壱「その名はフレデリカ(参)」

「転校生です」


 朝のホームルームで、開口一番、そう女教師が云った。


「本場羅馬ローマで学んできた方で、歌唱力は折り紙つき。猪突猛進ヰノシシ娘さんにも匹敵する歌唱力と、猪突猛進ヰノシシ娘さんを軽々と凌駕する制御力の持ち主です」


 教師の嫌味に、歌子があっかんべーをする。この程度はじゃれ合いの範疇である。


「入って来ていいですわよ」


 果たして、教師の招きで教室に入ってきた転校生と云うのが――






(髪が――――……あおい!?)






 歌子は仰天する。


 西洋風の顔つきをした、美しい少女だった。

 そして、随分と存在感のある少女だった。

 まず、背丈が大きい。一八〇サンチ近くはあるだろう。

 体つきもがっちりとしていて、歩き方がキビキビしている。

 歌子に稽古をつけてれている各種武術の師範たちを思わせる――そう、武人のような立ち居振る舞いなのだ。

 そして何より――


(蒼い髪と瞳は、高濃度の音子おんしに晒され続けた歌姫Divaの証!)


 濃厚な音子は蒼い輝きを帯びる。

 音度が高い日には街は蒼い霧に包まれるし、先ほど歌子が風を発生させた時も蒼い光が弾けていた。


 転校生は、その長く蒼い髪を棚引かせながら、颯爽と教室の中に入ってきた。

 黒板に、テキパキと己の名を刻む――『Friederike』。


「フリヰデリケだ。フレデリカ、の方が呼びやすいかな?」


 そう云って、転校生は蒼い目でもってウヰンクして見せた。

 聴く者の脳を痺れさせる、極上のメゾソプラノ。驚くほど声に深みがある。


「「「きゃ~~~~ッ!!」」」


 宝塚歌劇団好きの何名かが黄色い声を上げた。

 なるほど確かに、転校生――フレデリカの美しい顔立ち、きりりとした眉毛、涼しげな目元、がっちりとした体格、魅力的な声、ハキハキとした喋り方などは、どれも男役として主役を張れそうな完成度を魅せている。


「嗚呼、女帝の血なんて引いていないから安心して欲しい。フレデリカって云うのは、向こうじゃ有り触れた名前なのさ。両親はいない。オオカミの子――所謂いわゆる戦災孤児だね。これも、向こうじゃ有り触れた話だ」


 スラスラと他人事のように自己紹介をするフレデリカ。

 一転して言葉を失う女学生一同。


「見ての通り西洋の――羅馬ローマの血が流れているけれど、自分勝手な戦争を起こして、僕の両親や兄弟たちの命を奪った羅馬ローマのことは嫌いだ。今は国籍の申請中だけれど、日本國民になれた暁には、日本の為に命を懸けて戦うと誓おう」


 さらりと余りにも重い話を口にしたフレデリカだが、その表情は穏やかな笑顔のまま。

 既に気持ちに折り合いが付いているのか、それとも羅馬ローマでは戦争で家族を失うことなど『有り触れた話』なのか。


「この髪が示す通り、歌唱には自信がある。僕と君たちはラヰバル関係にあるわけだけれど、歌唱力を高めたいのなら、気軽に聞いておれ。代わりに、この國のことや君たちのことを教えて呉れると嬉しい」


「きゃ~ッ! 教えます教えますぅ!」


 お調子者の宝塚ヅカ好きが云う。

 それを皮切りにして、クラスは騒然となる。

 好きな食べ物は? 好きな作家は? 好きな歌姫Divaは? 好きな音子回路オルゴールメヱカーは――女生徒たちが口々に質問し、フレデリカがそれに答える。


「ハイハイそこまで!」


 女教師がパンパンッと手を叩く。


「それじゃあフレデリカさん、貴女のお席は――」


「先生、少しだけ待って下さい」


 そう云ったフレデリカがズンズンと歩いてきて、歌子の前に立つ。


「逢いたかったよ――――……歌子」


「………………………………はい?」


 歌子は当惑する。


「初対面やと思うんやけど」


 フレデリカが、まるで姫君の手を取る王子様のようにひざまずき、懐から何かの種を取り出す。

 彼女が小さく口の中で歌唱すると、種が芽吹き、見る見るうちに大きくなって花が咲いた。


「「「……………………」」」


 歌子も、女生徒たちも、女教師さえも、魔法のような歌唱能力を目の当たりにして息をするのも忘れる。


「来週、飛び級を懸けた実技試験があると聞いたのだけれど」


 フレデリカは、その花を歌子に手渡す。


「――僕の『弐重唱デュヱット』になって呉れないかな?」


「……………………え?」


弐重唱デュヱット』。

 つがい

 乙女の伴侶。

 歌を共にする運命共同体。

 初対面であるはずの転校生が口にした言葉の意味が、じわじわと理解を帯びてきて、


「「「えぇぇえええ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ッ!?」」」


 歌子は絶叫した。

 女生徒たちも絶叫した。

 女教師すらもが絶叫した。

 ただ一人、嵐のような転校生・フレデリカだけが、余裕の笑みを浮かべていた。

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