第186話 マウントを取っていけ

邪神討滅号を見上げていると、セイが私のすぐ横までワープしてくる。

「よし、連れてきたからな。行くぞ、ア……」

私の名前を呼びかけた瞬間だった。

いきなり邪神討滅号の目の前の空間に漆黒の縦の渦が出現して

瞬く間に真っ白な宇宙船は、その中へと引きずり込まれていく。

「……」「……」

二人で助けようと動く間もなかった。ルナーも固まっている。

渦も何事もなかったかのように消え失せる。

「セイ様、消えちゃいましたけど……」

「そ、そうだな……消されたな……ミイに……」

ルナーは冷静な顔で

「最善の一手だな。アイが動く前に移動手段を潰す」

セイは冷や汗を垂らしながら

「た、たぶん、命までは奪われてない。

 あいつは、一応、生き物を虐待したりとかはしない」

「でしょうけど……これ、どうします?

 直接、私たちがセイ様の仲間たちの所に行けるんですか?」

確か、破綻をどうにかしろと修正者からは言われている。

セイは苦しい顔で腕を組んで考えると

「無理だな……とてつもなく遠い位置にあるからな。

 それに宇宙には混沌粒子がどこにでもあるわけではないしな。

 無敵のセイ様ならともかく、アイは粒子がないとな……」

「ミラクさんも居ないなら、他に助けもないですからね……」

「仕方ない。別の方法を考えよう。お前らの宮殿にワープするぞ」

「ま、任せてください!」

私はルナーに加えてセイの手も取って、ジョニーの真似したワープの呪文を唱えた。


天帝国宮殿の自室にセイと共に現れると

ベッド脇に座って待っていたらしいミルンが完全に薬がキマッた顔で

「あーアイねえちゃーん……ルナーちゃーん、セイさまんさー。

 あのねー私ねー新しい絵のアイデアがぁ……」

そう言った瞬間に、その場で時が止まったかのように固まった。

「み、ミルンちゃん……?」

ルナーがまた冷静な顔で、ミルンの周囲をグルグル回りながら

彼女の身体を突いたり、瞳孔を調べたりして

「……ふむ、体が物理的に停止しているな。

 時間停止などではないようだ。これは……」

ルナーから鋭い目つきで見つめられたセイが肩を落として

「ミイの攻撃だな。恐らく、ミルンが何か解決の糸口を持っていたんだろう」

ルナーがニヤリと笑って

「ジョニー風に言うと、フラグ潰しを丹念にしているようだ。

 自分をどうしても追わせたくないらしい」

そ、そういえばジョニーは……そ、そうか

ナナシとジェーンが普通に空を移動しながら連れてきてるから

私たちが先についてしまったのか……。

「ジョニーは大丈夫なのかな……」

ついアホの心配をしてしまい、そう呟くと、ルナーが真剣な表情で

「……たぶん、ぶっ壊れてるから、それ以上何かはされないはずだ」

「ああ、確かに……」

変な言葉と表情で喋ってたから、あれ以上おかしくはならないだろう……。

セイが閃いた顔をして

「待て、あえて、修正者がぶっ壊した可能性はないのか?」

ルナーが感心した顔で

「ありうるな。だとするならば……」

セイとルナーは頷きあう。置いてけぼりの私は

「あの……何が、何であえてあのアホを壊したの?」

ルナーがさらに真剣な顔で

「スズナカを追う鍵が、壊れたジョニーにあるということだ。

 当然、修正者もここまでのスズナカの攻撃を予想していたはずだ」

「そ、そうか……つまり、壊れたジョニーの身体をいじれば

 何か出てくるのね?」

ルナーがニヤリとしながら

「シモネタで返答するべきか?」

セイが顔をしかめて

「おい、あいつの身体から出る体液の話はさすがにいかんぞ。

 セイ様は常に下品さに逃げない女でありたいんだが」

「え、体液?」

ルナーが私の耳元で吐息をかけながら

「白いのだ。いじると出てくるんだろ?」

「……あの、私が悪かったです。すいません、ルナーちゃん

 今の会話は永遠に記憶から消して……セイ様も……」

セイが舌打ちをして

「アイ、いや、こいつが悪い。明らかにエロい方へと話を持っていこうとしている」

小柄なルナーは堂々と胸を張ってセイを見上げると

「ふっ。我々の冒険はエロ塗れだぞ?むしろ、お前はなかったのか?」

「……セイ様は、タカユキ一筋だからな」

ルナーは何かを理解した顔で

「ふん。男性経験なしか。つまり、私の方が上だな」

「る、ルナーちゃん……それくらいで……」

セイは顔をしかめると

「あのアホがエロの方へとお前らを巻き込んだんだろう。

 セイ様には分かるぞ。リーダーの資質に影響されるものだ」

ルナーがセイに詰め寄ると

「おい、まだ私は、貴様が経験なしかどうか聞いていないぞ」

セイは余裕な顔で

「ふっ。経験人数が多いかどうかではなく、運命の他者に巡り合えるかだ。

 お前は何もわかっていないな」

ルナーは私にピタッとくっついて、二の腕を絡めると

「私の運命の人はここに居る。貴様のはどこだ?」

「セイ様の見たところ、一方通行のようだがー?」

「貴様こそ、一方通行なのでは?」

体格の全く違う二人は、とうとう本気でにらみ合いだした。

な、なななななななんか……すごく、雰囲気悪くない?

ルナーも経験人数、私だけだし、むしろあれはカウントしていいのか

はっきり言ったらわかんないし、と、というか

こんなしょうもないって言ったら、ルナーに悪いかもしれないけど

でも、今はしょうもないとしか思えない話題をしている場合じゃないと思うんだけど

「あの、二人とも……」

私は同時に二人から睨まれて、一瞬ひるんだが

「今は、そんなことを言っている場合じゃ……」

セイが一瞬ニヤリとしてくる。ルナーも同じ顔をした。

ん、んんん……もしかして、二人ともわざと喧嘩しているとか?

何か、意図があるようだ。わかりましたよ……聞いてます……。


その後も

二人のどっちが上かという延々と続くマウントの取り合いを黙って聞いていると

窓からナナシが入ってきた。帰ってきたらしい。

ジェーンは医務室に直行したのだろうか。

「……ああ、因果律の調整をしていたのか。

 この中の、混沌粒子はかなり規則的な流れになっているな」

セイがニヤリと笑って

「お前もマウントを取っていけ。経験人数でな」

ナナシは継ぎはぎの紫の頬を痩せた手で触り、少し考えた顔をすると

「……人も悪魔も獣ですらも一通り馬鍬ったな。

 しかし、残念ながら私はそれほど共感能力が高くないので

 本当に相通じた快楽を得たと感じたことは数えるほどしかない。

 一方的な享楽などというものは、ありふれているだろう?」

「ちょ、超上級者が居たな……」

「さ、さすがに獣はダメだろ……セイ様、それはいかんと思うぞ」

ナナシは不思議そうな顔で

「真に望まれた時だけだ。獣が人よりも常に愚かではないぞ?」

ルナーとセイはなぜか私の後ろに隠れてしまった。

い、いや、気持ちはわかるけど、ナナシならそういうことしてたのも

わかるというか……どうしたらいいんですか!?心の中で泣きながら

とりあえず尋ねようと

「あ、あの……ナナシさん、あの、私、未だに

 何で二人がマウントを取り合っていたのか、分かってないんですけど……」

ナナシは涼やかな顔で私の部屋の内部を見回して

「ふふふ、室内の混沌粒子の流れを調整しているのだよ。

 会話の内容を調整しながら、少しずつ、安全な状況を創り出している」

それ、本当なんですか?シモネタを話したいだけなんじゃ?

という顔をするとナナシはニコリと笑い、扉を指さした。


次の瞬間、扉が大きな音とともに思いっきり蹴り開けられて

「うっしゃあああああああ!!はじめるわよー!」

ジョニーが乗せられたストレッチャーを勢いよく押しながら

白衣をいい加減に着たジェーンが入ってきた。

「こ、ここで手術するの?」

慌てて、駆け寄って尋ねると

「うん。今のこの部屋なら、医療経験者じゃなくても手術失敗しないわ。

 よし、とりあえず、開胸しましょうか!」

白衣のポケットから出したメスを見せてくる。

な、なにが始まるんですか!?こ、これでいいんでしょうか……。

私は不安で頭の中が一杯になりつつある。

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