第13話 恋愛先輩風

うなだれている私と、やる気満々のジョニーはいま

シルマティック公国首都モルスァーナの楽し気な人並みの中を

外向きの服を着たメイド長のパウリーヌにいざなわれて歩いている。

公爵たちと兄弟姉妹は今日一日かけて、大公の意見も伺いながら

私とジョニーの戦地での扱いを練るとのことだ。

その間に私たちは市内の見学をすることになった。

ちなみに公爵によると、私たちが昨日ワープしてきた時

兄弟姉妹と各地の要人を国中から集め

衰退していく国の今後を話し合っている最中で

最高のタイミングだったと感謝していた。


晴れ渡った青空の下

活き活きした人たちがいきかう市場の遠くにそびえる

巨大な城郭を持つシルマティック城を眺める。

あそこが私たちがワープしてきた場所だ。

「おい、アイ、あの子とか俺の奴隷にいいんじゃないか?」

いきなりアホが何か言ってきて、指さした先を見ると

十三くらいの褐色の肌で金髪の少女が

大きなかごをもって市場を買い物しているところだった。

メイド長のパウリーヌが

「メンディスナル族の女の子です。

 多民族国家である我が国の主要民族です。大事になされてください」

遠回しな物言いじゃアホには伝わらないよねと

「ジョニー、大事な市民だから奴隷にするとか絶対にダメだって」

私が補足すると、ジョニーは別の少女をもう目で追っているところだった。

めちゃくちゃムカついたが、はぐれて余計なことをすると悪いので

私がアホの右手を握って連れて行こうとすると

「アイ、どうした?嫉妬してるのか?」

と勘違いしたことを言ってきたので、腹パンを一発入れようとして思いとどまり

「ジョニー、あんたさぁ、女の子を奴隷にするって

 それ、ちゃんと女と付き合ったことない男の発想だよ?

 あんた、もてたいんでしょ?それじゃダメだよ」

何となく出て来た言葉を言うと、ジョニーはショックを受けた顔をした。

私も男とつきあったことはないので、そんな気がしているだけだ。

「あ、アイは……もっ、もしかして処女じゃないのか?」

ジョニーの絞り出してきたような言葉に、一瞬ドキッとするが

なんとか私は取り繕って

「そ、そりゃ、十八だし恋の一つや二つくらいはあるでしょ。

 みっ、三つとか?もっ、もしかして八つくらいとかね?」

かなり無理した恋愛先輩風を吹かせてみた。

ジョニーは唖然とした顔をしたあとに

「そ、そうか……ヒロインがヤリマンのパターンか……。

 くっ、これでは上級者向けアニメになってしまう……なんてことだ……」

「ちょっとあんた……よくわかんないけど

 いま、私どころか、全女に対してすごく失礼なこと言ってない?」

ジョニーは答えずに傷ついた顔をしてうつ向いてしまった。

よくわからないが、アホの無暗なやる気を削いだので良しということで

私はジョニーの手を引いて、パウリーヌの後ろをついていく。


時には馬車に乗り

所々で食事休憩を入れながら、広い首都を私たちは見回る。

首都の隅々に至るまで、どこでも感じたのは、とても活気があるということだ。

衰退する国の首都とは思えないほど、人々は商売や生活に精を出し

スラム街すらないようなので、

よくわかってない私にも、経済はとても安定しているように見えた。

祖国に居たときは「シルマティック公国」と聞くと

そのうち消滅する小国だと、私も含め、どこかバカにしていたが

実際に見てみると、そんな気配は微塵もなかったのが意外だった。

公爵が優しすぎて、他国に領土を取られすぎているのかな……。

私が城に戻る馬車の中でそんなことを考えていると

一日中、黙りこくっていたジョニーがポツリと

「な、なあ、アイ、俺、お前が非処女のヤリマンでも

 受け入れようと思う……」

「……」

ああ、このアホはそんなことを一日中悩んでいたのか……。

ぜんぶ私の嘘だってことも気づかずに……。

「アニメだとしたらきっと深夜の玄人向け枠になるかもしれないが

 いいんだ……ゴールデンじゃなくても。

 ひっそりとマニア受けするような展開を二人で育んでいこう……」

よくわからないことを言ってきたアホに、私はため息を吐いて

「あのさぁ、まだジョニーはわかってないよ。

 女の子にとって恋ってのはいつでも新鮮なの。

 男みたいにクヨクヨ引きずらないんだよ?

 あんた分かってる?経験人数の問題じゃないの」

昔、学生時代にもてる女友達から聞いたかっこいいセリフを言ってみる。

ジョニーは私から目をそらして、座席に膝を抱えて顔をうずめてしまった。

ちょっと傷つけすぎたかな……と一瞬心配になるが

このアホは元気がないくらいでちょうどいいと思い直して

私は馬車の窓から、暮れていく夕日を眺めていた。


城へと戻ると、軍服をきたサウスが待っていて

城壁内で馬車から降りた私たちを兵士たちと出迎えてくる。

「どうだ、良い街だったろ。みんな兄貴を信じてるんだよ」

ニカッと笑って言ってきた浅黒く筋骨隆々としたおじさんに

私は頷いて

「こんなに栄えているとは思いませんでした。公爵様の人徳だと思います」

真面目に正直な感想を口にする。サウスは嬉しそうに頷き返してくれてそれから

「おい、ジョニーどうした。元気ねぇな」

「ああ、サウス聞いてくれ……アイが、アイが……」

ジョニーはフラフラとサウスに近寄ると、耳元にボソボソと何かを告げる。

次の瞬間サウスは腹を抱えて大爆笑し始めて

「おま……ほんと、ガキだなぁ……アイちゃんが……がはははははは!」

私をチラチラ見ながら爆笑している。

ああ、恋愛経験無いのばれてるな……と気まずくなっていると

サウスが笑いながら近寄ってきて

「ジョニーに余計なことは言わねぇから、心配すんなよ。

 それより、戦略会議と軍議も終わったし

 これから戦地に行くが、あんたらいいのか?」

「えっ、もうですか?」

私が愕然としていると

「ああ、兄貴が朝の会議で、"明日"っていっただろ。

 つまり今日中に戦地にやれってことだ。公爵様のご命令は絶対なんだよ。

 兵は拙速を貴ぶ。そして大きな物事を静かに遂行するなら夜がいい。

 心配すんな、馬車ん中、寝てれば明日の朝には戦地についてる」

「……はい、お願いします」

私は即座に腹をくくった。

ミッチャムが来るまではシルマティック家に保護されるしかない。

サウスは嬉しそうに元気のないジョニーと肩を組みながら

近くに用意された軍用の大きな馬車に、私たちを連れていく。

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