第11話 新たな女神

「あー、青果店は果物がメインなのと、野菜は街で売っているようなのを扱ってくれているので、運んで来る分、鮮度が落ちちゃうんですよね」


 アメリアに食材の事を聞いたら、悲しい答えが返ってきてしまった。

 ちょっとしたお祝い事などがあった際に、あの店で果物を買ったり、この村からしたら珍しい野菜を買ったりするのだとか。


「じゃあ、アメリアは普段どこで食材を買うんだ?」

「買わないんです。というのも、西側に畑があるから、そこの野菜を使うんですよ」


 アメリアによると、村の北側は街へ繋がる街道で、西側は畑。南側が森で東側が牧草地帯なのだとか。

 で、村の人たちは西側に自分の畑があると。


「宜しければ、今日の夕食用に採ってきた野菜があるので、食べられますか?」

「え? いいの?」

「もちろん! というか、その……今日も夕食にご招待するつもりだったので。い、いえ、決して何かを期待しているとかではなくて、お礼……お礼ですよ?」


 どうやらアメリアは、俺がまだ調理器具などが揃っていないだろうからと、夕食を作ってくれるつもりだったらしい。

 うん、アメリアは普通に良い人だな。


「じゃあ、せっかくだから甘えさせてもらって……アメリア。俺に料理を教えてくれないか?」

「あ、あの、トーマさんは恩人ですし、私がお食事を作りますよ? その……ま、毎日でも……な、何でもないですっ!」


 途中、アメリアの言葉が聞き取れなかったものの、料理を教えてくれるらしい。

 よし、異世界の料理をしっかり学ばせてもらおう。


「包丁は……お持ちなんですね」

「あ! いや、さっき鍛冶屋で買って、そのまま腰に差しっぱなしだったんだ。決して変な意味はないから」


 料理をするという事になり、自分の菜切包丁を出したらアメリアに驚かれたので、慌てて弁解する。

 だが日本で包丁を持ち歩いて居たら、即通報されるだろうけど、よく考えたらここは異世界。

 包丁どころか、剣や斧を持ち歩いている人が普通に居る訳で。

 実際、アメリアも全く気にしている様子はなかった。


「では、トーマさん。最初は野菜の皮向きからやってみましょう。このダーコンなんてどうでしょう?」


 そう言って、アメリアが取り出したのは大根そっくりの野菜だ。

 というか、そのまま大根な気もするのだが、適度な長さに切り、形を整えたら皮をむいて……あー、懐かしいな。

 日本では、新米の頃に大根の桂むきをひたすら練習させられたんだ。

 あの頃は、毎日寝る間も惜しんで菜切包丁を握っていたんだよな。


「……トーマさんっ!? それは一体……ど、どうやったら、そんなダーコンが透ける程薄く、しかもメチャクチャ長くなるんですかっ!?」

「え? あ……しまった。無意識に桂むきしちゃってた」


 懐かしくて昔の事を思い出してしまったからか、スルスルと手が勝手に桂むきをしていて、数メートルの長さにまでなっていた。

 とりあえず千切りにして、刺身のツマに……って、この村だと魚はないか。


「こ、こんな食べ方はどう……かな?」

「トーマさん。その長い紙みたいなダーコンを細く切る時も、包丁が速過ぎて見えなかったんですけど……どうしましょう。ダーコンは生でも食べられなくはないですが、普通は煮て柔らかくしますけど」


 ますます大根だなと思いながら、作ったツマを一口……


「甘っ……凄いな。旨味が凝縮されてる」

「私も良いですか? ……わっ! 美味しい! トーマさん、凄いですっ!」


 そう言いながら、アメリアが再びツマを口に運び、美味しいと顔を輝かせる。

 この村の食材が美味しいからだろうな。

 普通にツマを作っただけなのに、こんなにも美味しいなんて。


「あ、もしかしてトーマさんが授かったスキルって、お料理のスキルなんですか?」

「いや、そういう訳ではないんだが……」

「す、すみません。何でも無いです。それにしても、ダーコンを短時間でこんな糸みたいにするなんて……うん。美味しい!」


 アメリアが何度目かの美味しいを口にしたところで、突然俺の菜切包丁が光り……コズエと同じ様な大きさの女性が現れた。


「……トーマ。貴方は私だけを使って作った料理で、心から人を感動させました。よって、私の力を授けましょう」

「あ、なぎリーン! やっとトーマのところに来れたねー! 早くお話ししたいって、ずっと言ってたもんねー!」

「ちょ、コズエ!? 第一印象が一番大事なのっ! 私は包丁の女神として、クールでキレッキレなお姉さんキャラでトーマ君に……あっ! ち、違うのです。……こほん。わ、私はナギリ。包丁の神です」


 えーっと、大きさはコズエと同じ二十センチくらいで、見た目が女子高生くらいの黒髪美少女が現れたんだが……どうして、既に泣きそうになっているのか。


「うぅ。お姉さんキャラに……お姉さんキャラで接したかったのに。トーマ君を甘やかしたかったのにー!」

「だ、大丈夫だよ。こう見えて、トーマは甘えん坊だから、なぎリンに甘えまくりだよっ!」

「本当? と、トーマ君。よろしくね?」


 ナギリが俺を見つめてくるその後ろで、コズエが俺の目を見ながら、無言で必死に頷いている。

 とりあえず、普通に接すれば良いんだよな? 甘えるとか、その辺の話は置いておいて。


「あぁ、よろしくな」


 そう言って、ナギリの頭を撫でたのだが、


「……トーマさん? さっきの光は? それに、よろしくって誰と話されているのですか?」


 すぐ傍にアメリアが居たのをすっかり忘れてしまっていた。

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