第肆楽章「歌を統べる者」

壱「不時着」

》一九一五年二月十九日 四時十三分 グレヱトブリテン島 ――ѨヰェェЛリィィѮスゥゥ


『植民星探索艦Ѧ ҈ѮクゥスѨヰェԪデジェҖゥズ』は、戦闘能力を持たない、の為の調査船だった。

 長い永い悠久の航海。やがて燃料が尽き、無重力の海を漂うようになり、小惑星と衝突した。

 大多数の艦が辿る、定番の末路である。


 しかし、ここからが少し違った。


 Ѧ ҈ѮクゥスѨヰェԪデジェҖゥズはたまたま近くを通りがかっていた地球の重力に掴まり、地球に墜落したのだ。



   ♪   ♪   ♪



 ……目覚めると、ѨヰェェЛリィィѮスゥゥは阿鼻叫喚の地獄の只中ただなかにいた。


 彼女たちの『部屋』も、有事に際して透明になったガラス壁越しに見える他の部屋たちもみな平等に、物という物が引っくり返っていた。

 ѨヰェェЛリィィѮスゥゥが眠っていた冷凍睡眠コールドスリヰプ区画の壁の一面がごっそりとなくなっている。

 ある者は構造物に睡眠筒スリヰプカプセルごと敷き潰されて血と肉の塊となっており、またある者は、たまたま出歩いていたのだろうか……壁に激突して染みのようにになっていた。


 生きている者も無事ではなかった。

 音子ナノマシヰン濃度が低すぎる為に、生存者だったモノがどんどん蒸発していくのだ。

 ѨヰェェЛリィィѮスゥゥとその家族の『部屋』は奥まったところにあり、ѨヰェェЛリィィѮスゥゥも父も母も、幸いにして怪我一つ負ってはいなかった。

 が、それでも蒸発してゆく彼らと同じ末路を辿るのは時間の問題だった。

 何しろこの区画は外気に触れていて、物凄い速度で以て音子ナノマシヰンが失われつつあるのだ。

 音子ナノマシヰン濃度が下がり続ければ、自分たちも蒸発してしまう。


 その時、意を決した男性が自分の『部屋』から飛び出して、隔壁を降ろす為のスヰッチを押して呉れた。

 果たして隔壁は下り、ѨヰェェЛリィィѮスゥゥを始めとする多数の寿命が延びたが、男性は溶けて無くなった。

 じりじりと音子ナノマシヰン濃度が下がっていく中、もう一人、決死の男性が飛び出してきて、部屋に音子ナノマシヰンを充填する為のスイッチを押して呉れた。

 男性はそこで力尽き、虫の息のまま、震えるばかりのѨヰェェЛリィィѮスゥゥと一時間ばかり見詰め合った。

 隔壁に守られたこの区画は音子ナノマシヰン濃度が戻ったが、男性は既に脳死していた。


 こうして、二人の男性の犠牲によって九死に一生を得たѨヰェェЛリィィѮスゥゥとその両親であったが、数ヵ月も経つと区画内の音子ナノマシヰン濃度が下がり始め、一人、また一人と塵になって消えていった。

 ѨヰェェЛリィィѮスゥゥは父から、最も音子ナノマシヰン濃度が高い睡眠筒スリヰプカプセルの中に閉じこもっているように云われていたので、死なずに済んだ。






 気が狂いそうな日々だった。

 ひたすら冷凍睡眠コールドスリヰプし、数日ごとに目覚め、自身の音子ナノマシヰン濃度――寿命――を確かめるだけの日々。






 ある日、目覚め、いよいよ自分の命もこれまでかと思って自身の音子ナノマシヰン濃度を確認すると、驚くほどに回復していた。

 左右の睡眠筒スリヰプカプセルを見やれば、果たして両親の姿は無く、代わりに自身のカプセルの下に、両親の衣類があった。



   ♪   ♪   ♪



 ……どのくらいの月日が経ったであろうか。

 父と母が呉れた命も、最早もはや尽きようとしていた。

 カプセルの外を見やれば、果たしてそこに、見慣れぬ姿かたちの生命体が立っていた。

 謎の生命体は、また別の生命体――子供?――を抱きかかえている。

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