弐「我、夜逃げを決行せり(弐)」
》同日 二十二時三十分 大阪・上空 ――
狭いオートジャヰロの中は
「そっ、それでっ! 怖い顔した人が、春売るか臓器売るか選べや云うてウチの腕
目の前では、先ほど拾ったばかりの少女――渡瀬絃悟郎氏のお孫さん――が鼻水を垂らしながら泣いている。
「ウチ、怖くて! そしたらじっちゃんが庇って
自分と同年代に見えるが、喋り方が随分と幼く、要領を得ない。が、
(経営不振で地上げに夜逃げ。よくある話よね)
我が撒菱重工では、そうやって工房を失った職人を拾うことが往々にしてある。
渡瀬氏が意識不明の重体なのは大きな不安材料だが、このまま渡瀬氏を病院に入れ、それで渡瀬氏が快復して呉れれば、巨大な恩を売ることが出来るだろう。
渡瀬氏を自分専属の技師として雇い入れることすら可能かも知れない。
氏の歓心を買う為に
「ほら、涙をお拭いなさいな」
ハンケチヰフを少女に渡すと、少女がチーンッと鼻をかんだ。
(……げっ)
喋り方は稚拙。行動も粗野。けれど、
(美人さんな子ねぇ)
こんな子が広告塔になって呉れれば、己の
大きな大きな二重
背丈は女性にしてはやや高く、自分より十サンチはあるだろう。
長い黒髪はポニヰテヱルにしている。
バストが大きいのがいい。
今は油に汚れた作業服姿だが、ドレスでも着せれば、きっと映えるに違いない。
(もしこの子に歌唱の適性があったなら、渡瀬氏とセットで雇い入れるのも悪くないわ)
♪ ♪ ♪
府内の赤十字病院に渡瀬氏を入れた。
氏の意識は依然戻らないものの、生命維持に必要なあらゆる手を尽くすよう依頼し、その為のお金は惜しまない旨を病院に伝えたので、きっと大丈夫だろう。
少女――渡瀬歌子は今夜寝泊まりする家もないと云うことだったので、大阪の撒菱邸にお招きした。
どうせ部屋など腐るほどあるし、子供一人の寝食を養う程度、自分の裁量で何とでもなる。
「ほら、お食べなさいな」
そうして今、千歳は歌子に食事を提供している。
「今日、何も食べていないんでしょう?」
「いいの!? ……やなくて、いいんですか!?」
目の前に並ぶ西洋料理の数々に、歌子が目をギラギラと輝かせながら聞いてくる。
「う、ウチ、お金なんて持ってへんけど」
「好きなだけお食べなさい。お代なんて取りゃしないわよ。同い年なんだし、敬語も要らないわ」
「戴きますッ!!」
歌子は食べた。
一人前を数分で平らげ、慌てて作らせたもう一人前、さらにもう一人前もあっという間に歌子の腹の中に消えていき、気が付けば十人前は食べていた。
屋敷の料理長が「明日の朝食分がありません」と泣いていた。
千歳は引きつり笑いをするしかなかった。
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