第194話 はずなんですけど

実体化した機械の大釜を、虚脱して眺めるジョニーを抑えていた力を

全員で一斉に緩める。

ジョニーはその場に崩れ落ちて、混乱した顔で

「お、おい……いくらこのクソアニメが俺を弄んで

 視聴者の笑いを取ろうとしていたとしても、今のはダメだろ……。

 悲劇キャラが幸せになったけど、また悲劇が……みたいなのは

 そこで乗り越えるからいいんだよ……なんで死なすんだ……。

 そんなんだから、グダグダ展開しか書けないんだよ……。

 ここの脚本家がダメなのは分かっていたが、ここまでとは……」

ブツブツと床を見ながら小声で何かを呟きだした。

私は黙って大釜へと近づいて、触り、硬い感触を確認すると

黙ってナナシ、ジェーン、セイを見回した。

ナナシは深く頷いて、そして大きくため息を吐くと

「……この可能性は想定していた。レンシアには悪いが、止めるつもりはなかった。

 だが、良ければ、私が代わりになるつもりだったが」

ジェーンがホッとした顔で首を横に振る。

セイは腕を組んで鋭い目つきで大釜を眺めると

「……レンシアの存在と引き換えに、あの窯機械を実体化させたのか

 だとするなら……元々修正者から指示されていたな。

 しかし、他に方法があるはずだろう……」

大きく舌打ちをして、天井を見上げる。

ナナシが苦い顔で

「ジョニーさんに張り付いて、動きを止めていた時点で

 そうではないかと気づいてはいたのだよ。

 すんなりと、この窯を実体化させる必要があったということだ。

 アイさん、悪いが、我々とこの窯を宮殿まで移動させてくれないか?

 私の予想では、この空間が崩れ始めるまで時間がないはずだ」

私は思考を止めて、ナナシの言うとおりにする。

呆然自失でブツブツと呟いているとジョニーはセイに抱えてもらって

ジェーンとナナシは手を繋いで全員窯の近くに来てもらい

私が全員と窯に体の一部が触るように立ち、そしてジョニーの真似で

「我移動せんと欲す!宮殿中庭中心部!」

と叫ぶと、辺りの景色が歪んでいく

移動する直前に室内がひび割れて、揺れ始めたのが見えた。


灯火に照らされた夜空の下の中庭に五人と灰色の機械の大釜でワープして

私はホッとすると同時に力が抜け、その場にへたり込んだ。

ナナシがしゃがんで、背中をさすってくれて

「ありがとう。元々レンシアの犠牲とアイさんの空間の書き換えまでいれて

 あの瞬間が空間崩壊の定めだったのだと思う」

ジェーンが黙って、大釜を見据えて

「セイさん、ちょっと手伝ってよ。これを天帝国西の湾に接岸されてる

 黒船にもっていかないと」

私が立ち上がろうとすると、近くでブツブツ呟いていたジョニーがスッと立ち上がり

「……俺がやる。どうせ図面はもう仕上げてるんだろ?内部の改造も俺に任せろ。

 クソアニメの下卑た笑いを取るための、しょうもない俺弄りになんか負けるか」

などといつもの調子で呟いて、大釜に近づきジェーンに手招きする。

ジェーンは真顔でうなづくと駆け寄って、ジョニーと大釜と共にワープして消えた。

むしろ、なんでこんなにと思うほど、私の心が折れている。

衝撃的なものを見過ぎたせいなのだろうか?

ナナシがまだしゃがんだままの私の背中を、優しく二度ほど叩いて立ち上がると

「……ルナーさんには、こういう事態を想定して宮殿内で準備して貰っていた。

 二人でゆっくりしたまえ」

そう言うと、立ち去って行った。残ったセイは

桃色のローブ姿のルナーが駆け寄ってきたのを見ると

「……アイ、少し休め。セイ様の見たところレンシアは望んであれをしていた。

 ……セイ様は、ようやく曲のアイデアが浮かんだので

 ちょっとセイ様の星に戻ることにする」

そう言って、ルナーに軽く挨拶して、その場から消えた。


そこから私は半ば呆然としたまま、ルナーと静かに夕食を取った。

灯火に照らされたいつもの食堂は、人けがなく私はルナーと並んで

運ばれてきた肉から野菜まである豪華な夕食を食べ続ける。

「何か起こったかは、まだ訊かない。アイ、頑張ったな」

「……うん。なんでだろう……なんで私が動けなかったんだろう」

しばらく独り言が自然と出続けた後に

黙っているルナーに、自ら起こったことを説明していくと

「……微かでも知った人が亡くなるのは、悲しいものだ。

 それがだれかに仕組まれた運命だとしてもな」

「だよねー……本人は納得してたみたいだけど……」

それから二人で、黙々と食べ続けて、その後、人けのない

夜の中庭を二人で散策して、一旦部屋へと戻る。


用意をして、宮殿の浴室へと入りに行き

とくに二人で何かしゃべることもなく、静かに体を洗ってそして湯船に浸かった。

食堂でも中庭でも浴室でも人けがないのはきっとルナーが

予め手を回してくれていたのだろう。

ルナーがポツリと

「アイも疲れてるのかもな……色々あったのだろう?」

「そうだね……体の疲れはないんだけど、心はそのままだから……」

神になったころから、体は辛くない。

たぶん眠くなったりご飯を食べたくなったりするのは

普通の生活をしていた時の習慣のせいだと思う。

「ねぇ……お葬式とか、した方がいいのかな?」

ルナーはしばらく濡れた天井を見上げて

「……要らないと思う。アイたちが覚えていればそれでいいんじゃないのか?

 あと、何か言ってなかったか?」

私も少し考えて

「あ、約束の日が何とかって……確か、何度か聞いた言葉のような……」

短期間に色々あり過ぎて、よく覚えていない。

コリーがかつて口にして、それから……。黙って考えているとルナーが

「寝るか」

と勢いよく立ち上がった。


それから宮殿のベッドで気を失うように私は眠った。

隣にはルナーが寝ているはずだが、それすらも考えられないほど

一瞬で眠りに落ちた。

……落ちた……落ちたはずなんですけど!

「おお、アイ、そろそろ寝るころだと思ってな!」

私は気づいたら、平原のど真ん中で

図面を広げて座り込んでいるジョニーとジェーンのすぐ近くに

パジャマ姿で突っ立っていた。私の隣には大釜も佇んでいる。

すぐ近くからは、波の音も聞こえる。

「……あの、私、寝てるんですけど……」

呆然としながら、元気な顔のアホに尋ねると

「うん、だから、心だけ呼んでみたんだ。できると思ったからな!」

アホは嬉しそうに手招きする。

「この図面を見てくれ、この中心部の構造が複雑すぎて俺じゃ造れなかった。

 代わりにアイがこれをそのまま再現してくれ」

一応、見てみるが、何層にも重なった立体的な構造の機械の中心部に

大釜が設置されているというのだけしかわからなかった。

そう告げるとジェーンは微かにイライラした顔で

「あんたたちは、支配者としては最適な人格を持ってるけど

 知能はそんなに高くないのよねぇ……。

 この程度の平面図を、立体的に把握できないなんて想定外だわ」

ジョニーがニヤリと笑って

「ふっ……中卒の神コンビを舐めるなよ」

「ジョニー……私もその中に入れないで……あんた一人にして」

中卒は事実だけど、アホとひとまとめにはされたくない。

ジェーンがさらにイライラした顔で

「知能指数と学歴ってのは比例しないのよ!

 教養なんてのは、学歴以前にそもそも毎日の勉強の積み重ねだからね?

 あんたらは神で遥かに多くの情報にアクセスできるんだから

 もうちょっと知能も鍛えときなさいよ」

「……すいません……」

私は項垂れるしかない。確かに勉強はしていない。

しかしジョニーのアホはさらに偉そうに

「ふっ……俺は使うべき立場の人間だ。知識など必要ないからな」

ジェーンはとうとう立ち上がって

「そういう傲慢な態度がいけないのよ!

 いっつつつつつちばん楽なのはねぇ!

 今まで先人や他者が積み上げてきた知識をなーんにも考えずに

 ただ役に立つか、使えないかってだけで判断することなのよ!

 そんなの動物や単細胞生物と変わらないじゃないの。

 そんなクズは腐るほど見てきたわ!あああ!思い出したら腹が立つ!」

血管を浮き立たせて怒ってきた。

「あの、悪魔ですよね?」

私が尋ねると、ジョニーも何度も頷く、ジェーンは「へっ」と吐き捨てて

「そうよ。だからこそ、知性の低い偉そうなやつを憎むの。

 低レベルの世の中を肯定できたら、もっと楽しく生きてるわ!

 ああ!ほんとにムカつく!」

ジェーンはそう言うと

「ほら、ジョニー!設計図になりそうな頑丈な用紙百枚と

 あと書きやすいペン頂戴!知能の低い神様たちのために

 私がパーツごとにバラバラにした設計図を書いてあげるわ!」

ジョニーが目の前に言われたものを創り出すと

ジェーンは「ああっ」「くそっ」とか呻きながらそれに猛烈な勢いで

図面を引き始めた。ジョニーはニヤリと笑って

「作戦勝ちだな。こうなるのを俺は完璧に読んでいた。

 アニメ的にはよくある展開だからな」

気持ち悪い笑みを私に向けてくる。

「言いたいこと言って、たまたま上手くいっただけでしょ……」

私は猛烈な勢いで分解したパーツごとの図面を描いているジェーンを見つめる。

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