第198話 破綻と矛盾

ジョニーは何か閃いた顔で

「ふっ……概念の破綻した宇宙外でのエゴイズムでの移動か

 つまりは、テーマの深いところに踏み込むようで

 何も踏み込んでいないこのクソアニメっぽい展開だな。

 おい、タジマ防衛システム」

変な呼び方をされたタジマもどきは真顔でジョニーを見つめる。

ジョニーは不敵な笑みを浮かべながら

「高尚なテーマなどをあげるのはいいが

 そこからさらに飛躍させて受け手にカタルシスを与えるのかが大事なんだ。

 このクソアニメは何の飛躍もできていない。

 恐らく、混沌を現わそうとしているテーマだけは立派だが

 不快感しか大半の視聴者に生んでいないはずだ」

賢そうな言葉を並べるアホに私は思わず

「ジョニー、言葉の意味分かっていってるの?」

ジョニーはニヤリと笑って横を向いた。絶対言ってみたかっただけだ……。

だがタジマもどきはパチパチと軽く拍手をして

「宇宙外では、それが大事だ。

 今の発言は発言者の真意も含めて完全に破綻している。

 何かこの場で注目を浴びたいというジョニーのエゴに過ぎない。

 よくわかっていないが発言をしたいだけというエゴでもある。

 それをし続けていってくれ、そうすればスズナカに到達できるだろう」

私はふと思って

「あなたは何のエゴなの?宇宙外から宇宙まで届くほど自由に活動できてるけど」

タジマもどきはニヤリと笑って

「スズナカの無償の愛から逃れたい、やつが迫ってくるなら徹底的に妨害したい

 というタジマの強烈なエゴから分離したの私だ。

 これほど自分勝手な理由を持つ存在ならばどこへでも移動できる」

ジョニーが嬉しそうに

「分かってきたぞ!!アイ、お前、こいつ並に才能あるかもしれないな!」

「なんで私が……一番ないでしょ……」

どれだけジョニーやスズナカに振り回され続けてきたか……。

私こそ、この宇宙外に適してないと思うけど……。


私たちは宇宙服もなしで、黒船上部の減圧室のハッチに移動して

ナナシがロックを解除して、そのままハッチを横にスライドして開ける。

外には漆黒の闇が広がっていた。空気の流出もない。

ついてきたタジマもどきが、外の闇へと腕を伸ばして

「ここからは、通常の世界ではない。矛盾や混沌だ。

 どんな自分勝手な理屈でも通るし、どんな筋の通った理屈も否定される。

 では、行こうか……ガイドは務める」

そのまま、足元を蹴ってスッと闇の中へと入っていく。

まずジョニーが、そしてナナシとジェーンが闇の中へと迷わずに入っていき

最後に私が宇宙外の闇へと意を決して入り込んだ。



……



いきなり頭から水がかけられて愕然とする。

辺りは四角い板……足元は洋式の便座……外から女子たちの甲高い笑い声。

あ、これ、私が魔法学園でいじめられてた時だ……。

トイレに追い込まれて、外から色々と投げ入れられて……。

と気づくのと同時に、外から

「戦犯の娘ー!」「ネルファゲルトはテルナルドの面汚しー!」

「黒髪黒目のブス!さっさと死ね!」「親の元に行け、才能ないクソ女!」

などと学校をやめてからも何度も悪夢に見たような罵詈雑言が飛んでくる。

さらに雑巾やら、弁当の残りなどが頭の上から容赦なく降ってくる。

トイレの個室内はゴミまみれになっていき

私の心は悲しみで満たされる……あれ、満たされて……ない?

罵詈雑言を聞きながら頭に乗った雑巾を手に取って、それを眺めてみる。

……こんなくだらないいじめより、ジョニーの方が百倍酷いよね……。

なんせ私たちの住む大陸の勢力図全体を変えてしまったからだ。

しかも、この時に私を罵倒していた金持ち女子たちの大半は

二十数年後には祖国の没落と共に貧乏になり、きっと苦労しているのだろう。

もっと言うと、スズナカは数億倍酷い。

たった一人の男を追うために、宇宙に迷惑をかけつつ

最終的には出ていった宇宙外で、勝手に崩壊して

その余波で私たちの星まで消してしまった。

はぁ……だるいわ。さすがにもう、考えたくない。

さっさと、スズナカを捕えて、星を元に戻させてセイやナンヤに引き渡そう。

私は大きくため息を吐いて、トイレの扉を開ける。

煩いいじめっ子たちは全員小突き回して、退かしたらいいや……もういいよ。

くだらない悪夢に拘るのはもういいでしょ……。

思いっきり開けた瞬間に真っ白な光に包まれた。


……


「お嬢様、お茶の用意ができました」

次に気づくと、ミッチャムが実家の魔法練習用のコートの隅に置かれた

パラソルの下の丸テーブル横の椅子に座る

空色のドレス姿の私に、微笑みながら言ってくる。

ここは、なんだっけ、ああ、少し離れた場所では両親が二人一組で

攻撃魔法と、その攻撃魔法にかける強化魔法の練習をしている。

十三歳くらいの私は、ミッチャムと共にその光景を頼もしく見守っていた。

……あれ、ちょっと待ってよ……この数年後に

両親はオギュミノスにやられて死ぬんだけど

よく考えたら、なんで、ミッチャムは私の親を助けてくれなかったの?

あなたの実力から言えば、簡単だったのでは?

私は胡乱な目を隣で控えているミッチャムに向けると、彼は微笑みながら

「旦那様からは、お嬢様を守れと言われていました。

 それに、私が目立つと私の国にも迷惑をかけます」

簡潔に説明してくれる。

ああ、でも、それは、ミッチャムのエゴだよね……。

私を放置して、戦場に駆け付けてもよかったのでは?

ミッチャムは青空からの日差しをまぶしそうに

「どうだったのでしょうね。

 オギュミノス相手では私が居ても歯が立たなかったでしょうし

 私は正しい判断をした思っていますが、間違っていると言われれば

 そうかもしれませんね」

そっかぁ……まあ、スズナカに操られていたという可能性もあるし

それ考えたら、私の大切な両親が死んだのもスズナカのせい?

どうだろう……あの人、器用なようでめちゃくちゃ不器用だからなぁ。

ミッチャムは微笑んで

「お嬢様のしたいようにしたらいいんですよ。ジイは応援しています」

ありがとう。ごめんね、疑ってしまって。

そう思うと、空が白く光って、瞬く間に私はそれに包まれる。



……



どこかの菜園を空から見下ろしている。

振動や駆動音の少ない四人乗りくらいの小型飛行機の後部座席のようだ。

室内は綺麗で、空調も快適に聞いている。

「アイタや、どうじゃ。お父さんの農場じゃぞ?」

前の運転席に座る、赤いキャップをかぶった痩せた老人が言ってくる。

私は窓から下を見下ろして

「しゅごいねーお父さん、おじいちゃんだけどしゅごいねー」

と勝手に言葉が口からついて出た。老人は笑いながらこちらを振り返った。

あ、年老いたジョニーだ……暗黒荒野地帯で倒した人だ。

彼は目を細めると

「ん……?瞳がいつもと違うのお……おお、アイさんではないかね?」

私の口は勝手に動いて

「アイさんってだれー?」

老人は前に向き直って、操縦桿を握りなおすと

「アイタの名前のもとになった偉い女の人じゃよ。違ったかな」

「そうなんだーお父さんあのねー?僕、時々変な女の人の夢を見るよー」

老人は乾いた笑い声を立てて

「それは、スズナカさんの夢じゃろうな。

 きっとわしたちの様子を見に来とるんじゃろ」

そう言うと、思い直したように

「もし、アイさんが聞いているなら、説明しておくが

 この下の菜園はわしの農場で、今はこの飛行機から農薬を散布しとる。

 アイタはわしの息子じゃ。スズナカさんから

 わしのその後の様子はどこかで聞いておるじゃろ?」

私は子供の目を通して、下の菜園を眺める。

あの、なんで私はここに……そう思っていると老人はポツリと

「スズナカさんから、伝言を頼まれておってなあ。

 アイさんがいるかもしれんから一応伝えるぞ。

 "関連づいた全てのものの破綻や矛盾を辿りなさい。

 それにすべてのあなたの色を付けながら"だそうじゃ。以上じゃよ」

意味わかんないよ!わかんないけど

おじいさんのジョニーも幸せそうで良かったなぁ……。

色々と迷惑かけられたけどね……また真っ白な光に包まれた。


……


「よくありませんねー……」

顔を顰めたナンヤが近づいてきた。そして私をどこかから抜き取ると

「この宇宙のものじゃないよね……どうしよっか……」

と言いながら、左手を翳そうとしたので、消されると直感した私は

ちょ、ちょっと待って、待ってええええ!!

心の中で叫ぶと、ナンヤは気づいた顔で

「あれ……?アイちゃん?レコードに宿ってどうしたの?ミイ先生見つかった?」

首をかしげながら尋ねてくる。

ああ、私、今度はレコードだったのね……。

ナンヤは私を抱えながら、不思議そうな顔をする。

とりあえず説明しようと、えっと、色々とあったんですけど

そのなんか、記憶の中とか、宇宙とか勝手に巡ってるみたいで……。

ナンヤは難しそうな顔をして考え込むと

「わかんないけど、大変そうだねー。頑張ってね。応援してるよー」

と言いながら、私に再び左手を翳して消そうとする。

ちょ、ちょっと待って!

「まだ何か、あるのー?たぶん、これを消せばアイちゃんも

 次の場所に行けるんじゃないかな?」

なんで私がここに呼ばれたのか、まだわからないの。

ナンヤは難しそうな顔で自分のサラサラの金髪をいじりながら

「うむー……私、に会いに来たのは確かじゃないかなー」

矛盾とか破綻とか、色付けとか言われたんですけど……。

ナンヤは真剣に黙り込んで考えて

「私は矛盾した存在っていうのは誰かが言ってたかもね。

 すっごく色んな事やれるからね。色んな事わかるし。

 頭はそんなによくないけど……」

たしかに……ナンヤちゃんは、凄い能力だった。

あの……えっと、あなたのお父さんの話で……。

「え、よく聞こえないよ?」

あれ、駄目なのかな。あ、そうだ。お父さんのこと好き?

「うんっ!すごく好き!優しいし、強くてかっこいいからね!」

そっか……なんとか、あなたとまた会えたらいいね。

「そうだね!きっと会えるよ!」

ナンヤはニカッと笑った。そして辺りの景色は消え失せる。

真っ白な光に包まれたが、私の意識は消えない。

あれ、なんだこれ……場所が変わらないな。

というか、なんで、色んなところに飛ばされてるんだろう。

これが宇宙外を移動しているってことなのかな……。

でも、明らかに宇宙に戻ったりしてるし……ん……?

本当に、戻ってるの?全て私の心の中の光景だったとしたら?

そもそも、なんで、ナンヤが?彼女に矛盾なんて……ああ、そうか

あまりに無敵かつ純粋で汚れがないからなのかな……。

それ自体がありえない存在だからとか?

そう思った瞬間に、私の意識は途切れる。


……


次の瞬間には、実家の自室で一人、テレビに向かって背中を丸めて

電子ゲームをしているパジャマ姿のジョニーの後ろに立っていた。

コントローラーをもって、無気力な様子だ。

「ジョニー……」

ジョニーはビクッとしながら振り返り

「アイか……どうでもいい、もうどうでもいいんだ……」

「珍しく、心折れてるみたいだけど……」

横に座って話しかけると、ジョニーはつらそうな顔で

「宇宙外に出たのはいいけど……色んなことを見せられて……それで

 色々と嫌になった……俺の人生って、不幸だったんだなって」

「……具体的にどうぞ」

ジョニーはしばらくゲームをしながら考えると

「野球がうまくいかなくて、異世界では嫁が死んで

 クソ脚本にさんざん振り回されて……そんなのを延々と見続けた。

 どうせあれだろ、能力が足りなくて、宇宙外をきちんと認知できないから

 こんな変な形でしか、俺たちの知覚が働かないとかだろ……」

どうやら私と同じようなことがあったらしい。

「……そうですか」

ジョニーは涙目で私を見てきて

「ちょっとは同情してくれ……」

「あんた、やりたい放題してきたんだからもういいでしょ……。

 あんたの不幸より、あんたに不幸にされた人間のが多い気がしますけど!」

「そんなことはない……俺が幸せにした人も多いはずだ……」

確かにそうかもとはおもってしまう。

ジョニーはまたコントローラーを握ってゲームをやり始めた。

しばらくそれを眺めた後に、私はジョニーの部屋の窓や扉を開けようと試みる。

開かない。閉じ込められているのか……いや、きっと望んだら開くよね。

「はぁ……」

結局私は、ジョニーを真の意味では見捨てられないらしい。

黙って後ろに座り込んで、どうしてやろうかと考え込んだあとに

ジョニーのアホの脇に両腕を回して、抱きしめる。

「ジョニー、行きましょう。スズナカを見つけないと

 あんたが好き勝手やれる星も永遠に消えたままだよ」

ジョニーはコントローラーを手から離すと

テレビの側を向いたまま

「キスしてくれ」

と言ってくる。私はあきれ果てて

「あんたのアニメ理論だったら、ここで主人公とヒロインが結ばれて

 そしてラスボスに愛のパワーで立ち向かうとかいうんだろうけど

 悪いけど私はあんたのこと男として見られないし

 あんたは、別に私のことを好きでもないでしょ?

 寂しいから手近な女に逃げるとかそういうのはやめて

 ……アホ!しゃっきりして、とっとと立ち上がらんかい!」

私は立ち上がって、今まで恨みを込め、思いっきりアホの背中を蹴りつけた

アホは蹴られた勢いでテレビとゲーム機に突っ込んで

そのまま動かなくなった。


動かないジョニーを私はベッドに腰掛けて観察することにする。

まさか死んではいないだろう。

たぶん、弱ってるやつの身体に追撃を加えたから

ショックで動けなくなっただけだ。

確かに暴力はいけない、絶対に暴力はいけないが

でも、存在そのものが暴力みたいなジョニーに

苛まれてきたのは事実ですし!そりゃ腹パン喰らわせたり

二回くらいは消滅させて復元させたり

私もジョニーに暴力を振るってきましたが!

でも天帝国作ったり、世界情勢を引っ掻き回したり

隙あらば女の子にセクハラしたり、余計なこと言いまくったり

それはもう因果応報と言いますか!

考えれば考えるほど色々思い出してイライラしていると

「話は聞かせてもらった。暴力は全て解決する」

いきなりジョニーの部屋の扉を開けて、小柄なメイド服を着た女子が入ってきた。


「あの、誰ですか?」

「マイカだ。お前らの話をきいていた」

小柄な女子、ふと眉が印象的な顔をこちらへと向けてくる。

髪形は真ん中分けの肩まである茶髪だ。

「……えっと、助けてもらえますか?アホが起きなくて」

マイカと名乗った女子はニヤリと笑って

「助けない。それよりこの男をもっとしばきあげろ。

 暴力はいいぞ。殴り合えばだれとでも友達になれる。

 ただし、やりあったあとにお互い無事だったならば、の話だが。

 九割敗者と勝者ができて、従属関係になる」

「……もう暴力はいいです」

冗談じゃない。これ以上アホを殴って何になるのか

むしろ、さっきの蹴りだって反省しているんですけど!

マイカはニヤーッと漆黒の笑みを浮かべると、ジョニーの横たわった体を

片手でスッと持ち上げて、ベッドの上に寝かせた。

「じゃあ、こいつを犯せ。お前はそれを望んでいる」

「……望んでないです」

マイカはつまらなそうに

「浸食しないのか。この男はあと少しでお前のものだぞ?

 私はそれを見に来たにすぎないのだが」

寝ているジョニーがいきなり口だけを開き

「対立している光と闇が一緒になることで最強に思える。

 つまり、お前と私が混ざれば、完璧になるのだ」

と低い声で言うと、また動かなくなった。それは無視しつつ

「……暴力じゃなくて、犯すわけじゃなくて

 侵食する方法はあるんですか?」

一応尋ねてみると、マイカは半笑いで頷いて

「共感させろ。感情を重ねさせることができれば

 お前はこいつと完全に繋がれる。

 何か、キーワードを言えば、こいつは目を覚ますはずだ」

なんでジョニーを侵食しないといけないかはわからないが

ここは破綻と矛盾の宇宙外なので、そういうものなのかなぁと

私は何も考えずに、マイカに従って

どうすればジョニーと共感できるか考えた。そして五秒で無理だと理解した。

このアホに共感できるところなどひとつもない。

そしてどうすればいいか私は分かってしまった。

ジョニーはアホだけど直感は優れているのは確かだ。どっちにしろ癪だけど!

めちゃくちゃ嫌だけど!その一番早く終わる方法で行きます!

私はベッドでジョニーの身体の上にまたがって

アホの唇に向けて、自分の唇を重ねた。

その瞬間、真っ白な光に私たち全員は包まれる。

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