ソフィアが口を開く。
「ピクちゃん。元は綺麗な場所だったんだよね?」
「もちろん。きっと貴女が思い描いているような、そこら中を妖精が飛び回る綺麗な場所だったの」
「お兄ちゃん。私、少しずつでも、この場所を戻してあげたい!」
そう言って、ソフィアが周囲の様子を見て回る。
「パパー! ピクちゃん、かわいそう」
「そうだな。俺たちも出来る所からやってみようか」
「お兄さん……ありがとう」
とりあえず、最初に目をつけたのは、一本の木だ。
どれも炭になってしまっている木ばかりで、これはどうしようもないと思うけど、一部が焦げてしまっているだけの大きな木があったので、ウルを抱きかかえたままその木の傍へ行くと、治癒魔法を使う。
「≪スロウ・ヒール≫」
コズエの力を使っているから、焦げていた表皮が戻り、折れていた枝が再生していく。
思った通りだ。コズエの力なら、いけるんじゃないか? って思ったけど、流石だな。
「す……凄いっ! 凄いよお兄ちゃんっ!
「パパー! すごーい!」
「ふふん。凄いでしょー! まぁ私も、トーマが植物に使うとは思っていなかったけどねー」
ソフィアとウルが凄い凄いと褒め称え、コズエが腰に手を当てて胸を張っていると、
「……樹が、蘇った」
ピクが茫然としながら、ポツリと呟く。
その直後、ペタペタと大きな木に触れていたかと思うと、俺のところへ飛んでくる。
「凄いっ! 凄いよっ! 世界樹が蘇ったぁぁぁっ! お兄さん……凄すぎるおぉぉぉっ!」
「お、おい、ピク!? 嬉しいのは分かるが、激し……っ!? ほら、ウルが真似し始めたじゃないかっ!」
「だってだって、凄いんだもん! 世界樹が蘇ったんだよっ!? もうこの世界の終わりだと思っていたのに! それなのに……お兄さーんっ! んーっ!」
ピクが何度も何度もキスしてきて、それを見たウルもキスしてくる。
一度、ウルを降ろした方が良いだろうか。
……いや、何故かソフィアが凄く冷たい目で俺を見つめているから、その視線を防ぐ盾にさせてもらおう。
こんなに幼い二人とキスしているなんて、どんな兄だ……と思われているのかもしれないが、俺からしている訳ではないからなっ!?
ソフィアの冷たい視線に耐えながら、ちょっと気になった事があるので聞いてみる。
「あー、ピク。世界樹って何……」
「そうだ! お兄さん! 他にも何か蘇らせられないかな!?」
「……さすがに、黒焦げになって炭化してしまっているものは無理だと思う。だけど、そうでなければ何とかなるかも」
「さ、探そうっ! もっと他に無いか!」
そう言って、ピクが真っすぐ上に向かって飛び――と言っても、俺の身長よりも少し高いくらいだが――辺りを見渡す。
「お兄さん! あそこっ!」
ピクが指さす方へ行ってみると、枝葉が漕げているけれど、根っこや幹は無事な木がある。
「≪スロウ・ヒール≫」
「お兄さーん! さっすがーっ! また木が蘇ったね!」
木を治す度にピクがキスしてくるんだが。
あと、ウルも。
何とかやめさせたいと思いつつも、ピクは心の底から嬉しそうだから、言い辛いな。
「むー! ソフィアだって、お兄ちゃんと妖精さんたちの力になりたいのにーっ! ソフィアも何か探してくるっ!」
「お、おい! ソフィアっ!」
「あぁぁぁっ! お兄さんっ! こっち! 急いでこっちに来てっ! お願い、早くっ!」
ピクの叫び声が尋常ではないので、何事かと目を向けると、ぐったりした妖精が倒れている。
これは、流石に放っておくのはマズいっ!
「≪スロウ・ヒール≫」
ソフィアを追いかけないと……と思いつつも、倒れている妖精に駆け寄り、治癒魔法を使うと、ゆっくりと目を覚ました。
「ん……えっ!? 人間族が、どうしてここへっ!?」
「待って待って! この人が貴女を助けてくれたんだよー! しかも、世界樹まで蘇らせてくれたんだから!」
「世界樹って、そんな訳……あぁぁぁっ! 世界樹があるっ! あの化け物に燃やされたはずなのにっ! 貴方、凄いっ! すごーいっ!」
あの、嬉しいのは分かったから、ピクと二人して……というか、ウルも混ざって三人でキスしてくるのは流石にやめてくれないだろうか。
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