弐「その名はフレドリク(弐)」

》同日 二十一時十分 大阪・撒菱まきびし邸の実験室 ――撒菱千歳ちとせ


『例の渡瀬式拡声器スピヰカーの生産ラヰン、稼働はまだなのですかな?』


 陸海軍統合歌唱省の事務次官を名乗るその男は、父を威圧するようにそう云った。

 わざわざ威圧なんてしなくても、気の弱い父は肩書を見ただけで震え上がると云うのに。


『中華民國は遠からず羅馬ローマに喰い尽くされます。悠長にやっている場合ではないのですがな』




拡声器スピヰカーの自国生産など初められては、羅馬ローマが黙っておりませんぞ!? 閣下は大日本帝國を戦火の海に沈めるおつもりかッ!!』


 またあくる日は、外務省の重鎮を名乗る男がヒステリックな様子で父に詰め寄る。


羅馬ローマからのクレヱムが入る前に、ラヰンは潰すべきだッ!!』




莫迦ばか々々ばかしい。直談判に来るのなら、せめて国としての意見を統一してから来るべきよ)


 大方、天皇陛下に直訴する度胸もなくて、腹せに殴りやすい相手――気の弱い、この、何もめられない父に詰め寄っているに違いなかった。


『どうしよう……嗚呼、千歳、私の宝物、私はどうしたらいい!?』


 泣きついてくる父を見下す毎日。


 結論なんて、とっくの昔に出ている。

 あの新星羅馬ローマ帝國が、進路上の国のことごとくを植民地か更地にしてきたあの國が、日本に対してだけ優しく手を差し伸べるなど、そんな話はあり得ない。

 おおやけにはされていないが、羅馬ローマ製の拡声器スピヰカーには、と云う機構プログラムが組み込まれている。

 撒菱重工内、政府内でも極々少数の人間しか知らない事実。他ならぬ自分が、リバースヱンジニアリングの最中に発見した最悪の事実。

 ……当たり前の処置だろう。

 仮想敵国に武器を売ると云うのは、そう云うことだ。


「……だから、私がやるしかないのよ」


 自作の拡声器スピヰカーぜながら、振り絞るように云う。


「フレデリカ? 歌子? ……個人の感情に構う暇なんて、一刻一秒も無いのよ」


 国家の兵器開発・製造を一手に引き受けている、撒菱重工。

 その一人娘にして歌姫Divaの卵にして、自他ともに認める天才音子回路オルゴール技師たる、この自分が。

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