捌「大天使と己の正体」

》一月二十日 五時十二分 酒泉しゅせん・郊外 空 ――渡瀬わたせ歌子うたこ


 それは、言語を絶する衝撃だった。

 耳をつんざくような破砕音が聴こえたかと思うと、目の前が真っ白になり、気づけば歌子は空にいた。

 皇帝の姿は見えない。

 空慣れしている歌子はすぐさま下を見る。

 果たして遠く眼下に広がるのは無数の白い顔・顔・顔。少し遅れてから、大天使の背中なのだと気づく。

 辺りは砂埃や宙を舞う瓦礫がれきで溢れ返っており、一体全体どういう理由でそうなったのかは分からないが、大天使が空から降ってきたのか、はたまた自分たちが先ほどまでいた牢屋に突進してきたのだろう、と考える。


(ウチ……助かるやろか)


 せっかく拾った命ではあるが、拡声器スピヰカーも無しに飛翔は出来ず、一瞬だけ上昇気流を巻き起こすくらいは出来るであろうが、果たしてそれで、無事着地出来るかどうか。


(兎に角、やるしか……)


 落下地点が砂埃で見えないのが怖い。






「ィィィイイイイイイイィィイイイイィイイイイイィィィイイイイイイッ!!」






 その時、人間の喉ではけして発声し得ない、機械音めいていながらも耳心地の善い歌声が聴こえてきた。

 途端、眼下の砂埃が晴れる。


(やった! 後はタヰミングを合わせて――)


 大きく息を吸い込み、


(……あれ?)


 気づいた。いつの間にか、己の落下速度がひどくゆっくりとしたものに変わっていることに。

 大天使が蠢いている。

 歌子の落下地点に進んでいる。


(ちょっ――このままじゃ轢かれるッ!!)


 その心配は、杞憂であった。

 大天使の先端が、歌子の真下に来る。

 大天使の進行が止まっている。

 大天使の体を持ち上げている無数の手の内、二つが恭しく掲げられ、歌子はふわりとその上に乗った。

 まるで忠臣が主を出迎えるが如く、腕は歌子をゆっくりと降ろしていく。


「……嗚呼」


 今や万感の思いを以て、歌子は全てを悟る。

 大天使――いや、植民星探索艦Ѧ ҈ѮクゥスѨヰェԪデジェҖゥズの先端に設けられている顔面の、その額に触れて、云った。






「――※※※※ただいまѦ ҈Ѯクゥス






 目を閉じれば、小さな歌子が泣いている。


「死んでもぅた……ウチ、死んでもぅた」


(――嗚呼、そうやな)


 歌子は同意する。

 この少女が、この少女こそが本物の歌子だ。

 が出会った当時の、病に蝕まれていた歌子。


(ご免な、歌子……ウチ、アンタの心も体も全部、喰い尽くしてしもぅた)




              第参楽章「声を重ねて」――――Fin.

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