弐「その名はフレドリク(肆)」
「い、や、だ……」
狼が突進してくる。
「厭だ、厭ぁ! 死にたくないッ!!」
「オーーーー~~ッ!!」
「ダーーーー~~ッ!!」
雄々しいバスと、それを支えるバリトン。
大きな盾型の
体勢を崩した狼へ、剣型の
狼は首を斬り飛ばされ、蒼い霧となって消えた。
(た、助かった……)
二人の男性は、警邏――警察官である。
対
女性の声――高音の歌唱は、音子を活性化させる。
逆に、男性の声――低音の歌唱は、音子を鎮静化させる。
産業で活躍し、戦場で戦うのが女性の役目なら、
「乙種
警邏の一人が何処かと通信し、
「君、大丈夫かい?」
もう一人の警邏が、歌子に駆け寄って来る。
――先ほど歌子を助けて呉れたローブ姿の男は、いつの間にかいなくなっている。
「歌唱反応を検知したんだが……君、
「――――ッ!!」
歌子は
(
鼻歌だけとは云え、中之島外での無免許歌唱は重罪。
自分が捕まってしまえば、自分の身元を引き受けて呉れている千歳に、多大な迷惑が掛かる。
社長を目指す彼女の、致命的な汚点になり得る。
「すみませんッ! ウチ、急いでてッ!!」
「コラッ、待ちなさいッ!!」
慌てて立ち去ろうとするも、警邏に腕を掴まれた。
「ちゃんと顔を見せなさい」
「厭ァ!!」
その時、
『お困りかな?』
ふと、声が聞こえた。
見れば、路地の暗がりに、先ほどのローブの男が立っていた。
歌子は
『目を閉じろ』
閉じた。
次の瞬間、
♪ ♪ ♪
気がつけば、繁華街を歩いていた。
『
男が云って、手を離した。
「あっ、あの! ありがとうございました! 二度も助けて頂いて――」
『まだ喉が興奮しているな。コレを舐めておけ』
男性がローブの中から飴玉を取り出す。
「あ、ありがとうございます……」
素直にもらって口に放り込む。甘いかと想像したが、味はしなかった。
「これ、何ですか?」
『喉の音子を鎮静化させる薬』
「へぇ、そんなものが……」
『
「
改めて、男の姿を見た。
身長は一八〇サンチほど。
全身をすっぽり覆う黒いローブを着ていて、口元も隠れている。
同色のフードを目深に被っていて、髪の色は分からない。
サングラスをしているから、瞳の色も。
だが、顔立ちは西洋風だと分かった。
年も若そうに見える。
……だが、全体的には如何にも不審者風の男だった。
「あの、お名前は……」
『フリヰドリッヒ。フレドリク、の方が云いやすいかも』
「フレデリカ?」
『俺が女に見えるか?』
見えない。
高身長に、細いながらも鍛えていそうな体つき。
当然ながらバストはない。が、ローブの上からでも胸筋があるのが伺える。
そして、今になってようやく気づいた。
「……喋っているのは、肩のお人形?」
『そうだ。俺は声が出せない』
男がローブの下から
片手用の
『だからコイツに喋らせる』
犬なのか猫なのか、はたまた兎なのかも善く分からない謎のお人形が、男性のボヰスを発する。
「お、
『
「ほ、欲しい……分解したい!!」
『やらん。俺が喋れなくなる』
「でも、どうして声が……? あっ、御免なさい、立ち入ったことを……」
『小天使病だ。向こうじゃ珍しくもない』
フレデリカの話と云い、このフレドリクの話と云い、
「それであのっ、何かお礼をさせて下さい!」
『なら、飯を奢って呉れ。流浪の旅の途中で、金欠なんだ』
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます