第173話 引き合っている
「いや、ちょっと待って……あの」
思わず裏返った声が出る。そこには全身白髪交じりの体毛だらけの
どうみても年老いたジョニーにしか見えない痩せこけたパンツ一丁の男が
苔むした室内を右から左にウロウロしていた。
スズナカはビシッと指さして
「私たちが三か月冒険している裏で色々と手を回して救出したわ!
でも、ワープをミスって六十三年前に連れてきちゃったから
今、六十三歳になってて、私たちのことも殆ど覚えてないわ!」
とりあえず静かに近寄って
「じょ、ジョニー?」
「あ、ああ……ち、ちがう……俺はぁ……アントニウス……
アントニウス・ジラルデーノだ……ちがうんだ……ジョニーじゃない……
それは夢の話なんだ……アニメも……俺の創り出した妄想なんだ……」
年老いた皺皺のジョニーはボサボサの頭を掻きむしって
混乱した顔をする。
「な、なんでここに?」
スズナカに尋ねると、腕を組んだ彼女はジョニーを見ながら
「まともな仕事につけなかったから、頑張って裏家業に励んでたんだけど
あるとき、裏切られてすべてを失って、精神を病んでしまい
それからここにいるのよ!」
な、なにそれえええええええ!!口を開けたまま固まっていると
私たちが入ってきた背後の扉が開いて
「アントニウス父さん、僕だよ。あれっ?」
食事の乗った皿を並べたトレイを持った、黒頭巾で顔を半分隠した若い男が
静かに入ってきた。黒装束で明らかに普通の格好ではない。
しかし顔の下半分は、若いころのジョニーにそっくりだ。
スズナカはニコリと笑って
「ボルナス・ジラルデーノ君。私たちギルドマスターの紹介で
盗賊ギルドを探しに来ましたー」
若い男は一瞬訝しげな瞳で私たちを見て
「……ああ、父さんの噂も知ってたのか。それで先にこっちを見に来たと」
スズナカは臆することもなくスラスラと
「闇のアントニウスと言えば、この国で知らないものは居ませんよー。
先にご挨拶をしようかと思ってですねー」
若い男は、舌打ちをすると
「別に父さんがおかしくなったのを隠してはいない。
そのネタで盗賊ギルドをゆすろうとしても無駄だ」
スズナカは大げさに首を横に振り、ニコニコした善人面を作ると
「違うんですよー。ここに居るアイちゃんなら
きっとアントニウスさんを正気に戻せるはずなんですよー」
「……本当か?」
若い男は鋭い視線を私に向けてくる。
……いや、いきなり話を振られても困るよ!でっ、でもここは……。
「……私ならできます」
私はあえて断言した。スズナカが何の作戦もないわけがない。
ここはもう乗るしかないだろう。
「……そうか、じゃあ、俺はしばらく立ち去る。
やってみてくれ。期待はしないで待ってる」
若い男はトレイをテーブルの上に置くと立ち去った。
すぐに手づかみで食事をし始めた年老いたジョニーを
私とスズナカは見つめる。
「裏切られたにしろ、ここまでおかしくなることないですよね?」
スズナカは朗らかに笑いながら
「六十三年のあいだ誰も、アニメの話も実は天帝だったていう話も
信じてくれなかったからねぇ。
それで裏家業で盗賊ギルドとかで生計を立ててたわけだし
そりゃ、狂っちゃうわよね。裏切りはきっかけにすぎないかもね」
よ、よよよよく笑えるよ!滅茶苦茶苦労してると思うけど……。
私の眼差しにスズナカは気づいたのか
「まあ……私の苦労の一兆分の一にもならないし。
大したことないって!ほら、アイちゃん、アニメの話でもしてあげて」
私はかび臭い室内の中、無心で食べているジョニーに
「あの、マピタって知ってる?」
ジョニーはピタッと動きを止めると
「ま、まままマピタ?残虐なるニクゴダーが主役の……
よくテレビで週末流されてる……」
いきなり両目から涙が溢れてきた。
「ま、マピタは、マピタはあるのか?俺の妄想の産物じゃないのか?」
私は黙って頷いて
「あなたは、ずっと先の未来で天帝教皇で神にもなってて
なんでも好きに造り替えることができるでしょ?」
ジョニーは愕然とした顔で
「そ、それも、本当のことだったのか!?誰も信じてくれなくて……」
そしてシミだらけの半分腐りかけた椅子に座ると
「……お、俺はなんで、こんな人生を……」
スズナカが笑いながら
「全ては修正者のせいよ!私たちが負けて存在を消されかけたのよ!」
「そ、そうか……俺がジョニーだったころに……ルネの身体で
スズナカの創ったタジマもどきと戦って……そして負けたのか……」
いや、その通りだけど、元をたどれば
ジョニーが好き勝手やってたのと、スズナカが宇宙の平和を乱してたからでしょ!
あんたたち、そろそろ本気で反省してよ!
私が無言で睨みつけて抗議をしていると、ジョニーが何か気づいた顔で
「と、ということは、お前はアイで、お前がスズナカか……。
か、顔が全然違うが……」
ジョニーがそう言った瞬間に、いきなり辺りの景色と私の身体が
自動早回しになり始めた。
あっという間に部屋が爆発して、ジョニーとスズナカだけが爆散して
一人無傷で残されて悲しむ私が、ジョニーの息子と共に
困窮した国に金鉱の金を使いながら取り入って
そして、急遽王国に襲い掛かかってきた竜や人影の大軍勢を
虹色の光を放つ私の身体が勝手にオートで倒していって
さらに勝利の宴が始まり、加速がまたもや早まって
その後は早すぎてほぼ分からないが、他国との小競り合いや
絵に描かれていた舞の場面、それに私の結婚出産に
中年になり国家の運営に苦心しているシーンや
老年になり転倒して、そのまま寝たきりとなり
家族や家臣たちから泣かれているシーンなどが一瞬ごとに過ぎていく。
そしてベッドの上で目を閉じて、辺りの景色が真っ暗になった。
……
「おーい、アイー大丈夫かー?」
セイの声が耳元でしてくる。ハッと両目を開けると
図書館でナナシやセイ、ジェーン、アニーに囲まれていた。
テーブルの上で古文書も積み上げられている。慌てて今起こったことを話すと
ナナシが顔をしかめながら
「……アイさんを引きあっているようだ。修正者とスズナカでね」
「ひ、引き合ってるんですか?なんで?」
「推測に過ぎないが、スズナカが過去へとアイさんの意識を引っ張っていき
今、また修正者がそれに気づいて、現代へと戻したのだろう」
「めっ、めちゃくちゃ迷惑な話ですね……」
リアルに三か月の間、向こうで暮らした記憶と感触がまだ残ってるよ!
早回しが始まってからの感触は一切ないけど、見たものだけは焼き付いている。
セイがニヤニヤしながら
「あのストーカーも粘るなぁ。しかし塩顔のブサメンまでも無事だったとは。
なあ、アイ、次行くときは、こっそりあいつだけ始末してきても良いぞ?
ストーカーの方はタカユキ救出のためにまだ利用価値があるけどな」
「さ、さすがにセイ様のお頼みでも、殺害依頼はちょっと……。
私もできるもんなら、永久に封印したいんですけど……。
あんなアホでも、この世界にはまだ必要ですし」
黙って聞いていたジェーンがウンウンと頷いて
「ま、ジョニーたちが帰ってくるまでに、混沌処理しちゃいましょう。
セイが居れば、どうにかなるでしょ」
「というか、私もまたいつ呼ばれるか……何か怖いんですけど……」
ナナシの話が本当ならば、私の意志は一切関係ないようだ。
ビクビクしながら、宗教画を描く会議をしていると
公文書館の扉が開いて、ナンヤとルナーが早歩きで近寄ってきた。
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