参「デヱト大作戦(壱)」

♪大喰らいのヰノシシ女・歌子……歌唱力SSS、技師力A、戦闘力E

♪天才ヱンジニア・千歳……歌唱力D、技師力SSS、戦闘力E

♪嵐を呼ぶ転校生・フレデリカ……歌唱力S、技師力A、戦闘力不明

♪謎の少年・フレドリク……歌唱力N/A、技師力不明、戦闘力B、生存力S



※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



》六月三日 九時三十分 大阪・撒菱まきびし邸 ――渡瀬わたせ歌子うたこ


 フレデリカを有馬温泉デヱトに誘った。

 フレデリカは大喜びで、まんまと誘い出されてきた。


「やっぱりこっちの方がいいんじゃないかしら? 嗚呼、こっちも捨てがたい!」


 そうして、今。


「なぁ千歳、もうすぐフレデリカが来る時間なんやけど……」


 歌子は、千歳の着せ替え人形になっている。


「だって歌子! 貴女って本当、顔もスタヰルも善いんですもの! きたるべき、渡瀬式拡声器スピヰカーお披露目の時の予行演習みたいなものよ」


 少女っぽいフリル多めのドレスから男装衣装まで、撒菱邸には無数の衣服があったが、最終的にはモダンなブラウスとスカートツーピヰスで落ち着いた。


 ――ピヰンポーンッ!


「わわわっ、来た来た来た!」


「行ってらっしゃい」


 無論、千歳は同行しない。

 有馬まではオートジャヰロでひとッ飛びで、運転は毎日二人の送り迎えをしてれている運転手さんが務める。



   ♪   ♪   ♪



「今日は誘って呉れて有難う、歌子」


 屋敷の外には、完成された『美』が立っていた。

 重厚なダブルのスーツに、情熱的な赤いネクタイ。

 軍服を思わせる金糸の飾緒かざりおを右肩に着けていて、衣装っぽさを演出している。

 蒼く長い髪はアップにしていて、男役感を高めている。

 宝塚ヅカ好きのクラスメヰトが見たら、卒倒していたことだろう。


「~~~~ッ!!」


 図らずも顔を赤くしてしまう歌子。


「今日は一段と可愛いね」


 映画キネマの中から出て来たような美男子姿にそんなことを云われ、卒倒しそうになった。




   ♪   ♪   ♪




 道中、いろんな話をした。した、と云っても、話題のほとんどはフレデリカが出して呉れたが。

 フレデリカの話はとても面白かった。

 向こうローマじゃ鳩やカラスが吐く息も音子おんしを帯びて、鳥の群れの中には偽物ノヰズが混じっているのだとか、

 音子濃度の高い日は、空高く舞い上がって朝日を見るのが好きだったとか、

 声変わり前の男性が歌姫Divaとして沢山活躍していて、声変わりをしない為にゴ、ゴ、ゴールデンなボールを取り除かれたり……と、嘘か本当か分からない話を沢山聞かせて呉れた。


「嘘かまことか云うたら……羅馬ローマじゃ屋台で手榴弾が売ってるってホンマなん?」


「ああ、売ってるね」


「マジか」


「とは云っても、大天使周辺……治安が行き届いているところじゃそんなのは見ないよ。けど、通過直後で未整備な地域なんかはぐっちゃぐちゃだからねぇ。あの國は、年がら年中戦争してるようなものだから」


「ひえぇ……」



   ♪   ♪   ♪



 有馬に到着し、ホテヱルで一日入り放題券を購入しようとしたところで、困ったことが起こった。

 フレデリカが、大浴場に入るのを頑なに拒否したのである。


「あ、あ、あ、あり得ないッ!! いくら同性だからって、は、は、裸になって一緒にお風呂に入るだなんてッ!!」


 珍しく、本気で取り乱しているらしいフレデリカ。


「ここでまさかの文化の違いぃ? 一緒に入らな温泉デヱトにならんやん。何で来たん?」


「そりゃア、歌子が誘って呉れて嬉しかったからさ」


「~~~~ッ!!」


「けど、全裸は流石に……」


「う~ん……今さらデヱトプラン変えるんもなぁ……」


 運転手さんは夜まで戻って来ない。

 仕方がないので、外に出て散歩することにする。


 フレデリカは背丈が大きい。

 二人して温泉街を歩くと、その衣装も相まって、本当に男と一緒に歩いているかのように歌子は錯覚してくる。

 フレデリカの横顔を見つめていた歌子は、不意に恥ずかしくなって視線を外す。

 外した先にあったのは、


「あっ、アレに入ろ! 足湯! ただやってさ」



   ♪   ♪   ♪



 靴を脱ぎ、靴下を脱いで、二人並んでちゃぷちゃぷとやる。

 ちゃぷちゃぷやりながらも、ここからどうしたものかと歌子は悩む。

 何とかして、フレデリカをこの足湯に叩き込みたいのだ。

 初夏と云えども今日の、そして冷たい。

 フレデリカの高級そうな衣装を台無しにさせるのは気分が悪いが、何が何でも彼女に風邪を引いてもらわねばならない。


「あははっ、まさかこんな日が来るなんて思いもしなかったよ」


 フレデリカが云う。


「どういうこと?」


「だって、歌子と再会出来ただけでも奇跡なのに、こうして一緒に足湯に浸かったりしてさ」


 懐かしそうな顔をするフレデリカ。


「歌子、すっかり大きくなって」


「ええと、十年前やっけ?」


「そう」


「教えてもらえへん?」


「いや……今はまだ、止めておこう」


「な、何で!?」


「歌子、僕と弐重唱デュヱットして以降、喉が安定していないだろう?」


「!? 何でそれを!?」


「見りゃわかるさ。この髪と瞳の色を舐めないで欲しい」


「――――……」


「僕の所為だ。僕との弐重唱デュヱットに君の喉と心が触発されたのさ。そして、僕の存在が君を動揺させている。この変化は、何も悪いことじゃない。君の歌唱がさらなる高みに達する為の通過点さ。けど、急激な変化は体にも善くない。そう云う、心身が不安定な時に新しい話を沢山聞くと、君はきっと、ますます混乱するだろう」


 隣に座るフレデリカが、頬に触れてくる。


「ゆっくり慣らして行こう。君の喉が落ち着いたら、全て話すよ」


 歌子は恥ずかしくなってそっぽを向く。

 これから陥れようとしている相手からの優しさを、どう処理して善いやら分からない。

 足湯から出て、足湯を取り囲む東屋の手すりに寄り掛かる。

 ……悪いことを思いついた。


「よいしょ」


 歌子はやおら手すりの上に立つ。

 流石は山岳地帯の有馬。温泉街でもアップダウンが激しく、手すりの先は崖のようになっている。

 地面ははるか数十メヱトル先。落ちたら只では済まないだろう。


「歌子、危ないよ」


 背後で、ちゃぷりと音がする。

 しめしめ、フレデリカが立ちあがった。

 これで、フレデリカがそばまで来たタヰミングで足を滑らせた振りをし、フレデリカを押し倒して足湯へ突っ込むのだ。

 フレデリカが怪我をしたらどうしよう……でも、大怪我にはなるまい。


「歌子ったら」


(……し、今やッ!)






 ――――――――ビュゥゥウウッ!!






 と、突風が吹いた。

 歌子の体を、手すりの外――崖下へと叩き落とすように。


「え……?」


 歌子の体は、ふわりと空に投げ出された。

 後はただ、奈落の底へと落ちるばかり。

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