第21話 私達の救世主(メシア)様
背の高い三人の外国人に声をかけられ、英会話もマトモに扱えない俺は、内心で6秒を数えるばかり。
しかし三人組は流暢な日本語で話しかけてきて――なのにナンパされている側の
「キミ、綺麗な金髪だね! 日本人じゃないかと思ったよ、一瞬。……俺達も同じテーブルに座って良いかな?」
三人組の中で先頭に立っていた、短い金髪の碧眼な白人男性。
銀色のネックレスを首元でチャラチャラ鳴らし、明るく軽快な口調で声をかけてくる。
しかしノリは軽いが、腕は太いし肩幅もガッチリしているしで、
「あー……。とりあえず、俺らと遊ぼうぜ」
白人の男性に続いて、一番背の高い黒人チャラ男さんも、コーコ達に話しかける。
ただ、何か……『言いたくないけど言わされてる感』たっぷりに、明後日の方向を見ながらのナンパだった。
本人としては乗り気じゃないけど、他の二人にムリヤリ付き合わされているのだろうか?
「オレら、他にも美味しいお店とか知ってるしさ! ちょうど3対3だし、皆で食事にでも行かない?」
そして三人組の最後の一人は、アジア系の黒髪お兄さんだった。
丸い眼鏡をかけているが耳にピアスを開けていて、紳士的に振舞っているけど『怖さ』がある。
「えー? どうしよっかな~?」
さっさと断ってくれれば良いのに、コーコは俺の方をニヤニヤ見たまま、答えをはぐらかしている。
……この
周囲をぐるりと見回してみると、他の客達は此方の様子が気になっているのか、チラチラ視線を送ってきていた。だが、誰も介入しようとはしない。当然か。
声の可愛い女性店員も、他の客のテーブルへコーヒーを置いたりして接客しながら、少しばかり気にしているようだ。しかし注意したり助けに来てくれる様子はない。
「コッチの黒髪の子も、よく見れば可愛い顔してるね~」
コーコをナンパしていた金髪のチャラい外国人が、今度はリッカに狙いを定めた。
「ひゃひぃっ!?」
リッカは俺と同じように酷く緊張し萎縮しているようで、縮こまって席に座っていた。
しかし必死に気配を押し殺していたのにナンパされ、しどろもどろになりながら震えている。
「い、いやいやいや、せせせ拙者など、ただのモブキャラであって、攻略対象ではないので……っ!」
オタク以外には伝わらないだろ、その断り文句。
俺がそう思った通り、ラッパー衣装な黒人男性を除く、他二人は上機嫌に笑うばかりだった。
「ハハ! 『拙者』だって! 侍ガールか? ますますキュートだね」
アジア系の眼鏡&ピアスお兄さんはリッカを気に入ったようで、俺達三人が座るテラス席の空いていた椅子を引いて、勝手に座り込んだ。
かなり強引だ。簡単には帰ってくれそうにない。
「………………」
一人、ナンパに積極的ではない、不機嫌そうな黒人チャラ男ラッパーさん。彼は俺のことをジッと見下ろしたまま、ずっと無言だった。怖い。超怖い。
差別や偏見の意識はないけれど、もし『そういうタイプ』だとしたら、悪いが俺にソッチの嗜好はないということだけは伝えたい。
だが、彼の目線は俺を狙っているというより……何故か『怒り』の感情がこもっているような、それでいて品定めするかのような目つきだった。なんとなく、そう感じた。
「なぁ、良いだろお嬢ちゃん?」
「えー、兄貴に聞いてよ~」
ふと、俺と黒人さんの目線は同じ方向を向く。
そこではコーコが白人男性にナンパされ続けており、彼女は決定権を俺へと委ねてくる。
「……はぁ。……あの、俺達はただ買い物しているだけなんで。悪いですけど、他を当たってくれます?」
とりあえず穏便に、どうにか立ち去ってくれないかと、低姿勢でお願いしてみる。
相手は長身でガチムチな外国人の三人組。喧嘩になったら絶対に勝てない。
最悪の場合は、持ち合わせは少ないが財布を差し出してでも逃げるつもりだ。
「彼氏かと思ったらお兄ちゃんなのか! なら今フリーってこと?」
だが白人の男は俺の言葉など大して聞いていないようで、コーコの小さな肩を撫で回す。
そのいやらしい手つきに、流石のコーコも不快に思ったようで、嫌悪感が表情に出ている。いよいよ洒落にならなくなってきた。
「こんなに可愛いのに勿体ないね。ここで出会ったのも何かの縁だし、とりあえず連絡先だけでも交換してく?」
アジア系のピアス男は、リッカが困惑して何も言えないことを良いことに、話を強引に進めていく。
リッカは汗を浮かべ、「は、はひ……」と過呼吸気味になり、かなり怯えている様子だった。
「……あの、そろそろ本当に迷惑なんで、いい加減――」
「面倒臭ぇな」
すると。
それまでナンパに乗り気ではなかったはずの黒人お兄さんが、大股でズカズカ歩み寄ってくると――コーコとリッカの細い腕を掴み、ムリヤリ立たせようとした。
「オラ、行くぞ」
「きゃっ……!?」
「ひっ……! お、お兄ちゃっ……!」
困惑するコーコ。
恐怖に顔を青ざめるリッカ。
白人とアジア系の二人も、黒人男性の突然の行動に驚いたようだ。
その瞬間――俺の中で、『何か』が弾けた。
「――ぁあ?」
コーコとリッカを強引に連れ去ろうとする男。嫌そうにしていたのに、しつこかった他二人。
全身の血液が沸騰するような感覚が、俺の体中を駆け巡る。
思考の全てが、一瞬消えた。
座っていた椅子から立ち上がる。
脳内で『流れ』を組み立てる。
まずは椅子を掴み、
手を伸ばせばすぐに、コーコがチーズケーキを食べる時に使っていたフォークも掴める。
他の客のテーブルには、運ばれてきたばかりの熱いコーヒーも湯気立っていた。
それらを使えば、3秒は稼げるだろう。
そんな思考を巡らせた俺を見て、コーコとリッカの顔が青ざめた。だがそれは、自分達が連れ去られそうになっている事態に対してではない。
椅子から立ち上がった、尋常ではない雰囲気の兄を――『6秒』を数えることすら放棄した俺に対する、焦りだった。
「兄貴っ!!」
「落ち着いて!!!」
悲痛な叫びで、カフェの中が静まり返る。
そして俺もハッと気づき、椅子の背もたれを掴んだ姿勢のまま、硬直してしまう。
俺は――今、何をしようとしていた?
「はっ……は……はぁっ……」
落ち着け。6秒を数えろ。また繰り返すのか。小学生の時みたいに――また誰かを傷付けて、血を流させる気か?
思い出せ。俺の人生のテーマは『冷静沈着』。
アンガーマネジメント法は、二度とあんなことを起こさないために習得したんだろ。
「………………。……オイ、お前――」
そして黒人の男がコーコとリッカの腕から手を放し、俺へと向き直ると――。
「――救世主様!!! どうか、我らに救いの道を!!!!」
無数の車が走っている大通りを、信号もない道路のド真ん中を横切って。
ボロボロの服を着た老人が、血走った目で駆け寄ってきた。
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