第195話 そっちも

ジェーンはまだ図面を描いていて

パジャマ姿の私といつもの格好のジョニーは近くで座って見守る。

ジョニーがニヤニヤしながら

「ふっ……レンシアを喪った傷を早くも俺は乗り越えたぞ。

 さすが主人公だと褒めてくれ」

「……無理しないでいいよ」

私の言葉にジョニーは一瞬泣きそうになり

「お、おい……たかが数時間の付き合いだぞ?

 そこらのモブと変わらん。もう忘れるべきだろ」

「……メイズさんの代わりになれるって思ったんだよね?」

親切のつもりでそう尋ねると、すきなりジョニーの涙腺が決壊して

「まっ、待て……やめろ、それ以上いじらないでくれ……。

 ここは意地を張っている俺の気持ちを汲んで

 黙って見守る場面だろ?おい……涙が止まらないじゃないか……」

ジョニーはマントで顔を隠して涙をぬぐいだした。

「ごめん……でも、無理してるなって……。

 私も、大切な人、何人も亡くしてるから……」

ジョニーは立ち上がって、月へ向けて大泣きし始めた。

ジェーンが煩わしそうに一瞬こちらを見て、ため息を吐いてから

また図面を書き始めた。


五分ほど、立ったまま泣いていたジョニーは

そのまま空へと駆けあがっていった。

しばらく心配して見上げていると、すっきりした顔で帰ってきて

私の隣へと着地すると

「……もう大丈夫だ。たぶんな、レンシアは俺のこと本当に

 好きだったんだんだと思う」

「そんな感じだったね」

「……残念だ。何で、俺の嫁たちは去っていくのか……」

「……わかんないけど、仲間たちもメイラさんも居るし、国も残してる。

 ジョニーは、十分幸せ者なんじゃないの?」

「……」

ジョニーは膝を抱えて考え込んでしまった。

少なくとも泣かれているよりは静かになったので

黙ってジェーンを見つめていると

「よし、できたわ!百枚の分解されたパーツ図面が完成した!」

汗だくの顔でジェーンがこちらを見てニカッと笑う。


ジェーンの図面には立体図と平面図に加えて高さや長さまで正確に描かれていたので

私とジョニーで手分けして、五十ずつの図面を担当して

一つずつ部品を再現していく。ジェーンは寸法の間違いなどがあると

見ただけですぐに分かるようで

「ここの長さ、読み間違えてる。やりなおし」

などと言って、失敗したパーツは私たちに作り直させた。

そんなことを三時間ほど繰り返して、すっかり夜も更けたころに

大量の機関部分のパーツが完成して、今度はジェーンが一人で

それを大釜を中心にくみ上げ始めた。

それぞれのパーツに自動で嚙み合うような装置がついているので

ガチャン、ガチャンと合体していく様は小気味よくて

見ていて今までパーツ作成のストレスが消えていくようだった。

そうこうしているうちに長さ十メートル幅二十メートルほどの

黒船の複雑な動力部分が完成した。

ジェーンは大きく息を吐くと

「あとは、ここから西の湾に停泊している黒船にこれをもっていくだけよ。

 四時間前にジョニーがワープしたから場所は分かってるわよね?」

巨大な装置に触ったジョニーは黙ってジェーンを手招きして手を握ると、私を見て

「付き合わせて悪かった。寝てくれ」

「うん。で、どうやって帰るの?」

精神だけの状態で私は実体にもどらないといけない。

「それは……わからん」

ニヤニヤしながらそう言って、装置とジェーンごとワープして消えた。

「……あんのドアホ……」

取り残された私は歯ぎしりするしかない。


夜の風が私の実体のない体を透過していく。

何やってるんだろ……はぁ……まあいいか、ジョニーの目的は達したし

きっと私の身体は今頃スヤスヤ寝ているはずだ。

私は月の位置を見上げて、大体の今の時間を想定して

それから天帝国の首都の方角へと歩き始める。

パジャマの両腕を上げて大きく息を吐いてみる。

とりあえず、ワープしてみよっか……と思って

たぶん無駄だなと思って移動するための文言を唱えてみるが

やはり何も起こらない。

「はぁ……」

裸足でペタペタと感触のない地表を歩きながら気づく。

あれ、飛べるのでは?むしろ、重さがないのでどこまでも飛ばされるのでは?

そう思った瞬間に、私の実体のない身体はどこまでも空へと浮き上がっていく。

「ひゃあああああああああ……」

悲鳴を上げながら、空高く勝手に上がっていきながら一瞬

あれ……?何で浮き上がってるの?と思うとピタッと宙で止まった。

「と、いうことは……」

宙に浮きあがったまま、少し考えてみる。

つまり、私が思った通りになるのね。

身体がないからいつもより神の力がそのまま反映されるようだ。

さっきワープできなかったのは、最初から諦めていたからかなぁ……、

よし、じゃあ簡単だ。今から一瞬で、私は宮殿の中庭へと移動します。

次の瞬間には、真夜中の中庭へと戻っていた。

よしよし、上手くいったよ!

さあ、次は自分の部屋に戻ります!強く念じると

次の瞬間には、宮殿内の自室のベッドの横に立っていた。

「……ルナーちゃん……あのさぁ」

「なっ……あ、アイが二人だと?」

裸のルナーは私のスヤスヤ寝ている身体のパジャマを脱がして

勝手にペタペタと触っていた。

「寝てる人の身体で遊ぶのはよくないと思うよ?」

「まっ、待て!これには、理由があるんだ!」

ルナーは焦りながらベッドに横たわる私の身体に服を着せて

自分も素早く服を着ると、ベッドの上で正座した。


「き、聞いてくれ……寝ていたら急にこっちのアイが

 私の身体を触りだしてきて……それで、私もそういう気になって」

「ルナーちゃん……あの、ちょっと信じられないかなぁ」

ルナーはさらに焦りながら

「そ、それに、私だって、いつも一人で処理するのは……」

「……」

嘘をついているようには感じられない。

ということは、私の身体が勝手に動いたということ?

ルナーの背後に寝ていた私の身体がいきなりパチッと両目を開けると

「あ、私だ。あははははは」

と言いながら、正座しているルナーの後ろから両腕を絡みつかせて

そして耳を甘噛みしながらこちらを見てくる。

「ちょ、ちょっと待って!待って!勝手に動かないで!」

「無理ぃー。こんなかわいい子がいるんだからぁ、食べたいでしょ?」

ルナーは恐怖と性的興奮が入り混じった表情になり固まっている。

「あ、あの……あなた、誰なの?誰が入ってるの?」

私の身体はチラッとこっちを見ると

「私でしょ?あなたが閉じ込めてきた私なんですけど」

「……」

ルナーに絡みつく私の身体を眺めながら混乱に襲われ始める。

ど、どういうこと?私が閉じ込めてきた私って……。

そもそも、ジョニーが私を呼んだ時に、精神と肉体を切り離したって言ってたけど

この私って、精神の全部じゃないの?

な、なにこれ……なにこれえええええええええええ!!

お、落ち着こう、まだ慌てるような状況じゃない……。

いや、慌てるような状況でしょおおおおおおお!!

だ、だれか、誰か助けてええええ!!

混乱していると、体の私から触られ続けていたルナーが

サッとその手を払ってベッドの上で立ち上がると

「そうか、つまり、お前はアイのタークサイドということだな」

身体の私は、顔を歪めて爆笑しだして

「違うよ!そっちの私がいつも無理やり抑え込んでいる私だよ!

 さあ、ルナーちゃん!私を満足させて!」

「受けて立つ!そっちもアイだ!理解した!」

二人は私の目の前で服を全て脱ぎ捨てた。

「ちょ、ちょっと待って!あなた、私の身体なんだから

 あの、勝手に使わないで、ってあの……」

もう遅かった。目の前では猛り狂う女二人が獣のように交わり始めた。

ジョニー……あんたのせいでしょこれ……。

中途半端に私の精神を分離させて呼んだから

残った私の意識が暴走してるでしょうがあああああああ!!

ああああ……こんなにヌルヌルに……それはダメだって!

ああああああああ……。

私は突っ立って見ているしかない……。

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