第192話 誰のため

青空を見上げると、私たちが落ちてきた場所辺りに黒い渦が巻いている。

私の手を握っているセイも上を見上げながら

「セイ様たちの落ちてきた場所は空調だ。

 空気の出し入れをしているということは……。

 本来は、混沌粒子を常時外から入れないといけないということだな。

 そして、この世界は閉鎖されていた。ということはだ」

大きく息を吐いて

「アイ、気をつけろ。恐らく混沌粒子が少ないので

 恐らくは……」

そう言いかけた時だった。一瞬、私は土の中に埋められたような感覚になる。

あれ……?今、空をゆっくり落ちてるよね?

なんで苦しくなっ……そう思った瞬間に、また空を落ちていた。

セイがうんざりした表情で

「地中にあるということは、元々は土の中だここは。

 今、一瞬、元に戻っただけだ」

「怖いですね……いきなり生き埋めになるということも……」

セイは辺りの青空と下を降下している四人を見回して

「それが嫌なら、アイが書き換えていけばいい。

 アイは神だからな。なんでもできるだろ。

 混沌粒子も別次元を通じて供給できるはずだ」

「ど、どうすれば……」

セイは少し考えると閃いた顔で

「空を夕暮れにしていけ。そうすればアイ自身に分かり易く

 書き換えたと知覚されるから、空間全体を固定しやすくなるはずだ」

「よ、よくわかんないけど、やってみます!」

私はセイに身体を抱えられながら、両腕を伸ばして目を閉じた。

そして、空全体が夕暮れに赤く染まっているところをイメージする。



……



次に目を開けると、空全体が真っ赤に染まっていた。

慌てて落下速度を落とした四人が私たちの近くまで来て

レンシアに抱き着かれているジョニーが心配した顔で

「ど、どうした!?アイ、もしかしていきなりヘラったのか!?

 夕暮れが見たいメンタルなのか!?」

私は苦笑いしながら、セイから勧められたことを説明すると

ナナシが継ぎはぎの顔で笑いながら

「さすがセイさんだ。これでこの世界が分かり易く安定した。

 一旦、水平線の先に見えるあの小島に着地しようか」

遠くを指さしてきた。全員で了承して、そちらへと速度を上げて飛んでいく。


夕暮れが照らす砂浜へと着地する。広い砂浜の向こうは森になっていて

島自体はそれほど大きくない。

レンシアにくっつかれたままのジョニーは砂浜に座り込むと

「なあ、みんな、ここまで来て何だが、ちょっと俺の話をきいてくれないか?」

いつになく真面目な顔で言ってくる。

近くに囲むように全員で座り込むと

「……考えたんだが、今、ここに来てるのは誰のためなんだ?」

「そ、それは……修正者に頼まれたから……あ……そうか」

混沌の穴は修正者が既に塞いでくれていて

私たち自身のためにやるべきことは、あとはこの惑星の混沌の制御と

スズナカが他の惑星に移している仲間たちの帰還しかない。

スズナカが宇宙外へと出ようが、私たちには関係ないどころか

むしろこの宇宙が平和になっていいかもしれない。

ナナシが苦笑して

「確かに、今、ここにいる殆どの人にはこれ以上進むメリットはないね。

 ただ、こうも考えられないかね?」

全員で黙ってナナシを見つめると、彼は涼やかな眼差しで

「スズナカを追って連れ戻さないと、我々の宇宙が不安定になる可能性があると」

セイが何度も頷いて

「あれだけ大きな存在が、急に消えているからな。

 自分を幾つも分離させて、トラップは仕掛けているようだが

 本体は間違いなく不在だ。ということは、時空自体に大きな穴が

 空いている状態なんじゃないか?」

ジョニーが訝し気な表情で

「お前も、タジマを取り戻したいだけだろ?一人で行ってこい」

セイは一瞬怒り顔で何か反論しようとして、押し黙った。

気持ちはよくわかる。確かにこの中で唯一

スズナカを追う必要性があるのはセイだけだ。

間違いなくスズナカを追った先に、彼女の想い人は居る。

それにジョニーのアホが今さら面倒になった理由もわかる。

レンシアと宮殿で二人きりでイチャイチャしたいのだ。

意を決した私は立ち上がって

「ジョニー、私はセイ様のために一緒に行くよ。あんたもついてきなさい」

レンシアにぴったりと寄り添われたジョニーは顔をしかめて

「……嫌だ。と言いたいとこだが、まぁ……アイが行くなら仕方ないな」

大きくため息を吐いた。ジェーンが苦笑いしながら

「私は、単純にこの世界の成り立ちが知りたいから行くわ。

 このまま突き進めば、宇宙の外の様子まで分かるはず。王様も同じでしょう?」

ナナシは満足げに笑いながら頷いた。

セイは感動した顔で私に抱き着いてきて

「良かった。セイ様、アイを友達から親友に格上げにするぞ」

「セイ様……すてきです……」

見つめあう私たちに、呆れた顔を向けたジョニーは

腕を絡めたレンシアと共に立ち上がり

「行くぞ。あとにしてくれ」

どこかへ向かおうとして、チラッとナナシを見る。

ナナシは砂浜のはるか向こうの水平線を指さした。


夕暮れの穏やかな海の上を六人で駆けていく。

速度を上げて、駆けていくと遠くに断崖絶壁が見えて

ナナシが徐々に高度を上げていったので、私も見習う。

そして崖の端にナナシは着地すると、大きく息を吐いて

「ふふ。滅んでるな」

その先に広がる赤茶けた荒野を見つめる。

ジェーンが仕方なさそうに

「混沌粒子の供給を絶たれて長そうですからね。

 ギリギリ形が残っているでも良しとしましょう」

荒野をスタスタと歩き始めた。当然、私たちもそれについて行く。

私はセイとペアになって最後尾を並んで歩いているのだが

その少し前に、レンシアからずっとくっつかれているジョニーが

デレデレしながら

「れ、レンシアは何が好みなんだ?」

「そうですねぇ、幽閉されて長いですから、ジョニー様好みに染めてくれます?」

「なっ……なんか、塩対応の女子ばかりだったから騙されてる気がしてな……」

「ふふふ、騙してなんていませんよ。私ははっきりしているのです。

 こうだと思った方についていく。ジョニー様で二人目です」

「そ、そうなのか……俺もだ。妻を亡くしてな……」

「私も、一人目の彼はとっくに消え失せているようですね。

 かつてはナナシさんの配下でしたから」

「……生きてたら教えそうだもんな」

「しかし、ナナシさんは変わりましたね。もっと冷酷で皮肉屋だったのですが

 温かさすら感じるのは、きっとジョニー様たちが裏表がないからですね」

などとくっついて歩きながら話している。

セイが私の隣でそれを顔を顰めて見つめながら

「……このままだと結婚まであっさり行くぞ。なんなんだあのブサメンは……。

 いくらなんでも押しに弱すぎないか?どうなってるんだ……」

「……元々あんなもんですよ。あのアホはセクハラ経験は豊富ですけど

 まともな女性経験は一人だけですし。変人なので滅多に女の子も寄り付かないから

 迫られるとあっさり落ちます」

私が軽くため息を吐きながら、そう言うとセイは面倒そうに頷いて

「もうちょっと警戒してもいいと思うんだがなぁ。

 確かに罠ではなさそうだが、懐に入られ過ぎだぞ」

「確かにそうですけど、とりあえず見守りましょう」

どこまで続くかわからない荒野を、私たち六人はひたすら歩いていく。

急がないのは、何か理由があるのだろう。


いつまで経っても夕暮れのままの荒野をしばらく歩くと

先頭のジェーンがピタッと立ち止まり

「ああ……やっぱりだめですね。元々あった時空間トラップが壊れてます」

ナナシも辺りを見回して

「だろうね。このまま進んでも、どこにもつかなそうだ」

レンシアに腕を絡められているジョニーが期待した顔で

「ワープしてみんなで宮殿に帰ろうか?」

私たちを見回す。セイが眉間にしわを寄せながらジョニーを指さして

「おいー本格的にイチャイチャしたのは分かるが、後にしてくれー。

 常に目的に邁進するセイ様は、ここに来た意味を達成したいんだが?

 まだお前のニュー彼女を獲得しただけだろー?」

ジョニーは反論せずに顔を赤くして伏せた。図星だったらしい。

レンシアはそんなジョニーの頭を優しく撫でだした。

その様子をジェーンが皮肉っぽく見つめながら

「ジョニーは使いものにならなそうだし

 アイちゃんに道を創ってもらいましょうか?」

そう言ってくる。

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