第187話 目的を悟られないように
荒々しく扉を閉めると、ストレッチャーの上で寝ているジョニーの服を
躊躇なくはぎ取っていくジェーンを止めようと
「あの、滅菌とか……もっとこう医療器具とか
医者とか看護師さんたちとか、そういうのが……ひゃああああ!」
私は思わずその場に尻もちをついてしまった。
ジェーンは全裸にしたジョニーの胸にメスを突き立てて
まるで魚でも捌くかのように皮膚を深く切りとり始めたからだ。
ルナーがサッと私を立ち上がらせて、後ろへと下がらせていく。
ジェーンはまるで頭がおかしくなったような満面の笑みで
ジョニーの身体をサクサクと切り刻んでいっている。
ナナシが私に近づいてきて
「心配しなくても大丈夫だ。ジェーンはあれでも元高位の悪魔なのだよ。
人体に関する知識もある。それに闇雲に切っているわけではない」
「で、でも、ジョニーがおかしくなったのは頭で
胸は切り刻まなくていいんじゃ……」
ナナシはニヤリと笑って、近づいてきたセイを眺めた。
セイはジェーンの様子を見つめながら銀髪をかきあげて
「待っている間に、全てを理解してしまった賢いセイ様が説明してやろう」
「おっ、お願いします」
ルナーに身体を支えられながら頭を下げると、セイは爽やかに笑い
「あいつの頭に一気に地域の情報を入れたのは修正者だ。
さっきマウント取り合ってる最中にルナーから聞いた」
「そ、そうですね。それでジェーンちゃんが全身がおかしくなってるかもって
でも、明らかに頭ですよね?」
情報を入れ過ぎてパンクしてしまった感じだった。セイは頷いて
「だがな、よく考えてみろ。
あのスズナカの相手をしている修正者がこの局面で
ただで重要人物の一人であるブサメンの頭を壊すようなことをすると思うか?
そこに居るルナーが恐らく最初に気づいたんだろ?」
「そ、そうだったの?」
私が驚いてみるとルナーは頷いた。さらにセイは
「あえて、ブサメンを壊したんだ。スズナカに目的を悟られないようにな。
そしてルナーを仕向けて、混沌粒子の調整を始めた。
特に混沌粒子の蔓延している星の未来への流れっていうのは
言葉一つで簡単に変わるからな。
そのやりようがわかっていれば、調整するのも簡単だろ?」
「そ、そんなもんなんですね?よくわかりませんけど……」
とりあえず最後まで聞こう。セイは
「それでルナーはセイ様に口喧嘩を仕掛けた。
修正者に操られて自然と口について出たんだろうな。
セイ様も最初は怒っていたが、そのうちこいつの目を見ていると
何か違うということが分かったんだ」
「は、はい……」
もはやついていけないけど、がんばって聞くよ!
「そして、あのブサメンをここで手術させるように仕向けた。
たぶん、ジェーンに何かサインを送っていたんだろうな。
それでやつは、この部屋にブサメンを連れてきた。
混沌粒子の流れの調整されたこの室内にはスズナカももう手を出せないし
あの手術も成功する。ジェーンは何を探すべきか分かってるだろうな」
ナナシが軽く拍手をする。
「その通りだろうね。そして修正者が我々に取り出させたいものは
ジョニー君の胸の中にあるようだ」
「な、何が出てくるんですか?」
ナナシは少しジェーンの方を見て
「分からないが、恐らく、とてつもないものが出てくるはずだ。
気づかないうちに何か仕込まれていたのだろう」
「仕込むようなタイミングって、無いと思いますけど……。
ホムンクルスとして創ったときは余計なものはいれてませんし
そもそも、私、確か二回ほど、あいつの身体を消滅させて
それから復活させた時は、異変がなかったですし」
「その後は?」
いや、ちょっと待って、よく考えたら確か……。
「あっ……その後、ルネの身体の中で修正者と戦って負けて
消えてたのに、そこから、いつの間にかあいつ元の身体に……」
確か、私を探しにリーンナース星に来た時には元の身体だった。
「その時点で修正者の用意した体に入っていたのだろうね。
そのあと、ジョニー君の様子が何か変だったとかはないかね?」
「いつも変なので、わかりません」
私が断言するとナナシが苦笑いしながら
「いつもより、少し正義感があった気がするね」
「た、たしかに、リーンナース星の住民を地震から助けたりしてました……」
あのアホにしては、よくやってた気がする。
ナナシは継ぎはぎだらけの顔で皮肉っぽく笑うと
「むしろ、それはジョニー君だったのか?
ジョニー君を演じていた修正者なのでは?」
「た、たしかに、修正者のポエムっぽいメッセージに激怒したり
な、なんか、いつものアホより熱かった気がしますけど……」
そう言われてみれば、なんかおかしかった気がする。
いつものアホより人間味があったというか……。
ジョニーのアホのアニメ怪物っぽさが薄れていたような……。
普段言わないような弱音も吐いてたし……。
モヤモヤしていると、向こうでジェーンが
「あったわ!!やっぱりそうだった!」
何かビチャビチャと血まみれで、蠢く何かを右手に掴んで掲げた。
全員で近寄ると、ジェーンの右手に掴まれて赤黒い鮮血に濡れた
体長三十センチほどの虫がビチャビチャ暴れていた。
ジェーンは左手で軽く水魔法を作りだし、虫にかけると
鮮血が流れ落ちて、真っ白な六本足を持つ、硬そうな殻に包まれた虫が
青く大きな複眼をこちらへと向けてきた。
な、なんか、分かる。分かってしまった。
「ジョニー?あなたが本物のジョニーなのね?」
虫は何と私に何度も頷いた。虫を掴んでいるジェーンが
「これが修正者の置き土産よ。ジョニーをこの虫に変えて
ずっと偽りの身体の中で保護してたの」
ルナーがニヤニヤ笑いながら
「で、どうするんだ。みんなでジョニーを調理するのか?」
白い虫は掴まれたまま抗議するように激しく六本の足を動かす。
ナナシが冷静な顔で私に
「アイさん、何か知らないかな?修正者がヒントを残しているはずだ」
「た、確か、リーンナース星に行く前に過去で
ジョニーが頭の中に入ってきて合流したんですけど
その時にジョニーは"俺、虫だったと"」
ジェーンが目を細めて
「それから?なんで、虫からアイちゃんの頭の中に入れたの?」
両目をつぶって頑張って思い出してみる。
「あっ、そうか!私に後ろから噛みついたら、頭の中に入れたって!」
さっそくジェーンが私の背後に虫を持ってこようとして
私はとにかく背を向けないように逃げ回る羽目になる。
数秒前の迂闊な発言を凄まじく悔いながら
「あ、あの……ちょっと待って!待ってって!」
ルナーの背後に逃げ込んで盾にしつつ、楽し気なジェーンを手で制す。
「あのねーアイちゃーん、ここまで仲間たちが全員でお膳立てしたのよ?
さっさと噛みつかれてくれない?」
「あ、あの……ジョニーの身体が真っ白になってますけど……」
咄嗟にストレッチャーの上の明らかに生気のないジョニーの身体を指さすと
ジェーンは興味下無さげに
「あのさぁ、こっちの虫がジョニーであっちはただの依り代でしょ?」
そう言って、蠢く白い虫を持ったまま近寄ってこようとするので
さらに逃げようとすると、背後からセイにいつの間にか抱きしめられていて
「アイ、いいか?ここは人生の分岐点だ。お前はこんなところで逃げるのか?」
「せ、セイ様……」
セイは私の背後で大きく息を吐いて
「明らかに選択肢は一つだ。後ろからジョニー虫に嚙まれるしかない。
逃げるな、セイ様も見ているぞ」
「は、はい……」
尊敬するセイにそこまで言われたならそうするしかない。
私は力を抜くと、セイはジェーンから白い虫を受け取って
そして私の首筋に近づけた。すぐに軽い痛みが走って少し気が遠くなる。
同時にドロッとしたものが、私の背中にかかって嫌な気分になる。
「あの……セイ様、もしかしてジョニー……」
「うん、溶けたな。白い液体になって……」
全身に鳥肌が立っていくのが分かる。
「……あの、他に何か変化ありました?」
「アイの背中が濡れてるな」
セイはルナーやナナシ、そしてジェーンも見回すと全員が頷いた。
「……それ、つまり、ジョニーが溶けて、私の背中が汚くなって
それだけってことですよね?」
「……うん」
それから数十秒ほど、誰も喋らなかった。私の背中は濡れたままだ。
鳥肌も治まらない。あの、あの……これなに……何なの……。
なにこれ……なにこれえええええええええええええええええええ!!
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