第9話 妹 LOVEる -イモウトらぶる- ダークネス

「はぁ……」


 退院してから、最初の登校日を終えて。


 夕暮れまでの時間は日に日に長くなっているが、春先ということもあって、暗くなるのはまだままだ早い。


 そうして薄暗い道を帰り、疲れ切った溜め息を漏らしつつ、自宅の玄関を開ける。気分が落ち込んでいると、ドアまで重く感じるようだ。


 案の定、学校の授業はチンプンカンプンだった。

 休み時間に、成績優秀なキングに教えて貰ったりもしたが……高一の知識しか持っていない俺では、高三の内容は異世界言語レベル。


 放課後になると補習に勤しみ、まずは高一の内容を全て把握するところから始まった。

 しかし当時から授業についていけてなかった俺の学力では、これまた理解不能の意味不明。


 才女な担任雛森先生に分からない部分を聞きに行き、薄暗い教室で二人っきりの放課後授業……なんて言えば聞こえは良いが、彼女の指導は普通に厳しかった。

「高一の夏休み明けまでは通っていたはずだろ? なら、これくらい分かるはずだが?」とか「よくそれでウチの学校に入学できたな?」といった具合に。

 口に咥えた電子タバコから吐き出される白煙と同じくらいの頻度で、大量に吹きかけられるチクチク言葉に、何度も刺されまくった。


 赤い眼鏡で白衣の美人教師に責められ、興奮できる性分ならば良かったんだけど。普通にメンタルに大ダメージを負う結果で終わった。


「ただいま……」


 そして再び、メンタルを揺さぶられる時間かもしれない。

 帰宅したって、安心が手に入るとは限らない。


 そう思いながら玄関を開ける。


 頼むから、今朝の出来事は何かの間違いで、『本物の陽菜』が出迎えてくれないだろうか。

 祈るような想いで、帰宅すると――。


「――おかえり! お兄ちゃん!」


 陽菜と同じ声で、しかし陽菜とは違う茶髪のサイドテール少女が、制服+エプロンという姿で出迎えてくれた。


「……ただいま、一姫イツキ


 俺の淡い望みは、アッサリ打ち砕かれた。 


 夢から覚めない。やはり現実を突きつけられる。

 妹を名乗る知らない少女が、柏木家に居座っていた。


「おかえりさない、新也お兄さ~ん。今、夕飯の支度をしてますからね~」


 リビングの方から、おっとり系の三奈ミナも顔を覗かせる。彼女もエプロンを着て、包丁を手に持ち、料理をしているようだった。


 すると俺の帰宅を聞きつけたのか、家中がにわかに騒がしくなる。

 イツキとミナを除く、『妹達』が集合し始めたのだ。


「おかえりなさいませ、兄様あにさま……。夕餉にしましょうか、お風呂にいたしましょうか……? そ、それとも……! わ、わたくしをお召し上がりになりますかっ……!?」


 朝のような着物姿ではなく、学校の制服を着ている四姫シキ

 しかしやはり朝と同じく、玄関で正座し指をついて頭を下げ、顔を真っ赤にしつつ変なことを口走っていた。


 ドン引きする俺と同じような目線で、制服のスカートを短くしている金髪ギャルな五子コーコも廊下から玄関に来て、冷めた目で見下ろしていた。


「うっわ、マジでそれ言うの四姫アンタ? いつの時代よ。……あ、おかえり兄貴。貸してた漫画本ラブしゅば、兄貴の部屋から回収したからね~」


「えっ……」


 知らない女子が私室に侵入したと聞いて、恥ずかしさと同時に不安を覚える。


 流石に変なことはしないだろうけど、堂々と『俺の妹』を名乗る彼女達だ。

 隠しカメラとか盗聴器とかセッティングしないか、あるいは引き出しやクローゼットを漁っていないだろうかと、心配になってしまう。


「……大丈夫だって。マットレスの下までは、覗いてないから」


「なっ……!?」


 コッソリ耳打ちしてきたコーコの言葉に、激しく動揺してしまう。


 俺はを、安直な場所ベッドの下ではなく、『ベッドの骨組みとマットレスの間』に隠していた。

 基本は電子書籍や動画で楽しむが、厳選された達は現物で持っておきたい派なのだ。


 それすらも、知られている。

 だが恐怖よりも、羞恥の方が遥かに勝る。


 そんな俺の赤い顔を見て、コーコはニヤニヤしたまま「あれれ、動揺してるぅ~?」と、からかってきた。


「ど、ぢょうよう、しとらんわい!」


「あははっ! 動揺ぢょうようだって! ウケる~。兄貴かわいい~」


 陽キャのギャルに絡まれて、陰の者としては死ぬほど辛い状況だ。


 だがコーコは別に、俺がそういう本を持っていることに対して、嫌悪や不快感を抱いているわけじゃない。

 ファッションモデルような、アイドルにでもなれそうな美顔を近づけてきて、小悪魔的な表情でニンマリ見つめ上げてきた。

 俺は直視できなかった。


「こ、今夜の夕飯は何かなミナー!」


「今夜は親子丼ですよ、お兄さ~ん」


 急いで靴を脱いで家へと上がり、内心で6秒を数えながら廊下を進んでいく。


「あ、照れてるー! ねぇねぇ、妹モノは持ってないの!?」


「持ってない!」


 追撃してこようとするコーコの声や、右腕に抱きついて絡ませてくる細腕を振り切り、リビングへと入る。


 すると。

 俺と同じタイミングで、廊下に出ようとしていたオタク娘の六花リッカと――お互い正面から衝突してぶつかってしまった。


「おわっ」


「オゥフ!」


 ぶつかる瞬間。が俺の胸の下や腹の上あたりに、「ぽにゅんっ」と柔らかく触れた。


「123456!」


 瞬時に6秒を数えて落ち着く。

 そして俺とぶつかって倒れそうになった、制服姿のリッカの細い手首を掴み。腰も抱き寄せ、ぐいっと引っ張り、どうにか転倒は防いだ。


「こ、これは失敬、兄者あにじゃ……! ンフッ、イケメンでございますなぁ……! ガチ恋不可避! とりあえず1万円貢ぎ赤色のスパチャしますぞ!」


「恋心を金銭で表現するな」


 黒髪のツインテールを揺らし、黒縁眼鏡を指で上げ下げしながらフヒフヒ笑っている。……普通にしていれば可愛い見た目なのに、言動が残念すぎる子だ。


 いや、もう一人いたな。残念な子といえば、思い当たる少女が。


「試合中にコントローラーを手離すとは、愚かですわねリッカさぁんっ! この一撃で、ワタクシの勝利ですわ~~!!」


 どうやらリッカとセブンスと八千枝ヤチエ九龍クーロンの四人で、テレビゲームに興じていたらしい。

 プレイしているのは四人同時対戦型のゲームで、ヤチエとクーロンの使用キャラは既に脱落済み。

 リッカとセブンスの一騎打ちになっていたみたいだが、俺の帰宅によってリッカはゲームよりも兄を優先したようだ。リッカが使用するキャラは、画面の中で棒立ち状態。


「フッ……」


 だが俺の目の前に立つリッカは、不敵に笑う。眼鏡がキラリと光ったようにも見えた。


「やはりワタクシとアメリカが、ゲームでもナンバーワンなのですわね~~! U・S・A! U・S・A!」


 そしてテレビ画面の中で、セブンスの持ちキャラが、身動きしていないリッカのキャラへと、トドメの一撃を刺そうとして――。



『おっと、そこまでだ。残念だったな』



 リッカが使用するキャラの、渋い決め台詞と同時に。ステージに仕掛けられていた地雷が炸裂する。


 地雷を踏んだセブンスのキャラは、爆発四散し――体力HPがゼロとなり、リッカの勝利が決まった。


「NOOOOOOOO!!! どうなってますのコレぇええええ!? どうしてワタクシが負けるんですの!? クソお卑怯おチートですわ~~!!!」


 少し目を凝らせば見える地雷トラップなのだが……セブンスの目には、プレイ放棄した敵キャラと、偽りの勝利しか見えていなかったようだ。

 そしてリッカが一位、セブンスが二位となった。


 しかしクーロンに次いで四位となってしまったヤチエは、激しく凹んでいるセブンスとは違い、別に落ち込んでいる様子を見せなかった。

 ゴスロリファッションではなく制服姿で、テレビの前で体育座りしながら、表示されるゲーム画面を凝視している。


「……良いなぁ……。陽菜あたし愛兄にーにに踏まれて、全身グチャグチャになって吹き飛びたいなぁ……」


 うん、聞かなかったことにしよう。


你回ニーフゥイ来了ライラ、おかえりアル兄兄グァグァ。兄兄も一緒にやるアル?」


「いや、俺は……」


「もう一ラウンド! もう一回ですわ! お兄様ブラザーになら勝てそうな気がしますわ~!」


 リッカ達がやっていたゲームは、俺も好き……というか俺が購入したゲームだし。遊びたい気持ちは確かにある。

 しかし雛森先生に「自宅でも予習復習を忘れるなよ」と釘を刺され、大量の課題を持ち帰らされている。遊んでいる暇はなさそうだ。


 クーロンからの誘いをやんわり断り、台所キッチンへ向かう。


 イツキとミナが楽し気に料理している背中を見つめつつ、喉が渇いていたから冷蔵庫の扉を開ける。

 1リットルパックの『まろやか牛乳』を取り出し、コップに注がず、そのまま口を開けてグビグビ飲んでいく。


 母さんには「行儀悪いわねー」と注意されていたが、今は夫婦揃って海外旅行中。

 それに、この家でまろやか牛乳を飲むのは俺くらいだ。今朝の『陽菜』達も、オレンジジュースだのメロンソーダだのエナドリだの、好き勝手飲んでいたし。


「……ん?」


 その時――飲んだ牛乳に、微かなを覚えた。


 瞬間。


 俺が手に持つ飲みかけの牛乳パックは、背後から伸びてきた腕によって、強引に奪われた。


「おわ!」


 すると牛乳が零れ、制服に少しかかってしまう。


 突然のことに動揺したが、それ以上に――牛乳を奪ったのが、寿珠ジュジュという事実に驚いた。


 制服の内側に緑色のパーカーを着て、相変わらずフードを被っている。そして首には大型のヘッドホン。

 誰よりも『本物の陽菜』に似ている容姿をしたジュジュは、俺から奪ったまろやか牛乳に口を付け、ゴクゴクと飲み始めた。


「あ、ちょっ……」


「……何? なんか文句あんの?」


 俺がビックリした顔で、ジュジュを見ていると。

 ラッパ飲みで牛乳を胃袋に流し込んだジュジュは、長い前髪をかき分けつつ、不機嫌そうに睨んできた。


「え、いや……」


 文句、と言うか……。がっつり間接キスしちゃってるけど、良いの? という困惑の方が大きかった。俺のこと、嫌っているはずでは?


「チッ」


 歯切れの悪い返答に、今度こそイラついたのか。ジュジュは舌打ちすると冷蔵庫に牛乳を戻し、キッチンから出て行ってしまった。


「あ! お兄ちゃん、牛乳零しちゃったの!?」


「あらあら、大変~。床はワタシが拭いておきますから、お兄さんは早く着替えてくださいね~」


「あ、あぁ……」


 イツキとミナの心配する声すら、曖昧に聞き流し。

 階段を上がっていくジュジュの足音を――聞き慣れたな足音に、耳を傾けていた。




***




「はぁ……」


 またしても、溜め息が漏れる。


 ジュジュは陽菜そっくりなのに、その態度はまるで別人。

 しかし家の中を歩いたり階段を上る足音は、陽菜としか思えない。けど陽菜は、まろやか牛乳をあんな勢いで飲む奴じゃなかったし……。混乱でどうにかなりそうだ。


 だが今はとにかく、ジュジュにかけられた牛乳がシミになってしまって、どうにもならなくなる前に――制服の汚れを落とすため、洗面所兼脱衣所へと向かって廊下を歩く。


 動揺していても仕方ない。

 心を落ち着かせ、誰が本物の陽菜かを見極めるとしよう。


 俺の人生のテーマは『冷静沈着』。

 焦ったりパニックになったり大声出したり、そんなのは柏木新也らしくないぜ、俺。


 6秒を数えながら廊下を歩いていくと――イレヴタニアが、脱衣所から出てきた。



「ん……。おかえり、兄さんブラット



 首にタオルをかけただけの、全裸の姿で。



「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおいッッ!!!!!」

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