第185話 黒のベタ塗り

漆黒の穴を全員で空に浮かびながら見下ろす。

ルナーが言ったように、何の気配も命の欠片もむしろ物質の欠片すら

何ひとつ感じない無そのものといった穴が延々と地平線の先まで広がっている光景は

見れば見るほど、恐怖が募っていく。

余計なことを言うはずのジョニーさえ、さっきから無言だと思った瞬間

「……黒のベタ塗りだな。演出が楽なんだよな、この手のは。

 しかも広いから、カットによっては画面の何割かベタ塗りで凌げる。

 とうとう、このクソアニメにも予算削減の波が来たか……。

 いや、むしろ、脚本家のクソ脚本を待つために納期が遅れているのか……。

 それで進行の少しでも早めようとする涙ぐましい努力の結果かもしれんな」

やっぱり余計なことを言ったよ!!

「あのさぁ、ジョニー……なんでまたアニメに例えるの……。

 足元に広がってる穴は、明らかに混沌の蓋が開いてて怖いでしょ……」

ジョニーは腕を組んでしばらく足元の漆黒の穴を眺めると

「いや、なんか受け入れられなくて……この穴な……」

「うん……」

ジョニーはまたしばらく穴を眺めて

「俺の勘だときっと、本当は何かが見えてるはずなんだよ。穴の中に。

 でも、たぶん……」

また黙って、ジョニーは眼下を見下ろすと

「俺たちの脳では理解できないから見えないだけじゃないのか……?

 た、例えばな、蟻が地球の大きさが理解できないのと同じように」

珍しく真剣なジョニーの言葉で鳥肌が立つ。

そ、その通りかもしれない。スズナカは間違いなくこの穴を通り抜けて

宇宙の外へと出て行ったはずだが

私には、漆黒にしか見えない。それに漆黒にしか見えないのに"穴"だと

自然と理解しているのも何かおかしい。

ということは、ジョニーの言っていることは正しいのだろう。

これは穴で、本当は穴の中には何かがあるのだけど

私たちは低次元な存在過ぎて、理解することができないのかな……。


さらに五分ほど、誰も一言も発せずに黙っていると

急にゾクっとした感覚が走って、それと同時に

いつの間にか、私の目前に透明な私と同じくらいの背丈の人型が立っていた。

「質問です。法則とは法則であるか?」

人型は口を開けて、私に落ち着いた声で尋ねてくる。

自然と私の口が開いて動き

「あ、当たり前でしょう。決まった言葉は言葉じゃない」

人型は楽し気に幾重にも声色が重なった甲高い声で笑うと

「不変のものなど万物にありませーん。

 それは言葉であっても、ものであっても同じでーす。

 つまり、法則とは法則ではないし、法則という言葉は

 未来永劫法則という言葉のままではありませーん」

なっ、なんかムカつくよ!イライラしているとさらに人型は口を開き

「二つ目の質問です。なぜ生きるのか?

 万物は不変ではありませーん。では

 すべてはいずれ消え失せ、記憶や存在そのものを歪められ

 そして忘れ去られるのに、あなたは何でまだ生きてるのー?」

「なっ、なんとなく……死にたくはないし……」

ついそう言ってしまうと、人影はけたたましく笑い声をあげ

「生物的本能だけの獣や虫、いや単細胞生物と一緒ね。

 あなたは、荒波にもまれる岩にへばりついた虫と一緒。

 意味も分からず、生まれてきて、意味も分からず死んでいく。

 自分のことを考えることもなく人生に追われてね」

「そ、そうかもしれないけど、言われたくはないでしょ!

 私も一応色々考えてるよ!難しいことばかりで意味わかんないけど!」

そう反論すると、人型がニヤニヤしながら私に近づいて

透過しながら、この体に入ってこようとする。

不快なのにまったく抗えずに固まっていると

透明な人型の背後に手が現れて、人型の身体を背後から抱きかかえると

私の身体から引きずり出して

そのまま眼下の穴まで、引きずり込んでいった。

口を開けたまま、その光景を見下ろしていると

ジョニーからいきなり肩を叩かれて

「お、おい……大丈夫か、いきなり一人で喋りだしてたが……」

「な、なんか、透明な人型から哲学的なこと尋ねられて

 それに答えてたんだけど……」

ジョニーがいきなり慌てた顔をして

「あ、あれはおっぱい山から打ち上げられる予定の片乳山ロケット……。

 ま、まさか、打ち上げは成功していたのか……」

頭のおかしいことを言いながら、穴の向こうを見つめるので

そちらを慌てて見つめるが、何も見えない。

ジョニーはなぜか両目から涙を流して

「くっ、くそっ……何で涙が……いくら俺の夢が叶ったからって」

ああ……なんか思い出した。ジョニーのエロ島でそんなことあったわぁ……。

あー思い出したくないよ……酷かったなぁ……。

というか、ジョニーも島の集落から見てたんでは?まさか見てなかったとか……。

いや、あんな頭の悪い光景、見てなくていいんだけど……。

いきなりジョニーが焦った顔で

「ま、待て!そのロケットを食べるのはよせ!

 やめろおおおお!なんで、そこに、口が……なんで……」

悲しげな顔をしながら、向こうへと飛んでいこうとするので

すぐに身体を掴んで止めると、我に返ったジョニーは

「ハッ……何で俺は、片乳山ロケットを見ていたんだ……。

 エロ島は、誰かが余計なことしてなんか無暗に綺麗になってたのに……。

 エロ島は死んだんだ……俺の夢を詰め込んだ、エロ島はもう居ないんだ……」

いきなり悲しそうな顔をして、涙をぬぐった。

あー……居ない間にエロ島を改変したのをそれなりに悲しんでたのね……。

まあ、そんなことは今はいいとして……。

「ジョニー、ここ、なんかおかしい。長時間居ない方がいいかもしれないよ」

「そ、そうだが修復を……あっ……あ、頭に声が」

「え……」

ジョニーは急に体を逆さにして浮かびながら

「あーえっと、修正者がな……なんちゃら連邦群の地域全体の

 穴が開くまでの直前の全情報を俺の脳に入れるとか

 なんかそういうこと言ってるんだが……それを使って穴を塞げと」

混乱した顔で皆に言ってくる。

ナナシが顔をしかめて

「……耐えられるだろうか。最悪、精神を傷つけるかもしれない」

ジェーンがニヤニヤしながら

「混沌粒子が本体で仮初の身体でしょ?使い捨てなさい」

「ま、待て、な、なんかヤバい予感が……ぽへっ、ぽふっ……」

変な声を出した直後にジョニーは

顔中の穴と言い穴から大量の体液と血液を勢いよく噴き出して

さらに体中に脂汗を大量にかきはじめた。

「ぽっ、ぽるにゃぁ……みっ、そふぇ……ぜらも……ぼへっ」

白目を剥いたまま、ガクガクと震えながら

ジョニーは少しずつ空へと上昇し始めたので

私が慌ててその手を掴むと


そのまま、握ったまま、グァール・ナバス連邦国家群と

それらの存在した大地を修復せよと祈れ。

それで全ては元に戻る。


修正者らしき声が私の頭の中へと響いてくる。今回はポエムじゃない。

「わ。わかりましたけど、スズナカを追うための穴も残さなくては?」

一応、気になったので尋ねると


残すと、そこから混沌の穴が広がっていく。

一旦、全て塞いでしまって、必要なら後日、自分たちで開けるがいい。


「そ、そうします……」

私はジョニーの汗だくでヌルヌルの気持ち悪い手を思いっきり握りしめて

反対側の手はルナーから握られて支えられながら

「グァール・ナバス連邦国家群のあった大陸を

 スズナカが消し去る直前まで完全に元に戻して!!」

両目をつぶって空へと向かってそう叫んだ。



……



次に目を開けた時には、漆黒のどこまで続く穴は消え失せていて

なだらかな山々とその麓の炊飯の煙が昇る集落と水田が

私の眼下の視界の中に飛び込んできた。

異様な気配も消えて、ホッとする。

ジョニーが真っ赤な瞳で、フワフワとこちらへと漂ってきて

「もぴ?むぐんちゃま、のりほ」

と口から涎を垂らしながら、私に言ってきた。

ナナシが静かにジョニーの後ろへと移動して、手刀で軽く首筋を叩く。

そして気絶したジョニーを小柄なジェーンがサッと抱きかかえた。

「全身が壊れてるわ。ちょっと修復に時間はかかるだろうけど

 あとは任せて」

「ナナシさん、ジェーンちゃん、お願い」

ナナシとジェーンがジョニーを抱えて空を飛び、去っていくのを見送り。

正常に戻った地平の空の上から、真っ白な邪神討滅号が

こちらへ向けて降下してきているのが見える。

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