壱「その名はフレデリカ(肆)」
「呆れた! 初対面の相手に
「そう邪険にしないでお
ぷりぷり怒りながら、早歩きで廊下を進む。
そんな歌子の後ろをフレデリカがついて来る。
あれから大変だった。
クラスは大混乱の坩堝と化し、面白がって歌子にフレデリカの
そうしたら、問題の根源たるフレデリカがついて来たのである。
『
歌唱の時はもちろん、毎日の全て、生活の全てを共にする存在である。
ひとたび
一度組んだ
そんなことをすれば、その少女たちは信頼を失う。
ましてや、初対面の相手に面白半分で行うような行為ではないのだ。
「誓うよ。僕は君に、僕の歌と声と喉の全てを捧げる。見ただろう? 僕の並外れた歌唱力を。制御力だけじゃアない。声量だってかなりのものさ」
「そう云う話をしとるんやない! 誠意の話をしとるんや!」
歌子はびしゃりと云う。
(そりゃア、ウチの歌唱力とコイツの制御力があれば、学年トップだって狙えるやろう。けどウチの歌は、声は、喉はもう既に千歳に捧げとる!)
「誠意? この僕に、君に対する誠意の話をするのかい!?」
フレデリカの、声の調子が変わった。ぐいっと腕を引っ張られる。
「痛っ……だってそうやろ!? 初対面の相手に――」
「初対面じゃない!」
びっくりするほどの大声だった。声量に自信があるというのは事実のようだ。
「初対面なんかじゃア、ない。僕にとって君は、本当に、本当に天使のような存在で……覚えていないかな、十年前のこと」
「じゅ、十年前!?」
歌子にはここ五、六年ほどの記憶しかない。
じっちゃんは、歌子の過去については何も話して
だから歌子は自分の家族をじっちゃんしか知らず、歌子はただの歌子で、
「そんな、ウチは十年前のことなんて、覚えてへん……」
「――えっ!?」愕然とした様子のフレデリカ。「そんな……全く?」
「全く」
「じゃあ、君はもしかして、君自身のことも――」
「うぅううぅぅうぅたぁぁぁああぁぁああこぉぉぉぉおおぉおぉおぉおぉおおおおッ!!」
悪鬼の形相をした千歳が駆け込んできた。
「はぁッ、はぁッ、うた、歌子! 聞いたわよ!? 貴女、謎の転校生にデュ、デュ、デュ、
「断った! 断ったよ勿論!!」
「けど、コイツがしつこくて」
「コイツは傷つくなぁ」
幾分か調子を取り戻したらしいフレデリカが笑顔で言う。
「アンタッ! アンタね、噂の泥棒猫は!!」
千歳がフレデリカに詰め寄る。頭一つ分ほども身長差があるので、詰め寄っているようには見えないが。
「歌子は私の物なの! 私が、どれだけの情熱とお金と時間を掛けて、この子をここまで育て上げてきたのか、貴女に分かる!? ぽっと出の泥棒猫なんかに歌子を奪われるわけにはいかないわ!」
「――ぽっと出なんかじゃア、ないさ」
ぞわり、とした。歌子は思わず身震いする。
フレデリカの声に、メゾ・ソプラノに周囲の
「勝負しようじゃないか」
フレデリカが微笑む。
暗い、
「どちらが歌子に相応しいのかを確かめる為に、さ」
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