弐「その名はフレドリク(伍)」
場末の屋台で二人、
器用なものであった。フレドリクは華麗な箸捌きで
「お箸、慣れてらっしゃるんですか?」
『
そうであった。新星
それにしても、この男――少年?――フレドリクは、頑なに素顔を見せようとしない。
正直、気にはなった。
が、『流浪の旅』という言葉や、
「あの、最初に
『コレだ』
フレドリクがローブの中から拳大の物を取り出し、カウンターにごとりと置く。
手榴弾、のように見える。
「ば、爆弾ッ!?」
思わず叫んでしまい、屋台のおっちゃんをぎょっとさせる。
『違う違う。音響爆弾だ』
「やっぱり爆弾!?」
『音、響、爆弾だ。音しか出ない。特殊な周波数の爆音で、
「へ、へぇ~……あ、じゃあ、――ごにょごにょ――から逃げた時のは?」
流石に、屋台の店主がいる場で『警邏から逃げた』とは云えなかった。
『
「ふらっしゅばん?」
『スタングレネードだ』
「ぐ、ぐれねーど! やっぱり爆弾!!」
『強烈な光を発生させ、相手を怯ませるんだ。殺傷能力はない』
「そんな便利なものが……」
『
「それは流石に嘘ですよね!?」
『…………』
フレドリクは何も言わないが、ローブの下ではきっと笑っている。
「それにしても、あの剣捌き、凄かったです! フレドリクさんは
『違う』
フレドリクの返事は端的だ。発生する都度タヰピングが必要になるので、当然かも知れないが。
「そうですか。それにしても
『……正義の味方? 君は戦場を知らないんだな』
「戦場? 戦争で戦うのは
『……そりゃア、
「……………………え?」
『戦闘
『殺すのは敵
歌子は箸を置いた。まだ七杯目だと云うのに、これ以上入りそうになかった。
『もう帰れ』
フレドリクが箸を置く。
たったの一杯で足りるのか、と歌子は仰天する。
『こんな時間に年ごろの女が出歩くもんじゃない』
「うーん……」千歳の顔が思い浮かぶ。「ちょっと、帰り
『家出か?』
「そんなところです」
『ふむ』
「あの……聞いてもらえませんか?」
『初対面の相手に?』
「初対面だからこそ話せることもあるかなって」
『それで君が帰る気になるんだったら、聞こう』
「ありがとうございます」
♪ ♪ ♪
個人名や撒菱重工のことは伏せたが、概ね話した。
『つまり今の君は、二人の女の間で揺れているわけだ』
「えーと、そうなりますか?」
『違うのか? 君の飼い主を選ぶか、転校生を選ぶかと云う話だろう』
「か、飼い主て……」
なるほど確かに、千歳は自分の飼い主で間違いないであろう。でも、だからこそ、自分が神と崇める千歳が、卑怯な手を使おうとするのが許せなかった。
『優先順位の問題だ』
「優先順位?」
『君の喉は一つしかないし、君の人生は一度切りしかない。資源も、時間も、有限だ。だから、判断に迷った時は私情を捨て、徹底的に合理的に考え、物事を冷徹に優先順位づけし、より順位の高いものを選ぶようにするんだ』
「そ、そんな……」
『俺はそうやって生き延びてきた。戦災孤児の身の上で、
「――――……」
『この国は平和で善いね。
♪ ♪ ♪
屋台から出て、二人向き合って。
「今日は本当に、ありがとうございました」
歌子は改めて頭を下げた。
「あの、またお会いすることって出来ませんか?」
『日本の女性ってのは、もっと貞淑なものだと思ってたけど』
「そ、そんなんじゃアありません! その、
何年後の未来かは分からないが、自分も戦闘
歌唱女学院は基本的には産業
『成程。毎日好きな物を喰わせて呉れるのなら、考えてもいいよ』
「うっ……」
歌子はお小遣いの残額を思い出す。
毎日の買い喰いを我慢すれば、行けるはず。
「分かりました!」
♪ ♪ ♪
一路、撒菱邸へと走る。
優先順位。
祖父の命。
自分の衣食住。
歌唱女学院の膨大な学費。
……優先順位など、改めてつけるまでもなかった。
祖父と自分を救って呉れて、自分に全てを呉れる千歳。
一方、フレデリカが自分に何を呉れると云うのだろう?
心躍る
――それは、祖父の命に、自分の人生に勝るほど、価値のあるものなのか?
結論など、最初から出ていた。
「千歳ッ……千歳ッ……嗚呼、千歳ッ!」
撒菱邸に転がり込み、女中さんが目を丸くするのも構わず、千歳の自室へ飛び込む。
「あら、歌子」
果たして千歳は、そこにいた。
ノックもしなかったのに、怒っている様子はない。
「覚悟は決まったようね。――その顔、好きよ」
果たして自分は今、どのような顔をしているのであろうか。
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