第193話 なんでだ
ナナシが赤茶けた荒野を見回しながら
「ここを簡単に説明すると、混沌粒子が足りなくて、滅びた後だ。
かつては山や森があり、草原が広がっていた」
ジェーンが補足するように遠くを指さして
「あっちには、街もあったのよ。レンシアと同じように
ここに幽閉された堕天使たちが住む街がね。
それらも跡形もなさそうだけど」
私は根本的な疑問を尋ねてみることにする。
「どんなところに向かっているんですか?」
目的地のことをまだ聞いていない。
ナナシは涼やかな表情で、夕暮れをの空を見上げると
「ハーティカルの前の支配者が創った、混沌粒子を使った発動機がある。
つまり、機械で例えるなら異常な力を持つエンジンだ。
修正者が私たちをここに誘ったのは、それが目的で間違いない」
私は、修正者の目的が分かってしまった。
「ああ……邪神討滅号が囚われたので、別の宇宙船を創れってことですか……」
ナナシとジェーンは黙って頷いて
ジョニーが嫌そうな顔で
「宇宙船を創るのはめんどくさそうだなぁ……」
ナナシは不思議そうに
「とっくに機体は用意されているだろう?あとは発動機だけだ」
その意味も、なぜかすんなりと分かってしまった。
「ああ、黒船がありましたね……」
ジェーンが八重歯を見せながらニヤリと笑って
「アイちゃんも賢くなってきて、助かるわ。
じゃ、そういうことで、かつて、あの荒野の先にあった山の
さらに先に埋められていた、超巨大なエンジンルームを想像してちょうだい」
「……よくわからないけど、やってみます」
ここらも草原で、あっちは山で……それから、その山の先に
エンジンルームが……って、エンジンルームってなに?
脱出ポッドの炉の周りの機械が超複雑になって、大きくなった感じかなぁ……。
よくわかんないけど、とりあえずこんな感じでしょ!えいっ!
両目をつぶって念じてみる。
次に目を開けると、辺りは夕暮れに照らされた草原になっていて
遠くには低い山脈も見えていた。
ジェーンはパチパチと軽く拍手をすると、ナナシを向いて
「アイちゃんのお陰で、空間も安定しましたね。いきましょう」
「そうだね。ここからは飛んでも大丈夫だろう」
ナナシとジェーンはゆっくりと夕暮れ空へと歩いて昇っていく。
私たち残りの四人も続く。
小走りくらいの速度で、慎重に前を駆けていくナナシたちについていくと
ジョニーがふと思いついた顔で
「ルナーはどうしたんだ?」
「あっ……」
忘れてきた……というか、どこで逸れたんだろう……。
ジェーンが振り返らずに意味深な笑い声を立てて
「心配しなくても、ルナーちゃんにも用事を頼んでるから」
「ああ、とっくに色々と先のことを計画済みなのね」
ホッとする。並の頭の私とアホのジョニーだけなら
こんなにすんなりと物事が運ばないだろう。
低い山脈を超えると、地表に太いパイプや、煙突が複雑に突き出た
地下施設の丸く大きな金属製のハッチのような入り口が見えてきた。
全然想像していたものと違ったので
「なんか、思ってたのと違うけど、これでいいの?」
前を行くジェーンに尋ねると
「ふっふふふふ……こんなに上手くいくとはね。
アイちゃんの力に触発されて元々あった施設が復元されてるわ」
ナナシも興味深げに
「混沌粒子が容易い方を選択したのだろうね。
アイさん、ここから変えずにこのままにしておいてくれるかな?」
「も、もちろん。目的のものさえ手に入れば私は何でもいいですし」
ナナシは継ぎはぎの紫の顔でニコリとほほ笑んで、入口へと降下していく。
私たちも当然それに続く。
直系五メートルほどの丸い金属製のハッチのようなもの上へと全員で乗ると
そのままその金属部分が下へと降下し始めた。
辺りは金属板の形に合わせたように円筒状の青い壁になっている。
ジョニーが何か言いそうな感じがしたので、そっちを見ると
腕を絡めあってぴったりくっついたレンシアと
何かを楽しそうに耳元で言い合っていて
出会って数時間も経ってないのに、もはやバカップルの風格すら出てきた。
セイがやり切れない様子で首を横に振り
「ブサメンが何か違うんだよ……アイはあれでいいのか?」
セイの気持ちは分かるが、私は
「アニメの話とか余計なこと言わないので、今は助かってます。
恋愛するのは、別にジョニーの勝手ですし」
セイは息を吐いて
「まあなぁ……しかし、修正者はこの場であいつを黙らせるために
レンシアとくっつけたんじゃないのか?」
「そうなんですかねぇ……だとするならいい、いい判断かも」
ジョニーがあまり横やりを入れてこないので
ナナシたちが自由に進められている気がする。
セイは顔を顰めて黙ってしまった。
まだ金属製の円盤は静かに駆動音を響かせながら降下して行っている。
五分以上も下がり続けて、ようやく止まった金属板から
目の前に長方形に開いている入口へとナナシは足を踏み出す。
それについていくと開けた部屋に出て
透明なパイプが伸びる微かに振動する透明な大窯のような機械が
室内の中心部に浮いていた。
表面は灰色で使い込まれたように、くすんでいるが
明らかに実体ではないのが見ただけで分かる。
「ああーっ!良かった!どうにか存在してた!」
ジェーンが声を上げる。
あれは実物じゃないよね?透明だし、なんなんだろう……。
いや、あれが、エンジンになるはずの目的のものなんだろうけど
窯のような透明な機械に近づこうとすると、ナナシから腕を優しく掴まれる。
「やめた方がよい。あれはアイさんやジョニーさんと共鳴するはずだ。
私たちとセイさんに任せてもらえないか?」
セイが顔を顰めて前に出てきて
「これは、アイやジョニーと同じエネルギーの流れだな……。
別次元からかなり無茶をして、この空間全体に混沌粒子を引っ張ってきている。
だが……」
セイは腕を組んで黙ってしまった。ナナシは継ぎはぎの顔を微笑ませると
「かなり、現世から離れつつあるね。
元々は物質世界寄りの装置だったはずだが、それらと共に
別次元へ引っ張られ、消えかけている」
セイは本気で嫌そうな顔で
「おいー……セイ様は、犠牲になるつもりはないぞー?
こんな危険なものによく近づこうと思ったな」
私が不安な気持ちでセイに瞳を向けると、彼女は難しい表情で
「一メートル手前まで近づけば、別次元に引っ張られるだろうな。
だが近づかないと、何の調査もできない。
おい、ブサメン、お前が犠牲になれ」
レンシアにくっつかれたジョニーは本気で拒否した顔で首を横に振り
「……ダメだ。俺たちはこの後、楽しいイチゃラブタイムが待ってるんだぞ?
こんなところで、事故るわけにはいかない」
セイは顔を思いっきり歪めて、私を見てくる。
気持ちはわかる。何が悲しくて、アホの新彼女とのイチャイチャを
向かっている間中見せつけられて
そして明らかに今後の結合を見据え、守りに入っているアホに
嫌な気持ちにさせられないといけないのか。
ナナシは、微笑みながら窯へと踏み出そうとして
ジェーンから必死に引き留められる。
「おっ、王様!それはやめましょう?どうしてもというなら私が代わりに……。
予定通り、セイさんの力で、時間をかけながら……」
その時だった、ジョニーの身体をスルッと抜けたレンシアが
「……ジョニー様、アイ様、それにお二人と、セイさん
お世話になりました」
花のように微笑むと、止める間もなく瞬時に揺れる窯と重なった。
一瞬、呆然としたジョニーが血管が千切れそうな形相で
「まっ、待てええええええ!!なんでだあああああああ!!」
と言いながら窯に突進しそうになり、私とセイに両腕を抑えられて
さらにナナシとジェーンに両足も抑えられた。
レンシアは、揺れる透明な窯と重なって美しく微笑みながら
「約束の日ですよ。アイさん、覚えておられますか?」
というと、光り輝いて消えた。
その跡には、先ほどまで透明で揺れていた大窯が
まるで死んだように佇んでいた。
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