ネコ探偵

ひぐらし ちまよったか

ネコ探偵・マタナイ

 吾輩わがはいねこである。名前は『マタナイ』。


 ――ご主人が好物こうぶつの『カリカリ』を、おさらにカラカラ入れている時も、待たずに皿へと首を入れる。

 頭の上にカリカリがもるが、気にしない……むしろ至福しふくを感じて恍惚こうこつとなる。


 名前は『マタナイ』……『ネコ探偵たんてい』だ。



 ネコ探偵の吾輩の元へ、ひとつの依頼いらいい込んだ。

 依頼者は五丁目のたまご屋の『たま子』さん。

 最近さいきん、三匹の娘が生まれたばかりの『新人ママ猫』だ。

 ちなみに旦那だんなさんは、同じく五丁目の、くだもの屋に飼われる『かきえもん』さん。


「――うちの『宿六やどろく』ときたら、近頃ちかごろめっきり音沙汰おとさた無しなの! 娘たちに会いにも、来やしない! 浮気うわきでもしてるんじゃないかしら?」

 どうやら旦那さんの『かきえもん』さんの、浮気調査うわきちょうさを依頼するつもりらしい。

 ――旦那さんに対して『宿六』とは……そうとう『おかんむり』のご様子ようす

 もうだいぶ大きくなった三匹の娘ネコを、おなかに並べてプリプリ怒っている。

(そんなにおこったら、おちちの出が悪くなっちゃうよ?)

「かきえもんさんに限って、浮気は無いんじゃぁ……? 真面目まじめなネコだよ?」

「分かったもんじゃないわヨ!? あのネコ『外面そとづら』だけは一猫前いちにんまえなんだから……」

「……そうかなぁ……? やさしい、いネコだと思うケド……」


 ――このままでいても、たま子さんのいかりがおさまりそうも無いので、ひとまず吾輩、かきえもんさんの行動調査こうどうちょうさ開始かいしすることにした。


 五丁目のくだもの屋『ロッキー』の、店先みせさき見張みはれる横路地よころじに身をかくし、店の様子をコッソリとうかがう。

(……ニオイから推理すいりして、店の中にいることは間違いないが……はたして、出かけるかな?)

 そう思っていたところへ、店先にまれた『オレンジ』の横から、当猫とうにんがヒョッコリ顔を出した。

 おもての通りを横切よこぎり、スタスタと細い路地へと入っていく。

 そのかる足取あしどりから、どこか目的地もくてきちが有って、そこへ向かっていることは確実かくじつだ。

(……出て来たか? この先は……七丁目かな?)

 吾輩は、ヤレヤレ気が重い……と、かきえもんさんの尾行びこうを開始した。



 かきえもんさんが入っていったのは、七丁目の肉屋にくや『せきね』、ここが目的地だったらしい。

(はて? ここには確か……)

 『せきね』には『おんな弁慶べんけい』とあだ名される、豪傑ごうけつネコの『みんち』がいるはず。

 肉屋でげる『コロッケ』の香りにつられてあつまる、手癖てくせわるい『ごろつき』どもや『カラス』どもを、店の軒先のきさき陣取じんどって、ひとにらみで追い払う『用心棒ようじんぼう』だ。

 そのうでっぷしは、このあたりを牛耳ぎゅうじっている『ボス』をもしのぐと言われている。

 ――浮気の相手としては……かきえもんさんには『おもい』のでは?

(こりゃぁ……何かワケありだな?)

 店のわきを通りぬけ、にわの方へ向かったかきえもんさんの後をコッソリとつけて行った。


 店の裏手うらてでカドにかくれ、首をのばして庭の様子を、そっとのぞいてみると……。

 ――初夏しょかのあたたかなが当たる縁側えんがわに、大きな『みんち』が巨体をデンと横にして、目を細め、くつろいでいるのがみえる。

 そのこしあたりを、かきえもんさんが丁寧ていねいにモミモミ、もみほぐしている様子もうかがえた。

(ふむ……浮気……ってカンジじゃ無いよなぁ?)

 まるで『整体師せいたいし』と『患者かんじゃ』のような二匹を、しばらく観察していると、

「……ああ、もういいよ、かきえもん、ありがとう……そろそろ店の方へ行っとくれ?」

 みんちが体を起こし、『ハコすわり』に座り直して、かきえもんさんに言う。

「あ、はい。わかりました」

 かきえもんさんはペコリと、みんちに頭を下げて縁側をとびおり、こちらへとやってきた。

(――ヤバ!)

 吾輩は、あわてて物陰ものかげさがして身をかくし、かきえもんさんが通り過ぎるのをジッと見送った。


 ――肉屋の店先まで来たかきえもんさんは、みんちがいつも陣取っている、カウンターのすみつくられた用心棒せき腰掛こしかけた。

「お!? 今日も『子分こぶん』君が店番みせばんか? みんちもえらくなったもんだな? はっは! よろしくたのむよ!!」

 肉屋のご亭主ていしゅが、かきえもんさんの頭をなでて機嫌きげんよくわらう。

「にゃ~!」

 かきえもんさんはこたえるようにひときすると、通りに向かってにらみをかせ始めた。


(……ははぁ~ん……だいたい分かったゾ……)



 まじめにジッと店番を続けるかきえもんさんを、ほほましい気持ちで物陰から応援おうえんしていた吾輩だったが、ふとイヤな空気を感じ取った。

(お? あいつら……?)

 通りの向こうがわから、肉屋の様子をうかがっている、目つきの悪い二匹がいる。

 ――カウンターに出ているご亭主が、奥へ引っ込むのを待っているのだろう。

 吾輩のいる場所からは丸見えなのだが、かきえもんさんは気が付いていない……なにもない通りをにらみ続けたままだ。

(まったく……くだもの屋の『おっちゃん』はこれだから……しょうがないなぁ……)

 吾輩はコッソリまだ庭でてるだろう、みんちの元へともどった。

(みんち……うごければいいけど……?)



「――みんちねえさん……腰の具合ぐあいはどうです?」

「? マタナイじゃないか……? 探偵ってのはそんなことまで分かっちゃうのかい? やらしいヤツだねぇ」

「いや……さっき、かきえもんさんが姐さんの腰を、もんでやってるのを見かけてね?」

「ああ……アイツ『もう良くなったよ』って言っても聞かなくってね? まいにち腰をもみに来ちゃあ、そのあと店番まで代わってくれてサ……」

「へえ? なんでまた店番まで?」

「あたしがたま子ちゃんに出産祝しゅっさんいわいをとどけるって言ったら、『ただもらうんじゃ気がまない』って言いだしてサ……あたしも、ちょうど腰を痛めちゃったところだったから、『じゃあ何日なんにちか店番たのめるか?』って甘えちゃったのさ」

「へぇ~っ……いいネコだねぇ?」

「おかげでスッカリもとどおりサ……もうそろそろ店に戻ろうか? って思ってたところだよ」

「ああ! そりゃぁ、都合つごうが良かった!!」

「? なんだい?」

「店の前に『ごろつき』が二匹、来てるみたいだよ? かきえもんさんじゃあ……たよりないかもね?」

「! うふふ、そうか? そうだねぇ……チョット肩慣かたならししておくかねぇ……」



「――な!? なんだお前らっ!!」

「そこどきな? 坊っちゃん! やっとオッサンが引っ込んだんだ!」

「へっへっ……お前みたいな『やさおとこ』、相手あいてにならねぇよっ!!」

「ふ、ふざけるなっ! ぼ、ボクは、この店の……よ、用心棒だ!!」

「なら! ためすかい!? 用心棒さん!?」

「いくぜ!? 坊っちゃん!!」

「く、くそぉ……!!」


「――フシャァォオオオッッツ!!」


 みんちの怒りのさけびが商店街しょうてんがいひびきわたった!


「う! うわあ!?」

「ひゃ!? べ、弁慶ッ!?」


 店の脇から通りにおどり出たみんちが、ごろつきたちの前に仁王立におうだち、おに形相ぎょうそうでにらみつけた。


「ひ、ひ……ひ!」

「うっ……! うは……」


「……いいだろう……ためすか!? おいっ!!」


「うわ~!!」

「に、にげろっ!!」


 ごろつきどもは一目散いちもくさんげて行った。


(さすが『おんな弁慶』だ……迫力が違うぜ……)



「――だいじょぶか? かきえもんさん」

 吾輩は今だふるえが止まらないでいるかきえもんさんに近づき、声をかけた。

「は、は、はい……え? マタナイさん……?」

「ああ……たまたま通りかかってね? とんだ災難さいなんだったな」

「すまなかったね? かきえもん……こわい思いさせちまった」

 みんちが寄ってきて、かきえもんさんに頭を下げる。

「あ、いや、ボクの方こそすみませんでした! ぜんぜんやくにたてなくって……」

「……なに言ってる? あんたが毎日うちへ来て、腰をもんでくれたり、店番を代わってくれたから、あたしはスッカリ元通もとどおりになったんじゃないか? 感謝かんしゃしてるよ! ありがとうよ」

「そ……そんな……」

「――おお!? みんち? 子分がもう一匹、増えたのか!? すごいな、おまえ!」

 店の奥からカウンターに戻ってきたご亭主が、吾輩の姿すがたをみつけほがらかにそういった。

 ――吾輩、子分では、ないのだが?

 ご亭主のこえを聞きつけ、カウンターにったみんちが、

「ニャ~ン」

 その巨体にまったく似合わない、かわいらしい声であまえる。

「おう? そうか! 子分がえたお祝いがしいんだな? よし! 特別とくべつだぞ!」

 ご亭主はカウンターの中から大きなソーセージを一本とりだし、みんちにくわえさせた。

 カウンターからりたみんちは、それをそのまま、かきえもんさんにし出す。

「ほら、かきえもん……出産祝いだ……これが欲しかったんだろう? 今日までありがとうよ」

「え? で、でも……」

 かきえもんさんが吾輩をチラリと見た。

「わ、吾輩いらないよ? 何もしてないし、通りがかっただけだし……子分でもないし……」

「あ、ありがとう……うち、『くだもの屋』だから……こういうのたま子に食べさせてあげられなくって……」

「ほら! もってってやりな!?」

「はい! ありがとう! みんちさん!!」

 そういってかきえもんさんはソーセージを咥え、たま子さんのもとへはしって行った。

「たま子ちゃんにヨロシクな!」


 送るみんちの声はかきえもんさんにとどいただろうか? きっと届いただろうな……。


 そう思いながら吾輩とみんちは、ほそい路地へ消えていく、かきえもんさんの後ろ姿をみつめていた。




 ――吾輩は猫である。名前は『マタナイ』。


 ――ご主人がおさらの前にすわった。待たずに皿へと首を入れ……。

 にゅるにゅるにゅる……。

「あ! こら! マタナイっ!!」

「にゃ!!」


 し……しまった……好物の『カリカリ』ではなく、ネコ大好き『ちゅるちゅる』であったか……。


「ああん! もう!! ベトベトじゃない!!」

「にゃ」

「おふろよ! いますぐに!!」

「にゃ!? にゃぁっ!!」


 ――名前は『マタナイ』……せまいひたい前頭葉ぜんとうように、推理力すいりりょくは有るが……危険予知能力きけんよちのうりょくはない……風呂ふろがキライな『ネコ探偵』だ。




 ―――― 了。

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