第7話 大層モテ王サーガ【2】

「よ、良かったぁ……! 知ってる顔が、ようやく出てきて……!」


「久々だなー。でも、どうしたん? そんなに汗かいて。まだ事故の傷が痛むのか?」


 金次郎キングは見た目こそチャラ男で、オタクや非モテ男を見下していそうな外見だが。俺の身体の心配をしてくれている通り、死ぬほど良い奴だ。まぁ、めちゃめちゃモテるのも事実だけど。


 長身で、小学の頃からサッカーをやっていて、バレンタインなんて本命チョコを段ボール箱で持ち帰るほどの伊達モテ男。

 そうした数々の逸話により、『キング』というアダ名が自然と付けられた。苗字的には『王子プリンス』だけど。


 そんなモテキングの金次郎は、スクールカースト中の下な俺が相手だろうと、幼馴染ということもあり親しくしてくれる。

 普通にアニメや漫画も好きだし、未だにカードゲームで俺と遊んだりするほどの仲だ。


 しかし中学時代、俺がネットに投稿していたファンタジーハーレム作品を、クラスメイト達の前で朗読して、最大の黒歴史を作りやがった因縁深い相手でもある。


 とはいえ今は、そんな遺恨など、少しも気にしない。

 信頼できる友人を前に、俺は心から安堵していた。


「き、聞いてくれよキング! 実は、朝起きたらさ……――!」


 説明し始めるも――正直、不安だった。


 交番にいた中年警官の時みたいに、また鼻で笑われたりしたら、どうしようかと。

 あるいは10人の彼女いもうと達同様、「当たり前でしょ? お前の妹は10人いただろ?」と、キングにまで言われてしまったら。

 きっと俺の心は、6秒を数えたって、冷静でいられなくなってしまう。


 そんな心配を抱きつつ、朝起きてから現在までの事情を、全て打ち明けると――。




「――……それ、実はオレもヤバイと思ってたんだよね」


「えっ!?」


 まさかの反応。

 俺はキングに食らいつくかのような勢いで迫る。


 通学路を歩く他の通行人や学生達にバレないよう、電柱の陰で、俺達は小声で会話する。まるで何か、朝から怪しいブツを取り引きする裏社会の人間みたいだ。


「実は……お前にいやんが事故に遭って入院した後、そろそろ復帰するって聞いた時期にさ。『また春からよろしく』って、挨拶しに行ったんだよ。お前の家に。そしたら……10人も女の子がいてさ。最初は、お前の彼女か? いつの間に女友達がこんなに増えたんだ? とか思ったんだけど……。まさかあの子ら全員、にいやんの妹を名乗るとは……」


「父さんと母さんにも、会ったのか!?」


 俺はキングの両肩を掴んで、激しく揺らして問い質す。


 イケメンな顔に至近距離まで近づいて、真っすぐに見つめる。

 女子ならばキングのこの美顔に見惚れているところだろうが、俺は男だ。それに野良犬を一緒に追いかけ回したこともある悪友に、ガチ恋なんてしない。


「お、落ち着けって! 喋りにくいだろ、にいやん!」


「あっ……。わ、悪い悪いキング。1、2、3……」


「ははっ、まだソレやってんのか! なんだっけ? フンガー? オンギャー?」


「『』な」


 今朝から何度もやっている――『アンガーマネジメント法』とは、言ってしまえば「6秒を数えて落ち着こう」ってだけの話だ。


 人間の怒りという感情は、実は6秒しか持続しないらしい。

 それ以上怒っているのは、惰性でしかない。怒りたくて怒っているだけなのだという。

 だから、怒鳴ったり暴力を振るう前に6秒数えれば、怒りは収まっていくのだという。


 俺はその理論を活用し、発展させ――怒りだけでなく不安や動揺、緊張や恐怖に襲われようと、6秒数えれば冷静さを取り戻せるようになった。

 数少ない、自信を持って他人に紹介できる特技ってやつだ。


 それを知っているということは、目の前のキングは金次郎キング本人である可能性が高い。高いというか、本物で確定。もしこれでキングまで偽物だったたら、マジで俺は発狂する。


「……てか、アンガーマネジメントそんなことはどうでもいい。父さんと母さんと、『陽菜』にも会ったんだな!?」


「ひ、陽菜ちゃんは見なかったけど……。おじさんとおばさんは、海外に行くって言ってたぞ」


「マジか……」


 やはり、あのお気楽夫婦は子供だけを置いて旅立ったようだ。


 頭の良さを受け継がなかったせいで俺はよく理解していないが、遺伝子だか何だかの分野で著名な学者夫婦らしく、しょっちゅう仕事で家を留守にしたり、海外へも出張していた。

 しかし、夫婦二人揃っての海外出張なんて珍しい。いつもは片方だけなのに。しかも退院寸前の息子を置いて。


 あまりにも……不自然すぎる。


 だがキングを疑いたくはないし、とにかく『正常な柏木家』を知っている友人が一人でもいるのは、心強い。

 ここがパラレルワールドでも異世界でもなく、現実である確証を掴めた。


「とにかく学校行こうぜ、にいやん。詳しい話は教室で。……その前にコンビニ寄ってかね? 朝飯買いてぇわ」


「あ、俺も昼飯を……」


 今すぐにでもキングから詳細を聞きたいが、そういや昼飯を持たずに出てきたのを思い出した。


 かつては母さんや陽菜いもうとが作ってくれたが、今はどちらもいない。……妹なら10人もいるじゃん、なんてツッコミは認めない。


 ママっぽい雰囲気の三奈ミナは「お兄さんのお弁当も詰めますね~」と言っていたし、チャイナ娘な九龍クーロンも「残ったマーボー全部入れとくアル!」とか言っていた。

 前者はともかく、後者は校舎の中でテロ騒ぎになるわ。


 いずれにせよ昼食を持たない俺は、話を聞きたいという逸る気持ちを抑え、キングと共にコンビニへ向かった。




***




 仕事へ向かう前のOLや、土木関係の仕事の人達、それに学生らで賑わうコンビニへ入って、適当に総菜パンとまろやか牛乳を買う。


 キングはというと、やたら迷っているようだ。

 アイツは女子の好みだけじゃなく、食事にも煩い。そんなに時間をかけていたら、朝飯を食う時間がなくなるだろうに。


 しかし1年半前と同じ姿に、ある意味で安心感を覚える。

 マッチョだのオタクだのアメリカ人とかになっていたら、どうしようかと思ったが。キングだけは、全てが俺の知るキングのままだ。


「ありがとうございましたー」


 可愛らしい声の女性店員さんから釣銭を受け取り、ようやくキングも買い物を終えた。

 コンビニの自動ドアから出て、学校に向かって二人並んで歩き出す。


せーよキング」


「いや~ゴメンゴメン。あの可愛い店員さんに、見惚れちゃってさぁ」


「お前、彼女いただろ。もしかして別れたのか?」


「まさか! お前が入院していた間も、オレとアケミちゃんは純愛をはぐくんでいたんだぜ! 来週にはデートするんだ~」


「女子大生でモデルだっけ? マジで凄いよなキング。しかも高校三年になるまで、ずっと関係が続いているなんて」


「あったり前よ。結婚を前提に付き合ってるからな、オレら」


 キングの恋人の名前も、1年半前と変わらない。

 誰よりもモテるキングだが、どれほど告白されようと『アケミちゃん』一筋。そんな部分も同じだった。


 大好きなアケミちゃんに失望されないよう、常に身なりを整えて『最高にイケメンな自分キング』を維持する努力も、変わらず続けているようだ。

 コンビニのレジ袋を手首にぶら下げつつ、手に持った鏡で、茶色い前髪の毛先をイジっていると――。



「うわぁああっ!?」



 キングではなく、俺の叫びが道路に響いた。



「……ど、どしたん。にいやん。急に大声出して」


「……あ、い、いや……」


 背後を振り向く。今しがた、俺とキングが出てきたコンビニ。

 そこには、客達が買い物をしたり店員がレジ打ちしたり、何の変哲もない日常の風景が広がっていた。


 だが俺は、心臓の動悸が止まらない。

 冷汗が噴き出す。

 大声に驚いて目を丸くするキング以上に、瞳孔は開いていると思う。


 けど、きっと『ソレ』は、見間違いだ。


「わ、悪い……。……なんでも、ない……」


「?」


 6秒を数えて深呼吸し、落ち着きを取り戻す。


 ……そうだよな。そんなこと、あるわけないよな。


 キングが手に持っていた鏡に映る光景を、チラリと見ただけで。

 俺が見たのは一瞬だったし、見間違いでしかない。角度や反射の問題で、だけだ。



 コンビニの中にいたOLも、土木作業員も、学生達も、仕事中の女性店員も。




 全員が動きを止め、顔を向け――俺とキングの背中を、無言で見つめていただなんて。




 絶対、何かの間違いだ。

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