第174話 いい加減なうえにほんと無責任
地球のファッションで黒髪のルナーは椅子に座っている私の後ろから抱き着いてきて
「アイ、私がどうしても必要だそうだな?」
「う、うん。間違いなくその通りだね」
嬉しそうな顔になったルナーは私の隣に椅子を持ってきて座ると
「話は機中でナンヤに聞いた。モチモッチスウィーン教の神アニーさん
それにゲシウムの支配者セイさん、よろしく」
アニーは丁寧に会釈を返したが、セイは訝しげな瞳でルナーを見つめて
「人工生物か。アイが造ったのか?」
私は慌てて
「いや、セイ様、違います。複雑な事情がありまして。
ルナーちゃんはルナーちゃんです」
ルナーが首をかしげて
「ん?セイ様だと……?どうした……もしや!?臣従したのか?」
「ルナーちゃん、そうじゃなくて……セイ様が素敵なので
大事にしたいという私の気持ちでね?」
ルナーは途端にセイに敵意を向けると
「……セイさん、アイは私のものだ。奪っていくのは許さない」
セイはニヤニヤしながら
「大丈夫だ。セイ様にとって、フレンドの一人に過ぎん。
セイ様にとってタカユキと家族以外は特別ではない」
しばらく二人は見つめあい、ルナーはフッと力を抜き
「……分かった。ファンとアイドルの関係ということだな。把握した。
それよりも、アニーさんの姿を描く宗教画の適任者だが
アイ、少し意外な話かもしれないが……」
私はルナーの真剣なまなざしにちょっと緊張する。
「ミルンに絵を描く才能を与えてはどうだろうか?」
「……あの、なんでミルンちゃんを?」
ルナーはニヤリと笑って
「まず探すよりも、アイが才能を与える方が確実だ。
そして、ミルンはこれで二度目の改変なので慣れている」
「えーと……最初っからジャンキーで、その後匂いフェチに改変させられてて
それから地下世界を反転させるというアイデアを出した結果の相互干渉で
ジャンキー且つ匂いフェチになってて、もうぶっ壊れてるから
別にあと一回くらい何か付け足してもいいじゃないって聞こえるんですけど?」
親友なので忌憚のない意見を述べると
ルナーは不敵な笑みを絶やさずに
「その通りだ。それにミルンは地下世界も反転させるアイデアを出したのだろう?
奇抜な発想を絵にも間違いなく活かせるはずだ」
「……」
その通りって言っちゃったよ……でもいい考えなのは確かだ。でも倫理的には……。
私が黙って考えていると
ルナーと目を合わせたナンヤがスッとその場から消えると、
その一分後には、公文書館の扉から、パジャマ姿で髪がボサボサ
そして両目の下に深い隈があるという、明らかにラリッているミルンを
脇に抱えて連れてきた。
「あ、あああ……みなしゃんわぁ……いい匂いさせながら会議ですかぁ」
ミルンはフラフラとナナシに近寄って行って
そして何と彼の継ぎはぎだらけの紫の頬に自分の頬を合わせてスリスリしはじめた。
「あー……腐りかけの果物のような……芳醇なにおぃでしゅー」
そう言いながらポケットから取り出した錠剤を口に一気に放り込み
頬を紅潮させながら
「ああー……世界はなんて七色なのぉ……」
嬉しそうに床に座り込んで、ブツブツと何かつぶやきだした。
ルナーが黙って私の肩を叩く。
確かに、以前よりダメになってるかもしれない。
匂いフェチでジャンキーとかどんな世界なんだろうか……。
よ、よーし、ミルンを救おう。きっと絵の才能を与えれば
今度こそ彼女更生させられるはずだ。
私が立ち上がって、ミルンの近くにしゃがみ込み、手を翳して
変な嗜癖は消しつつ、この星で最高の絵の才能を彼女に……と強く念じた。
ミルンは急に素面に戻った顔で立ち上がると
「……」
私たちを見回して、アニーとセイを何度も交互に見つめると
「……美しい……」
と言いながら、フラフラとアニーに近寄って手を取って立ち上がらせた。
ナナシがジェーンの耳元に何かを囁くとジェーンは立ち上がり
素早く公文書館を出て行った。
「あの、あっ……ちょっと……」
ミルンはボーっとした瞳でアニーの身体を触ったり揉みしだき始める。
「まっ、待ってください……あの……」
「動かないで。触感を視覚に転化させるからね。ほうほう……この硬さか……」
「はっ、はい……えっ……あぁ……やめっ」
何を見せられているの!!という感じだが
ルナーはニヤニヤしていて、ナナシもセイも何ともない顔をしていて
ナンヤだけが真っ赤になって目をそらしている。
そしてしばらくして、アニーが床にへたり込むと
「よし、完了した。あとは私の部屋に来て」
ミルンはアニーの手を取って抱えるように公文書館から出て行った。
「……あの、大丈夫なんですか?」
ナナシが頷いて
「ジェーンに予め画材をミルンさんの部屋へと集めるように言っておいた。
あとは三人に任せよう。すぐにできるだろう」
あ、なんか急に嫌な予感してきた。めちゃくちゃ嫌な予感がしてきた!
謎の悪寒すら襲い掛かってきて、震えていると
ルナーが心配そうに
「アイ?どうした?」
「る、ルナーちゃん……私、また……」
過去に呼ばれてるかもしれない……と言った瞬間にルナーの頭がガクンと落ちて
急に私の全身の悪寒が収まった。
「あ、あれ……?ルナーちゃん?」
セイが楽し気に顎を上げてこちらを見ながら
「間違ったな。アイを呼ぶつもりがルナーを呼んでしまったようだ」
ナナシも冷静な顔で頷いて
「だろうね。それほど引き込む精度が高くないようだ」
心配になってルナーの肩を抱いている、ガバッとルナーの顔が上がり
「お、おおお……戻ってこられた……」
私の身体に思いっきり抱き着いてきた。
ルナーによると、確かに間違って過去へと引き込まれたらしく
行った先は高級娼館に勤めるアイ・メルリナーという娼婦の身体の中だったそうだ。
目覚めるとすぐ隣にスズナカが中に入ったルイーネ・ビローヌ
という娼婦が居たのだが
中身がルナーだと知ると、諦念が滲み出た何とも言えない顔で
「あ、じゃあ次のチャンスに賭けるわ。シーユーネクストライフ」
と言い残しそのままトイレに行って首をくくってしまい
一人取り残されたルナーは、ガイド役も無いままに国家間の陰謀に巻き込まれ
そして、仕方ないのでお得意様の大領主を騙して家を乗っ取ったり
策謀を張り巡らせて、周辺国を傀儡にしたりして
時には戦争を起こしたりもしていると、いつの間にか元娼婦で
巨大帝国の女帝になっていたが、信用していた部下の裏切りで全てを失い
六十代前半には流刑地の島で数名の側用人と暮らしていたところ
斜陽になった故国から持ち上げられて、女帝として返り咲くも
竜やレイスの大群に国ごと滅ぼされてしまい、最後は山小屋で
その長い波乱に満ちた生涯を終えた。とのことだった。
話し終えたルナーは疲れ切ったため息を吐いて
「……さっさと自殺したスズナカがガイドとして居れば違ったのかもしれないな」
「いい加減なうえにほんと無責任だよね、あの人……」
何がシーユーネクストライフなのか……ちゃんとガイドしてほしい。
少なくとも修正者に爆散させられるまでは……。
その後、宗教画が完成するまでは解散ということになり
忙しいらしいナンヤはワープして自分の星へと帰り
ナナシとセイは公文書館で芸術について本を借りて
中庭で二人で議論を交わし始めた。
私はルナーと、ミルンたちの絵画作成の現場へと言ったが
チラッと扉を開けて見ると
一糸まとわず脱がされているアニーとそしてジェーンが
ミルンに何かブリッジのような逆さぞりの格好をさせられていて
慌ててやめさせようとするとルナーから止められたので
完成するまでは放っておくことにした。芸術は分からないよ!
ゆっくり夕食を食べて、そして二人でお風呂に入り
いざ、就寝というときにものすごい悪寒がしてくる。
「あ、ルナーちゃ……」
そう言いかけた瞬間に、辺りの景色が凄まじい速度で逆さ回しになり始めた。
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