第199話 桃色の愛の光
真っ白な空間に私とジョニー、そしてマイカは浮いていた。
マイカは器用に横になると、気持ちよさそうに私たちの周りを平泳ぎしながら
「よいな。これを創るのが難しいのだ、ここでは」
私がマイカへと顔を向けて、疑問を尋ねようとすると
寝ているジョニーの全身がピンク色に発光して
そして口や尻からピンクの液体が漏れ出てきた。
「……ひゃあ、な、なにこれ……」
マイカはジョニーの身体から私を引き離しながら
「愛だ。さきほどのキスで永遠に愛なきところに、一瞬、愛が生まれた。
これぞ究極の矛盾と破綻のひとつだ。
それほどの強き矛盾が発生すると、宇宙外に新たなる宇宙の気泡が誕生する」
「あ、あの……マイカさん?
私というか、私とジョニーが宇宙を創ったということですか?」
マイカはコクコクと何度も頷いて
「ここはこれから広がりながら理屈の世界になる。
お前ら二人は、ここを拠点にスズナカ・ミイを探せ。
まだタカユキ様にやつが近づくのは早い」
タカユキってタジマの名前だ。それにスズナカも知っているとは
「あっ、あなたは、何者なの?」
マイカはニヤリと笑って
「旅のものだ。我々の集団は膨張しているタカユキ様を見守りつつ
宇宙外を探索しつくしている途中だ。
宇宙外に節理をもたらそうとしているミイは邪魔なのだ」
と言って、自らの背後に扉を創り出すと、ガチャリと開けて
「ではでは、ぐっどらっく」
スッと出て行った。
「……」
なんなんだろうここ……いや、こんなところなのか……。
破綻と矛盾だからね。何が起こってもおかしくはない。
たぶん、理由とかないんだろうね……。
むしろ、さっきのマイカは矛盾や破綻を使いこなしているような様子を受けた。
ジョニーはピンクの液体を出し散らかすと
「う、うーん……胃腸がすっきりしている気がする」
などとのたまいながら、爽やかな顔で起きてきた。
そしてピンクの気泡が浮かぶ、真っ白な世界を見回すと
「そうか、アイが普通の空間を創り出したんだな」
とキラキラした瞳で私を見つめてくる。
私は普通にその視線が気持ち悪いので目を横にそらしつつ
「……なんか、マイカさんとかいう人が来て
色々アドバイスしてくれたから、どうにかなったの」
「……よかったな」
ジョニーは身体を伸ばして、フワフワと気持ちよさそうに浮かびだした。
「いや、どうすればいいの、ここから」
ジョニーは両目を閉じて浮かびながら
「アニメ的想像力でも、この先の展開は予想できないな。
たぶん、最終的にスズナカを捕獲するんだろうが
そこに至る筋道が見えない。クソアニメここに極まれり。だな」
そう呟いて、黙り込んだ。
しばらく二人で浮かびながら途方に暮れていると
白い宙に二体の人型が現れて、まるでゴムの壁を突き破るかのように
ギューッとこちらへと押し寄せてきて、宙が破れ
ボロボロのジェーンとナナシが入ってきた。
ジェーンは憔悴しきった顔で
「アイちゃん……良かった。修正者がここに導いてくれて」
ナナシは苦笑いしながら
「エゴイズムを極めていると思い込んでいたが、そうでもないと思い知らされたよ。
因果を徹底的に掘られて、身動きとれぬようにされた」
ジェーンも深く頷いて
「まぁ……過去のことやら、未来やら、別の可能性やら
とにかく容赦なく責められ続けたわ」
ジョニーはプカプカと横に浮かびながら
「俺も同じだ。この四人で無傷なのはアイだけだな」
「いや、私だって、変な光景を沢山……うん、無傷かも……」
傷を負ったとしたら、ジョニーにキスしたことくらいだよ!
別に他の光景で何か心を折られたとかない。
むしろ、ジョニーの背中を蹴り飛ばして、ちょっとストレス解消したかもしれない。
私が腕を組んで一人考え込んでいると
ナナシが軽く息を吐いて
「しかし、ようやくアイさんたちの創り出した宇宙外の我々の拠点にたどり着いた。
ここからは、反転攻勢する番だろう」
「あの、ナナシさん、ここからどうすれば……」
ナナシは微笑みながら頷いて
「そこらに浮いているピンクの気泡は、どちらかの身体から出てきたものかな?」
「ジョニーのですけど、なんでそれを……」
ナナシは涼やかな瞳で
「恐らくは、それらはジョニー君の身体から出てきた矛盾だ。
アイさん、この空間を創り出すために彼と身体接触したのではないかね?」
ジョニーがガバッとこちらを見て
「そ、そうなのか!?まさか、俺と初交尾したのか!?睡眠姦はいかんぞ!
それは犯罪だぞもはや!」
言葉とは裏腹にめちゃくちゃ嬉しそうなジョニーに吐き気を催しながら
私は顔を横にそらして
「……き、キスしただけですし」
キラキラした瞳で何かを言おうとしたジョニーの口をジェーンが手で塞ぎ
ナナシが私に近寄って
「すまなかった。不快だっただろう?」
私は軽く息を吐いて吸って、呼吸を整えてから
「いえ、必要だったようなので。それよりも話の続きを」
できるだけ落ち着いて、ナナシに尋ねる。
彼はそこら中に散らばって浮いているピンクの気泡を見回して
「私の推測に過ぎないが、あれらがアイさんからジョニーさんへの
キスで生まれたものならば、かなり強力な矛盾と破綻の塊なはずだ」
私も気泡を見回してみる。
「あの、ジョニーの口とか、尻の穴から出てきたものですけど……」
ナナシは苦笑しながら頷いて
「あれらを使えば、宇宙外でスズナカへの道を創れるかもしれない」
「使うってどうすれば……」
ジョニーの口から手を離したジェーンが嫌そうな顔で
「例えば、体内に取り込むとかね。食べるとか?」
例え綺麗な気泡でも、ジョニーの排せつ物を体に取り込むとか
想像するだけで吐きそうだ。あ、でもいい方法思いついたかもしれない。
「生産者のジョニーに詰め込みましょう!!」
ナナシとジェーンは同時に頷いてジョニーは慌てた顔で
「ま、待て、俺から生まれたものを俺に戻してどうする!?
そんなの意味がないだろ!……あっ……そうか……」
ナナシが深く頷いて
「その通りだね。もっとも矛盾して破綻した行為こそが
この宇宙外でのルールに適う」
次の瞬間には、私とジェーンがジョニーの身体を羽交い絞めにして
ナナシが素早く近くに浮かぶ気泡を両手で扇ぎながら触らずに集めてくる。
必死に口を閉じるジョニーのわき腹や腋をジェーンがくすぐりだしたので
私も反対側をくすぐると
笑いをこらえられなくなったジョニーが
「やっ、やめてくれ!あひゃひゃひゃ……んぐぐぐ……」
口を開けた瞬間に、ナナシが一気にピンクの気泡を
ジョニーの口の中へと押し込んだ。
次の瞬間、ジョニーの目、鼻の穴、口、そしてヘソの穴、さらにパンツの中の
尻の穴などから順次ピンクの激しい光が噴き出してきて
そして全身の毛穴から光があふれだすと、スッと消えた。
私とジェーンは羽交い絞めしているジョニーを見つめる。
しばらく沈黙が続くと、ジョニーが両目を開けて
「もう、大丈夫だ。俺は真の俺を知った。
この宇宙外を今の俺ならば、完璧に泳ぎきれるだろう」
と今まで聞いたことのないような、落ち着いた理知的な声色で言った。
「じょ、ジョニー?」
ジョニーは重々しく頷いて
「アイ、今までの失礼の全てを詫びる。
暴言を吐き続け、皆に迷惑をかけも俺は最低の男だった。
これからは皆のために生きる、真の大人になる」
真実と誠実さを感じる、まるで、理想的な王者のような風格で私に詫びてくる。
「……ジョニー……」
だ、誰これ……誰なのこれ、見た目はジョニーだけど
な、なんか、凄く、凄く、かっこいいよ!!
私が見惚れていると、ジェーンが羽交い絞めしていた手足を離して
「あっさり完成したわね。これが完全に矛盾を内包して破綻したジョニーよ」
私はドキドキが止まらずに、ジョニーの腕が離せない。
ジョニーは爽やかに笑って、白い歯を見せてきながら
「アイ、駄目だ。今の俺は本当の俺じゃない。
そんな俺に惚れるとお前があとで後悔するぞ?」
な、なんていう謙虚さ、そして爽やかさ……。
私は胸のキュンキュンが止まらなくなりつつある。
ジェーンが大きくため息を吐いて
「アイちゃん……魅了されてるって……。
そっか、アイちゃんはこういう正統派王者に弱かったのね……。
ネゲルム君もそれっぽかったもんね……」
私はその言葉を聞きながして
「じょ、ジョニー……なんか、初めて好きって思ったかも」
ジョニーは少し悲し気に
「仕方ないな……本当は俺も大好きだ、アイは最高のパートナーだ」
その瞬間、私は胸を撃ち抜かれたように頭が真っ白になった。
こ、これが、これが本物の恋なの!?この相手のことを全て許せるこの感じ……。
こんなの初めてだよ!もう、元が私が世界で一番嫌いなジョニーでもいい!
この新しいジョニーとどこまでもいきたい!
ジェーンが呆れ顔で
「ああ、こりゃ駄目だ……王様、どうします?」
その横でナナシは微笑みながら
「いや、これで良い。絶対に愛し合うことのない二人が真に愛し合った。
これぞ最強の矛盾であり、完璧なる破綻だ。
ジェーン、安心しなさい、我々の役目は今、終わった。
あとは二人が宇宙外を切り裂いて、スズナカを引きずり出すだけだ。
ジョニーさん、できるね?」
私を脇に抱えたジョニーは力強く頷いて
「ああ、今なら、この愛の力に支えられた今ならば
絶対に全てに負けない確信がある。
安心して待っていてくれ、スズナカを探し出して連れてくる」
ジョニーはたくましい片腕で私を抱き寄せたまま
「アイ、行くぞ!!今の俺たちならば、何もかも打ち破れるだろう」
「うんっ!ジョニー大好き!あなたとなら、どこまでも!」
ジョニーはすぐ近くの宙を空いている左腕で鋭く突くと
桃色に輝く渦がそこに出現した。
そして彼はギュッと私を包み込むように抱きしめて、その中へと飛び込んだ。
……
愛するジョニーと旅立ったあの瞬間から、どれだけの時が過ぎたのだろう。
宇宙外の理屈の破綻した世界を駆け抜けていく私たちへ
様々な試練が襲い掛かった。
それは時には、過去の憎みあっている私たちの姿を見せてきたし
時には、異次元を行き来する竜の姿を取ってきた。
さらに存在の根源を揺さぶるような者たちが何度も襲い掛かって
そして意地の悪い質問と容赦のない暴力をも浴びせてきた。
それらを二人の真の愛の力でなんども振り払って、打ち払ってしていると
あるとき、私たちは全てを理解した。
そうか、この世界は何も否定していないし、流れ続けていて
そして瞬くように愛は輝き、命は歌い続ける。
それらは荒涼とした混沌を包み込んでいき、ただ、色を付け続けるんだ。
私……私、ジョニーに出会えてよかったよ!
こんな愛を知れて!こんなに人を好きになることができて!
私はジョニーの身体を溢れる愛と共に強く抱きしめた。
すると、辺りは真っ白な光に包まれる。
……
真夜中の地球の学校のグラウンドに私たちは佇んでいた。
黒雲が晴れ、すぐに月明かりに照らされた校庭の一角で
ひとりでに揺れるブランコが目についた。
ジョニーと私は目で頷きあい、ブランコへとゆっくりと近づいていく。
その子供向けの錆びたブランコはキイッ、キイッと規則的に音を立てながら
まるで誰かが居るかのように揺れ続ける。
私と真の愛の力をもって、数々の死闘を潜り抜けたジョニーが
優し気な大人の表情で
「スズナカ、そこに居るんだろう?」
と話しかける。私も有り余る愛を分け与えるように
「ミイさん、帰りましょう」
次の瞬間には、ブランコの上に現れたツインテールの小学校低学年くらいの少女が
「……違うの。私を迎えに来るのは、あなたたちじゃないの」
寂し気にうつ向いて、ブランコを揺らしながら言う。
きっと、スズナカの大事な心象風景のひとつで
実際に迎えに来たのはタジマなのだろうなと、私はすぐに察しがついて
横を向くと、ジョニーも同じ気持ちで頷いた。
「スズナカ、タジマは来ない。一度帰って、みんなで作戦を立てなおそう」
「ミイさん、タジマさんを慕う人たちは他にもいます。
一人で頑張ろうとせずに、みんなで迎えに行きましょう」
スズナカはブランコを止めるとうつ向いて、悲し気に両目から涙を流して
「ずっと、ずっと待ってたの……でも、来てくれなかった」
私とジョニーはしゃがみ込んで、左右からブランコに座るスズナカを抱きしめる。
「あったかい……ねぇ、守ってくれる?」
私とジョニーが同時に頷くと、真っ白な光に包まれた。
……
「よっしゃあああああああああああああああああ!!
罠にかかった二人を使った宇宙外仕様の混沌粒子超反作用爆弾の
大完成じゃあああい!」
いつものスズナカの声が響いて
私とジョニーは目を覚ました。私たちはどこか狭い筒の中で
三人まとまってギリギリ立っている。
「あの、ミイさん……?帰るのでは?」
「スズナカ、こんなことしてはダメだ」
いつの間にかセーラー服姿の十代半ばくらいの姿に戻っているスズナカは
「ふっふっふっふ……さあ、この宇宙外仕様の超次元ミサイルの中で
三人で混ざり合って爆発して、そしてタジマの元へと突き抜けるのよ!!」
「……」
「……」
結局、私たちはスズナカの掌で転がされていたようだ。
だが、真に愛し合っている私とジョニーは今、取るべき行動が分かっている。
私たちは見つめあって、そしてすべての服を意志の力で消し去った。
「ちょ、ちょっと待って!まだ早いって!衝突の衝撃と共に
私たちは肉片となって混ざり合ったのちに
タジマの世界を守る防御システムを突き抜けて……って……
ああっ!こんなところで始めないでよ!」
私とジョニーは抱き合って触りあって、そしてお互いの身体を重ねた。
完全に一つになったとき、愛の至福の喜びと共に
私の体の中の多くの混沌粒子とジョニーの身体の中にスズナカが混ぜていた
多様な混沌粒子がひとつになり
私たちの重なった身体の中で混ざり合い、そして踊りあい
体中が打ち震えるような喜びの中で瞬く間に放出されていき
そして、皮膚も臓器も脳も意志も知覚も、
すぐ近くで真っ青な顔をしているスズナカも何もかも
温かい桃色の愛の光と共に消え失せて行った。
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