第14話 ボルニック峡谷への道中
大きな馬車の中は外から見たよりも広かった。
私たち二人とサウス以外は誰も中には乗ってない。
私とジョニーは寝袋を渡され、とりあえずそれを足元に敷き
サウスが外の御者席に向かって
「バクスン、出発進行だ。安全なルートを使って、決して急ぐんじゃないぞ」
「アイサー!ボス、揺れない速度でいきまさぁ」
外から野太い声が返されたのを確認すると彼はホッとした顔で
私たちの近くにドカッと腰を下ろして
「戦地まで十時間ってとこだ。まぁ、食べろよ。
ゲストであるお前らのために、ワインも干し肉も、干し野菜も何でもある」
ニカッと笑って、馬車内後部に山と積まれた食料を指してくる。
私は立ち上がって
「サウスさんは何が?」
「嬢ちゃん悪いね。じゃあそこの緑のワインの瓶とコップ
あと、干し肉多めで頼むよ」
私はササっとサウスに言われたものを彼の目の前に置いて
チラッとジョニーを見る。
「旨いもんくれ……」
力なく言ってきたジョニーに、干し肉と、ジュースの瓶を渡して
私の分も適当に選んで取ってきた。
三人で車座になって食べ始めると、サウスが
「酔って寝ちまう前にボルニック峡谷の説明しといていいか?」
私が頷くと、彼は少し真面目な顔になり
「我が国の西部地帯へと繋がる
東西八キロに渡って伸びる深さ二十メートルの谷の左右の崖に
赤鎧って言われてるセルム竜騎国の精鋭兵団が陣取ってる。
数は約八百ってとこだが
全員、小型飛竜ワイバーンに乗る真紅の鎧を着た竜騎士だ」
「……祖国に居たときに、何となく聞いています」
うちの両親が戦った隊ではないが
戦争中にかなり厄介な存在だったとどこかで聞いた記憶がある。
ジョニーはもそもそと干し肉を食べているが
未だに私の嘘を引きずっているらしく、どこか茫然とした顔だ。
サウスは、その様子をチラッと見て苦笑いしながら
「八百名のうち七割は光魔法ライトアローの使い手で
さらに四割は風魔法ウインドブローの達人だ。
魔法の不得手なものも、弓で簡単に数百メートル離れた人間を射殺してくる。
つまり、並みの兵士にゃ、近寄れねぇってことなんだよ」
「長距離攻撃と飛竜の機動力ってことですね……厄介ですね」
「ああ、そうだ。嬢ちゃんよく知ってるね。
数は八百だが、戦力的には一般兵換算で二万ってとこだな」
快活な笑い声で私を褒めてくれた浅黒い筋骨隆々のサウスに
「両親はテルナルド随一の魔法使いコンビでしたから……」
ポツリと呟いてしまうと、サウスは少し考えた顔をしたあとに
「……相手が悪かったのさ。ネルファゲルト夫妻っていえば
泣く子も黙るテルナルドの主力だったからな」
「……」
一瞬、泣きそうになる。
やっぱり他国でも有名だったんだ……。
サウスは少し慌てた顔で
「ああ、思い出させたなら悪かったな。
嬢ちゃんの両親と同じ武人の端くれとして、許してくれや」
「……いいんです……それで、ジョニーは何をすれば……」
「……俺たち兄弟の持ってる確定情報だと
ジョニーはシンフォニックドラゴンバスターを撃てるだろ?
つうか、うちのママの真横で撃ったよな?」
「あ、あの時はこのアホが失礼しました……」
私が頭を下げそうになるのを、サウスは笑いながら手で制して
「いいんだよ。ママはああいうの好きなんだよ。
昔はあの手のことやる武人とか、策略家を何人か飼っててな。
むしろ、昔を思い出して喜んでたくらいだ」
ジョニーはいつの間にか、私の膝に頭を乗せて寝息を立てだした。
退けたいが、今はサウスとの話に集中したいのでそのままにしとこう。
サウスはその様子を見ながら、ワインを飲み
「話がそれたな。そんでな、何発くらい撃てるんだ?」
「分かんないですけど、以前に測定した魔力値が五十三万ヌーレルなので
一発一万としても、五十三発はいけるかなぁ……」
サウスは両眼を見開いて
「おおぉ……姉貴たちと練った作戦では三発のつもりだったが、七発にするわ。
当然、竜騎士たちにも魔法障壁部隊が百人くらい居るわけだけど
二発でひび割れて、三発目来たら逃げると思うんだよ。
あと四発は、相手に当たらない角度で谷の上に適当に連射してくれたらいいぜ。
立ち位置はこっちで教えるからよ」
「そ、そんなものでいいんですか?」
拍子抜けした私の言葉に、サウスは苦笑いしながら
「光の最上級魔法七発も撃てるやつなんていねぇからな。
あっ、そうだ。勝ったらジョニーに高級ソープおごっていいか?
やっぱ男は、女をしらねぇとだろ?」
「だめです。このアホに娼婦なんて覚えさせたら大変なことになります」
即座に否定した私にサウスはスキンヘッドを触りながら
「おお、こええこええ。仰せのままに従いますかね」
そして、また爆笑し始めた。
その後、八時間ほどほとんど揺れない馬車で寝ていると
ジョニーから揺さぶられて起こされる。
「……何よ……」
「しっこ……しっこがしたい……」
近くではサウスが気持ちよさそうに寝袋で寝ている。
悪いと思ったが、彼を揺らして起こして伝えると
「ああ、わりぃわりぃ、ちょっと馬車とめるわ。おい……」
と声をかけようとするのを止めると
次の瞬間には、荷物の中から長刀を手に取り腰に帯刀すると
私とジョニーを背にして守るように、刀にてをかけて
馬車の外を見回しだした。
「ふぅ、バクスン。いいやつだったな」
彼は悟ったような顔で寂しそうに笑うと
「なぁ、嬢ちゃん、ジョニー、この馬車がもう敵の手に落ちてるとしたどうする?」
事態を察して青ざめた私の横で、ジョニーが
「おい、アイ、何か威力のある魔法を教えろ。
敵がいるなら全員倒して、早くしっこしたい」
ぶるっと身体を震わせた。私は半ばパニックになりながら
「えっ、ええーと……セイルトゥムーンは消費魔力分からないし
わ、わたしは、禁呪そんなに知らないから……ど、どうしたら……」
「嬢ちゃん、ジョニーの属性は光と無とあとはなんだ?」
刀を構えて周りを見回しながら、冷静な口調で尋ねて来たサウスに
「無属性と、雷と光の混合属性です……」
「よし、ジョニー、両手を広げて頭上に掲げろ。
それから、"天罰よ、邪悪なるものに降り注げ"って言うんだ」
「さ、サウスさん、その呪文って……」
私が止めるまでもなく、ジョニーはサウスに言われた通りの体勢
いや……足元だけはおしっこに行きたいのか股を合わせて内またで
「天罰よ。邪悪なるものに降り注げ……」
そう静かに呟いた。
次の瞬間、空から耳が聞こえなくなるほどの大音量の雷鳴が降り注いで
そして「あががが!」「ばばばばばぼぼぼべぼはべ……」「びゃおっ……」
奇声が馬車の天井や周囲でそこら中に上がった。
雷魔法最上級呪文、レイジゴッデスだ……周囲の敵対するものだけに
骨まで黒焦げにする神雷を正確に落とす、恐ろしい殺戮魔法。
馬車が停止したので、警戒したサウスを先頭に外へと出てみると
服がすべて焼け焦げて、髪の毛までチリチリになった黒焦げの男女が
馬車の周囲に、四人、そして天井に一人倒れていた。
サウスは刀から手を離すと、大きく息を吐いて
「良かったな嬢ちゃん、高級な対呪文装備してたみたいだわ。誰も死んでねぇ」
「……」
私は胸がドキドキしすぎて、何も話せない。
ジョニー近くの草原で小便をし始めた。
サウスは、這って逃げようとしていた比較的ダメージの軽い女を捕まえると
「おい、どこの手のもんだ」
「……」
答えない女の首筋をトンっと叩いて気絶させ
馬車の中から、縄を取り出して縛りだした。
「俺はなぁ、この手のは即座に首を掻いて殺っちまうのがいいと思うんだけどよ。
兄貴が殺すなって言ってるからな。向こう着いたら捕虜として尋問するわ」
そう言って、馬車の中へと放り込み始めた。
私は、頭が真っ白なまま見ているしかない。
えっ、えっと……何が起きたの……馬車で寝てたら
いつの間にか馬車が乗っ取られてて、その乗っ取り犯たちを
ジョニーがレイジゴッデスで一掃して、でも誰も死んでなくて……。
そのジョニーが小便が終わり、ブルっと体を震わせると
「ああ、すっきりした……」
清々しい顔で私を振り向いて見てくるのが何かムカついた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます