第20話 デート・ア・ライフ

 柏木家が引っ越してきたこの町は、田舎というほどさびれていたり自然豊かなわけではないが、都会と呼ぶには人口が少ない、実に中途半端な町だった。


 南側には海岸線が伸びており、夏になれば他の町や都市からも、無数の海水浴客達が訪れて賑わう。

 東側は漁港となっていて、早朝に水揚げされた新鮮な海産物が、その日のうちに町の寿司屋やスーパーに並ぶ。

 西側には高速道路へ続くインターチェンジがあり、町の住人達は高速道路か、もしくは電車を利用して町の外へと遊びに行く。

 北側に広がるのは田園地帯や工業地帯。

 そして街の中心部は商業エリアとなっており、特に駅前には大型ショッピングモールや服屋に本屋にアニメショップにカフェやレストランや居酒屋にと……多くの店舗が軒を連ね、そこに人々も集まる。


 特に今日は、日曜日ということもあって混雑していた。


 家族連れや恋人達カップル学生若者達で混雑する人波に、インドア派な俺と六花リッカは即座に疲弊してしまう。

 だがそんな俺達の腕をグイグイ引っ張って、五子コーコは上機嫌で買い物デートへと繰り出した。




「――……ねぇ兄貴、どれが似合うと思う?」


 お目当ての化粧品コスメを購入し、それで買い物終了――と、なるはずもなく。


 コーコは次に服屋へ向かい、春の新作ファッションを吟味していた。

 試着室から次々と現れる、ワンピース姿やアメカジやストリート系コーデの妹。まるでファッションショーのようだった。

 そして試着室のカーテンの隙間から、金髪ツインテールの小顔だけを覗かせつつ、「どれが良かったか」を期待感に満ちた表情で聞いてくる。


「……どれも似合うと思うぞ」


「出た。それ、何も答えてないのと同じだからね?」


 期待に目を輝かせていたが、一瞬で渋い顔になる。男子として0点の回答だったらしい。

 でも実際、どんな服だろうと完璧に着こなしているのは事実だし。そもそもファッションセンスのない俺には、どれもオシャレに見えた。……でもそれじゃダメなんだろう。模範解答を教えてくれ、我が友金次郎キング


「そだ。リッカも着てみたらー? どうせ身体のサイズ、アタシと同じだし。黒い服ばっかじゃ飽きるでしょ」


「い、いや、拙者は……!」


 コーコはリッカも試着室に誘おうとする。


 しかし当のリッカは顔を赤くして、断固拒否しようとしていた。……というか、二人ともなんだな。

 変な想像を巡らせた俺に対して、リッカは「お助けを兄者! 試着室に連れ込まれる!!」と助けを求めてくる。だが、朝のリビングで俺を助けてくれなかった罰だ。無視しよう。


 そしてコーコによって試着室の中へ引きずり込まれていく姿を、冷ややかな目で見送った。これで御相子イーブンだな。


「……兄貴も一緒に入る? 試着室」


「なんでだよ」


 試着室のカーテンから顔だけ出して、からかうような笑顔を向けてくるコーコ。だが俺は6秒を数えて、冷静に対応する。


 このアンガーマネジメント法を習得していなかったら、きっと陰キャ丸出しで顔真っ赤にして、動揺しまくっていたことだろう。そもそも、女性客ばかりな服屋に足を踏み入れることすらできない。


「まぁ良いや。ほらほら、リッカも脱いで脱いで~」


「拙者はこのままで良いでござる! ステファン・ウルフをリスペクトしているので! 黒き衣は『いつでも死者を弔える』という意味の喪服なので!」


「アンタがいつ死者を弔うのよ」


「……公式の火力に限界化したオタクが、あまりの尊さに昇天した時とか」


「いや意味分かんないんだけど?」


「俺は分かる」


 アニメや漫画の公式側から供給される、素晴らしい物語や衝撃の展開。あるいはファンなら誰でも欲しがるグッズ販売や新規情報・裏設定の開示などで、興奮して死ぬほど感情を揺さぶられる経験は――俺も一人のオタクとして理解できる。


「流石は我が兄者……! 血の繋がりを感じますぞ! 『俺は血を流してやるから――」


「――お前らは俺に負けて涙を流しな!』」


 銀河カウボーイ・ステップの主人公ステファン・ウルフの決め台詞。俺とリッカの息はバッチリ合っている。

 ただ、オシャレな女性向けの服屋でやるべき掛け合いではなかったと思う。


 当然、陽キャなギャルのコーコには意味不明だったようで、「二人だけで盛り上がるとかズルーい」と不満そうな声を漏らしていた。




***




 コーコが購入した大量の衣類が詰め込まれた紙袋。それを両手にぶら下げつつ、駅前の大通りを妹達と共に歩く。

 これらの服はコーコとリッカで共用で使うらしいが、重量としては普通に二人分の服の重さだ。

 可愛い妹達との休日デートというか……コレ、単なる荷物持ちとして駆り出されただけでは? と気付いた頃には、時すでに遅し。


 兄として文句も言わず大通りを渡り、服屋の次に、全てのアニメ好きや漫画ファンにとっての聖地オタメイトに到着した。

 この町のオタメイトは、近くに鮮魚店があるため『日本一魚臭いくっせぇオタクショップ』としても有名な店だった。


「――……ふぉおおっ……! ステファン・ウルフ仕様マグカップ!! 無事にゲットォォオ! しかもステッカー付き! 月の女神アルテミスに感謝……!! ……やった……! 本当に嬉しい!」


 欲しかったグッズを購入できたようで、リッカは黒縁眼鏡の奥の瞳をキラキラ輝かせて喜んでいた。


 あの笑顔は――子供の頃、ずっと欲しがっていた女児向けアニメのグッズを、クリスマスに両親からプレゼントされた時の陽菜と、同じ喜び方だった。


「うーん。アタシはこういう店よく分かんないな~。あ、でも漫画コーナーは普通の書店より充実してるのかな? 良いのないか、ちょっと探してくるね~」


 服屋にいた時のリッカと、まるで鏡合わせみたいな反応を見せて。

 コーコは少女漫画や女性向けの恋愛漫画が陳列されているコーナーへと向かった。


 アニメショップにおいて、金髪ツインテールでゴリゴリのギャルファッションなコーコは浮いており、周囲のオタク達はチラチラと視線を送っていた。

 ……俺のこともメッチャ見てくる。彼氏か何かと勘違いされているのだろうか。残念ながら恋人ではなく、ただの荷物持ち役なお兄ちゃんだ。


「……そういや、銀カウの新刊が結構出ているはずでは」


 このまま、紙袋を抱えて家に帰るだけで良いのか? と自問自答していると――ふと、そんな考えに思い至った。


 俺は交通事故に遭ってから、1年5ヶ月も眠っていたんだ。

 その間、様々なコンテンツが生産され量産されたはずだ。週刊の少年漫画雑誌は連載陣が入れ替わっただろうし、人気作の単行本も5~6冊は出ているはずだ。

 高三になって『妹が10人に増えている』という異常事態に困惑し、雛森先生からは大量の課題を出され、漫画を読むどころではなかったが――イチオシ漫画の続きは、チェックしなければ。


 しかし――。


「アレ……?」


 紙袋を抱えつつ、少年漫画コーナーに向かったのに。

 連載中の銀河カウボーイ・ステップは、俺が入院する前にも読んだ22巻で止まっていた。23巻以降は、発売されている様子がない。


「……どういうことだ……?」


「どうしたでござるか兄者?」


 その矢先。マグカップの他に新作フィギュアも購入して、満足げな表情を浮かべるリッカが、合流してきた。


「いや……銀カウの続きを、買おうと思ったんだけど……」


「……あぁ」


 一瞬。

 オタクなリッカの顔から、表情が消えた気がした。

 それはまるで、包丁を持って俺の背後に立っていた時のミナと、同じようなに見えた。


「……兄者が入院している間、世間では新型ウイルスが世界的に流行パンデミックしましてな。そのウイルスに、銀カウの作者『まりりん☆すぺぺちーの』先生も感染してしまい……。今は、療養のため長期休載しているところでござる」


「ウッソ、マジで? まりりん☆すぺぺちーの先生、病気で休んでいたのか」


 実に残念だ。

 言われてみれば、町中にはマスクをした人がやたら多いなと感じていた。花粉症の季節だもんなと勝手に納得していたが、まさか世の中がそんな事態になっていただなんて。

 だからコンビニやオタメイトに入店する時も、消毒スプレーで手を除菌していたのか、皆。


 自分が浦島太郎であることを、改めて認識した。


「他にも多くの漫画家、アニメーター、芸能人なども感染して……。娯楽コンテンツは、冬の時代ですな。テレビも再放送が多く、『少年ジャック』自体も休刊しているでござるよ」


「おいおい、マジかよ……」


 そういえば、テレビでもやたら昔の映画を放送しているなと思った。

 しかし長編アニメ映画を製作する『スタジオ・ジブリール』は、俺が子供の頃から同じ名作映画を何度もテレビ放映していたし、別に不思議には思っていなかった。


 漫画の休載自体も、そこまで異例ってわけじゃない。

 少年ジャックの古株漫画『ハンターズ・ハイ』は、作者が数年以上も連載せず、長期休載していることで有名。

 少年漫画好きとしては、休載そのものには慣れている。


「それにしたって、残念だな……。続き読みたかったのに」


「まったくでござる。ステファンが実はラスボス『暗黒ゲゲ丸』のクローンだと判明した、激熱なところだったのに……!」


 リッカも悔しそうにしているが、病気ならば仕方ない。


 銀河カウボーイ・ステップの新刊が買えなかったことを残念に思っていると――コーコも戻ってきて、「喉が渇いた~」と主張する彼女のため、軽食ついでにカフェへ向かうことにした。




***




「……これが、噂のタピオカミルクティーか……!」


「そ。兄貴が入院している間に流行して、兄貴が入院している間に廃れた飲み物」


 駅前の大通りに面したカフェの店外テラス席にて。

 やたらぶっといストローからジュルジュルとタピオカを吸いつつ、俺は『える飲み物』とやらを体験していた。


「味の感想はどうでござる?」


「……まろやか牛乳の方が美味い」


「「言うと思った」」


 コーコとリッカは、呆れを通り越して予想通りすぎたのか、何の感慨もないようだった。でも事実なのだから、仕方ないだろう。

 特に、タピオカが……別に要らないと思う。モッチャモッチャした食感は面白いけど、だから何? みたいな。


 それに……タピオカって、だったか?


 過去に何度も口にしたことがあるわけじゃないから、断言はできないけど。なんか、人工的な味や食感な気がする。


「チーズケーキをご注文のお客様~」


「あ、はーい。アタシアタシ~」


 声の可愛いカフェ店員が、コーコの注文したチーズケーキを、フォークと一緒にテーブルに置く。

 ……あれ、この声。聞き覚えがある。

 学校近くのコンビニで働いている、萌え声のお姉さんだ。コンビニだけじゃなく、休日はカフェでも掛け持ちバイトをしているのだろうか。


「……なになに兄貴。こんなに可愛い妹二人とデートしているのに、あのお姉さんに釘付けとか、あんまりじゃなーい?」


「う、浮気はマズイですぞ兄者……! よっぽどの正解ルートを選ばない限り、ハーレムエンドどころかバッドエンドまっしぐらですぞ……!」


「別にそういわけじゃ……。てか、兄妹なんだから浮気も何もないだろ」


 そんな風にからかわれつつ、確かに女子二人とカフェでまったりするなんて、モテない俺からすれば特別な経験だな、と思っていると――。


「――ヘイ、そこのお嬢ちゃん達。可愛いじゃないか。俺達と遊ばない?」


 不意にかけられた声に振り向くと、俺の心拍数は一気に跳ね上がる。


 ありきたりテンプレなナンパ台詞もそうだが、ラッパーじみたチャラチャラした格好の男達三人組は、明らかに日本人じゃなかったからだ。

 特に、不機嫌そうな黒人男性の威圧感に、俺はビビってしまう。

 浅黒い肌に茶色い瞳。軍人を思わせる長身で筋骨隆々な、見知らぬ黒人男性を前にして、どうしたものかと動揺してしまう。


 だが――。


「ぶふっ!」


 何故か、怖い外国人にナンパされたというのに、コーコは飲んでいたミルクティーを噴き出した。どうやら、笑いのツボに入ったようだ。

 リッカも両手で口元を押さえて「フヒッ……フヒョォ……ッ!」と奇妙な笑い声を我慢している。


「……クソが! どうして、俺がこんな……!」


 そんな二人の態度に、ラッパー衣装の黒人チャラ男さんは、死ぬほど怖い顔で何かブツブツと文句を言い、怒りの感情ストレスを見せていた。


 ……えっ、知り合い?

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