第55話 妖精の言い伝え

「な、何ですかっ!? この食べ物は……お、美味しい! どうしてこんなに美味しいのですかっ!?」

「――っ!? う、旨いっ! これ、アンタが作ったのか!? ……え? 治癒師であり、料理人でもあるの!? すげぇぇぇっ!」

「……おいしー! もっとたべたいのに、おなかいっぱいに、なっちゃったよー!」


 少年の家のテーブルでバスケットを開け、皆でサンドイッチをつまむ。

 いやまぁ俺たちはつまむ程度なんだけど、少年は凄い勢いで食べているけどな。


「あ、あの……トーマ様は治癒師様だとお伺いいたしましたが、今回の料金はおいくらくらいなのでしょうか」

「へ? 料金って、そんなの要りませんけど?」

「え!? そ、それはまさか、金が払えないなら、代わりに娘を貰って行くぜ的な……」

「そんな事をする訳ないじゃないですか」

「すみません。あの、では本当によろしいので?」


 困惑する女性を前に、大きく頷くと、安堵したようでホッと胸を撫で下ろされる。

 まぁ成り行きで治癒師って事になっちゃったし、日本でいう医者だと思われているんだよね?

 それはお金の事を心配されても仕方ないか。

 その後は、栄養のあるものを食べて欲しいと告げ、前に沢山手に入れた猪の肉とパンを、家族三人分……とりあえず、二日分ほど出して置いておいた。


「こ、こんなにも……ありがとうございます」

「アンタ、いい奴だったんだな。疑って悪かったよ」

「ん? そういえば、この治癒師の方から、どういう経緯で助けてもらう事になったの?」

「えっ!? そ、その、それは……」


 真っ直ぐに目を見て指摘する女性に、少年がしどろもどろになり……妖精の事を正直に話す。


「お母さんが体調を崩したのが悪かったんだけど、妖精さんに悪い事をするのはダメよ。妖精さんは、良い事をすれば良い事が返って来て、悪い事をすると悪い事が返ってくると言われているの」

「え? じゃあ、もしもあのまま僕が妖精を売っていたら……」

「もしかしたらだけど、もうお母さんに会えなくなっていたかもしれないわね」

「い、嫌だっ! そんなの絶対に嫌だっ!」

「……まぁあくまで、かもしれないという話だけど、ダメだと言われている事はしないようにね」


 女性の言葉に、少年が何度も頷き……もう大丈夫かな。

 ただ、妖精を捕らえる事が禁止されている理由が、悪い事が返ってくるからだったのか。

 もっとこの世界の知識を身につけないとな。


「では、我々はこの辺で失礼しますね」

「あの、本当にありがとうございました。この御恩は、絶対に忘れません! あ、そうだ! せめてこれを。うちはお花を育てて売っているのですが、今一番綺麗な花です。どうか、おもちください」


 そろそろ俺たちも家に帰ろうと思って皆で玄関に向かうと、女性から小さな鉢植えを受け取る。

 これはこれでソフィアが嬉しそうだし、良かったかもな。

 そんな事を考えていると、少年の妹……女の子が何か言いたそうなので、しゃがんで目線を合わせる。


「あ、あのねー、ちゆしのせんせー!」

「ん? どうしたのかな?」

「あの……ありがとっ! ……えへへ」

「あ、あはは。ありがとう。お母さんとはお兄ちゃんを大事にしてね」

「うんっ! ばいばーい!」


 まさか、ウルより少し大きい、小学生くらいの女の子からキスされるとは思っておらず、少しも避けられなかった。

 いや、避けると失礼か。難しいな。


「お兄ちゃん。キスされた……」

「トーマさん。女の子からキスされてましたね」

「パパー! ウルもするー!」


 帰り道で、何故かソフィアとアメリアからジト目を向けられ、ウルが先程の女の子の真似をしようとする。

 ウルはいろいろ真似をしたいだけだとして、俺からした訳ではないので、ジト目を向けられるのは違う気がするのだが。

 どういう行動が正解だったのか分からないまま、茜色に染まる丘を歩き、先程の泉の近くへ差し掛かると、


「あ、戻って来たー! お兄さん、お姉さん。さっきはありがとー!」


 透き通るような綺麗な声が聞こえて来る。

 声のした方へ顔を向けると、先程助けた小さな妖精が居た。


「こちらこそ、俺たちと同じ人間が、すまない。ただ、まだ善悪がよくわかって居ない子供なので、どうか許して欲しい」

「大丈夫、大丈夫。ちゃんと自由になったし、お兄さんの凄い治癒魔法で、元からあった古傷まで治ったし。見てよー! 昔、人間族の罠に引っかかっちゃった事があって、ここに大きな傷があったんだけど、綺麗になっているでしょ? お兄さんのおかげだよー!」


 そう言って、妖精がワンピースのスカートをまくり上げ、太腿を見せてくる。

 あまり見るのは良くなさそうだけど、見てと言われ……とりあえず固まっていると、


「そうそう。それでね、お兄さんにお礼とお願いがあるんだけど、良いかな?」


 そう言って、妖精が上目遣いで見上げてくる。

 先程の女性の話を聞いて居なければ、普通に対応したのだが、あまり断らない方が良い……よな?

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