第169話 朝食

その後、私は久しぶりに宮殿でのんびりと過ごした。

多少は天帝国についての話もレスリーから聞かされたが

聞き手が私一人だと、引っ掻き回すアホが居ないので五分で済んだ。

ナナシやジェーンと美味しい食事を食べて

そしてゆっくりと寝ることにする。

どうせ、あの災厄コンビはいずれ自力で帰ってくるので

それまで、久しぶりの自分の人生を楽しみたい。


翌朝、自室の天幕付きのベッドで起きると

「あのさーアイちゃん?起きて?」

「おい、アイ起きろ。セイ様が来てやったぞ」

ナンヤとセイがベッド脇に居て飛び起きた。

金髪と銀髪の二人が並んでいる光景に

「ナンヤちゃん、おっ、おはよう……セイ様、おはようございます……」

まったく予期していなかった来客に戸惑っていると

セイは化粧台からヘアブラシを取ってきてベッド脇に座ると

長い手を伸ばして私の髪の毛を整えながら

「……ミイが消えただろ。この星で」

ナンヤも難しい顔でその隣に座ってきて

「あのね?ちょっとこっちで困ったことになっててー」

「あっ、あの……ちょっと待ってください」

二人ともここにワープしてきたんだろうか……。

どうしてセイまで私のベッドの隣に……という私の疑問を理解したかのように

「私がセイさんを連れてきたの。邪神討滅号っていう船に乗せて」

「よ、よくわからないですけど、そうだったのね……」

理解が追い付かないが、とにかく起きようとパジャマのまま

ベッド脇に立ち上がると、セイが難しい顔で

「なんか食わせてくれ。セイ様はお腹が減ってるからな」

「わ。わかりました……」

とりあえず着替えようとすると、ジッとセイは私の身体を見ている。

「あの……恥ずかしいんですけど」

「いや、特に美しくもないなと思ってな、普通だな」

「……」

確かにそうだけど、一々言われたくはないよ!

でも、本当に美しいこの人から言われたなら許せるかも……。

複雑な気持ちになっていると

「セイさーん、失礼でしょー?ちょっと廊下に出てようよー」

ナンヤがセイの手を取って扉の外へと引っ張っていって閉めた。


久しぶりに公務の時の服に着替えて、二人を連れ食堂へと向かっていると

ジェーンがナナシと共に横の通路から出てきた。

「あ、ナナシさん。お久しぶりー」

屈託のない挨拶をするナンヤにナナシは微笑んで答えて

セイを凝視しだした。ジェーンが少しムッとした顔をして

「王様、こんな頭の悪そうな女のどこがいいんですか?」

「いや……相当に特異な恵まれた才に包まれた女性だと思ってね。

 お名前は?」

「セイ様だ。ふむ……お前はとても美しいな。

 諦念と猟奇的な見た目がシンフォニーを奏でている。

 さらに過ぎ去った月日といぶし銀の知性の重厚さがにじみ出ているな。

 どうだ?今度、絵のモデルにならないか?きっと名作になる」

私はショックで固まってしまう。あの……私の見た目ってこの人の中では

継ぎはぎで紫肌で毛のないナナシ以下なの……?

ジェーンが慌てた顔で

「ちょ、ちょっと待って。あなたの評価はとても適切だけど

 王様は、絵のモデルになんてならないから!」

ナナシは苦笑しながら

「……私はアイさんがこの中では最も美しいと思うがね。

 何者でもないという普遍的な爽やかさを、未だ捨ててはいない。

 個性や才能というのは騒がしく、そして歪なものだよ」

セイはとてつもなく興味を惹かれた顔でナナシに歩み寄り

右手を差し出すと

「……名前を教えてくれ。セイ様とこの未開の野蛮星に芸術を広めるぞ」

「私はナナシだ、名前はとうに失くした。アイさん、芸術を彼女と広めるのも

 混沌の消費にいいかもしれないね」

「は、はい……あの、立ち話も何なので……朝ごはんに……」

私は何となく気落ちしつつ、食堂へと皆を先導する。


朝日が窓から差し込んできている食堂の席に着き

食事が運ばれてくると、ガツガツと食べ始めたのはナンヤだった。

「おいしいねーお代わりいい?」

離れて控えている給仕係のメイドにためらいなく手を挙げて

新しい皿を持ってこさせている。

他の四人は静かに食べ始めた。

「あの、それで、セイ様、スズナカが消えて何が問題なんですか?」

セイは軽くため息を吐いて

「ミイのやつ自体は正直どうでもいい。あれはヤバいストーカーだからな。

 アイも知ってるなら、あいつがおかしいことわかるだろう?

 もし永遠に居なくなるならそれはそれでいい。宇宙のためだ」

私が頷くと、セイは憂鬱そうな顔で

「けれど、あいつが長いこと居なくなると、タカユキが簡単には帰ってこなくなる。

 それは困るんだ。タカユキが皆にどれだけ皆に慕われてきたか……」

「あの、セイ様、タカユキってタジマさんですよね?どういうご関係が?」

セイはサラダをフォークで突きながら

「フィアンセだ」

私とナンヤが同時に驚きで噴き出しそうになって

ナンヤは慌てた顔で必死に飲み込んでから

「違う違う!お父しゃんは、私のお母しゃんとしか結婚しません!」

「あれ、ナンヤちゃんのお父さんって……」

セイが真剣な顔で頷いて

「ああ、ナンヤはタカユキの娘で三人兄妹の長女だ。

 そして、セイ様はタカユキの第二の嫁になる女だ」

また私は噴き出しそうになって

「せ、セイ様、わざわざ二番にならなくても、宇宙にはいい男が沢山いますよ……。

 セイ様くらい能力があれば、無数に選べるはずですが……」

ナンヤもブンブンと首を縦に振って頷いている。セイは首を横に振り

「いや、駄目だ。タカユキ以上の男は居ない。

 そして平和主義のセイ様は略奪婚はしたくない。なので二番目の嫁だ」

「……」

全然わかんないけど、いっ、生き方ってそれぞれだよね……愛の形もね……。

私ごときがこの方の生き方に口を出さない方がいいかもしれない。それよりも

「ナンヤちゃんは、お父さんが帰ってきてほしいよね?」

ナンヤは黙って頷いた。両親を失った私には気持ちが痛いほどわかる。

しかし、明らかに私と年齢が近いナンヤの父親だということは

今のタジマはジョニーや私とはかなり年齢差があるのだろうか……。

いや、私たちもいきなり時を飛ばされたりしたので

彼もまた似たような感じなのかもしれない……。

本人若いまま、子供はほぼ成人みたいな……。

ずっと黙っていたナナシが

「スズナカですらも見つけられないとなると

 そもそも生きているのかね?ナンヤさんのお父様は」

鋭い質問をいきなり挟んできて、ナンヤは顔を真っ赤にしながら

「お父しゃんは死にません!!普通の存在ではないのです!」

ナナシは真剣な顔で頷いて

「……まあ、アイさんたちが敗北した、彼の代用の身体になるはずだった

 ホムンクルスの強さからして並の存在ではないのだろうね。

 ただ、私から提案させてもらってもいいかな?」

ナンヤとセイがジッと二人を見つめる。

「スズナカとジョニー君を救出しようにも我々には手立てがない。

 そしてあの二人は、自力で還ってくる可能性が高い。

 今のうちにというと二人に失礼だが、混沌の整理をしておくべきではないか?」

セイは不思議そうな顔をして

「もしかしてこの星は、混沌粒子の流れが悪いのか?」

ナンヤが手短にセイに説明すると、なんと彼女は美しい顔で笑い出した。

「管理者が素人続きだったんだろうな。

 そうか、定期的に更地にしてたとは何と想像力のない者たちだ。

 素晴らしい芸術品たちもそのたびに失われたのだろうな」

「せっ、セイ様、もしかして……」

セイは自信に満ちた顔で

「任せろ。セイ様は同じような混沌粒子に満ちたゲシウムの管理者だからな。

 力になれると思うぞ。あとこの未開の星に真の芸術の促進もしてやろう」

ナンヤが訝しい目つきでチラチラとセイを見ているのがちょっと心配だが

これでまた希望が見えてきた。

やっぱりスズナカとジョニーは居ない方が上手くいってるよ!

頼むから、この星の混沌の整理が終わるまでは帰ってこないでほしい。


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