第2話 別世界へ

 木と木の間に雑草の服を着た祠が立っていた。草をわけて中を覗くと、右と左に流れる笠の下に朽ちかけの木の箱がうかがえた。木の箱の下に石の土台があり、それはまだまだ頑丈そうに見えた。箱の中には何も置かれていない。祠というにはそれは少し小さく感じたし、妙な場所にあるなとも感じた。というのも、祠とは人間が神をたたえるためにあるものなので、普通は人がよく通る場所に置かれている、と僕は思っていたからだ。

 僕は顔を引っ込めて、直立不動の体勢をとった。右、左の順で視線をやり、例の生き物を探した。

 「ナ〜ナ〜」

 僕の足下から突然現れた例の生き物は草を掻き分けて、箱の中へと潜り込むように入っていった。

 彼はどうやら寄り道をしていたらしい。

 僕は再び、祠の中を覗くと、彼が木の箱の中で丸くなっているのが見えた。僕の顔が近くにいても、彼は気付いていないのか、身動きをまったくとろうとしない。ただ、真っ白な毛並みが餅のように歪な形を形成して、呼吸のために小さく上下運動を繰り返していた。

 僕は彼の毛に優しく触れてみた。すると、咄嗟に奥の方から彼の顔がぴょこんと立った。彼は顔をできるだけこちらに傾けて、目は僕のことを睨みつけている。彼の目は少し怖かった。僕も睨み返し、彼の目の奥を覗こうとすると、なんだか背筋に寒気が走った。多分、彼が敵を見る目をしていたからだと思う。

 今回は我慢比べをせずに、僕はさっさと視線を外して祠から顔を遠ざけた。

 僕は祠の周りを歩いてみた。すると、細長い形をした岩が祠の裏側に転がっていた。それを持ち上げてみる。手で全体を触れてみた。すると、一辺だけ平らな部分があった。これが祠に飾られているイメージがついた。間違いない、彼が住処のためにどかしたんだ。

 僕は岩を下に置いて、もう一度祠を覗いた。相変わらず、彼は同じ姿勢のまま丸くなっている。僕は両手を伸ばすと彼を大事に支え持ち上げて、外に追い出した。彼はいきなり持ち上げられて、顔をぴょこんと立てると、動揺して体を揺らした。

 全身が祠から出ると、彼は僕の腕から飛び降りた。飛び降りると、四足歩行のまま僕の顔をじっと見つめてくる。僕はそんな彼を横目に、さっきの岩を箱の中に仕舞おうと持ち上げた。

 彼が再び箱の中に入った。なんとか草を分けて中を覗くと、戦闘態勢の彼がいて僕はげんなりした。彼を無視して僕が岩を箱に近付けると、彼は前足で僕の腕を殴ってきた。細い手から繰り出されるパンチは思っていたよりダメージがでかい。イタッイタッと思いつつ、僕は強引にも箱の中に岩をぶち込んだ。ぶち込む際に、彼の身体の感触を感じたがお構いなしに力を強める。さっき殴ったのだから、お互い様だろ。

 ペチペチと岩を叩いていた彼だが、岩が半分くらいはいったところで、諦めて隙間からにゅろっと飛び出してきた。外の地に足を付けた彼は、次に僕に向かって飛びあがり足蹴りをくらわしてきた。僕の背中に彼の爪痕が次々と印された。しかし、所詮は小さい生き物。傷こそつけれども、僕を押しどかす力はなかった。

 僕は位置の調整まで行い、出来上がった飾りを一歩引いて眺めた。そのころには彼からの攻撃が終わっていた。僕が彼の方を見ると、彼はじっと座って僕のことを睨んでいた。僕は彼に向かってニヤっと笑ってみた。しかし、彼は無表情のまま姿勢も変えなかった。

 僕は正面を向いた。僕の正面は祠だ。そのはずだった。

 僕の目の前にあるのは、洞穴のような入口になっていた。そこからガンガンに光が照らされた外の背景が覗ける。気が付いたら、僕の周りが暗くなっていた。どうやら、洞窟かなにかの内部に自分がいるらしい。

 「なんだここは。別世界にいったみたいだ」 僕は思わず声を張り上げて両手で頭を抱えた。

 「だから、やめなさいと何度も言ったのに」 

 僕は声の方に顔を向けた。声の正体は彼だった。彼は、後ろ脚を伸ばして二足歩行になっている。小さく見えていた彼だが、胴を伸ばしているからか、今の背は僕とそこまで大差ないように見えた。そんなことより、彼が日本語を話していることの方が気になった。

 「に、日本語話せるの?」

 「日本語?これは日本語じゃないぜ。うちの世界で公用語となっている言語だ。君からしたら、日本語?というものに聞こえるんだな」

 「公用語?僕がそんな言葉知っているはずないじゃないか。それに、うちの世界ってなんだよ。僕は本当に別世界に来てしまったのかい?」

 「そうだよ、君が祠を修復してしまったからな。あれは、この世界とあの君たちが生きている世界を繋ぐ唯一のゲートだったんだよ。」

 「なんだよそれ。元の世界に戻して。僕にだって元の世界でやりたいことがあったんだ。早く戻りたい。方法を教えてよ!!」 僕は顔を険しくした。

 「僕だって戻りたいさ。この世界にまた戻ってくるなんて思ってもみなかった。君が余計なことをするからこんなことになったんだ」 彼は口を縦に開けて、そう言い返した。

 「ごめん。目的が一緒なら、力を合わせて元いた世界に戻ろう。まずは自己紹介しよう。僕は、青山アレックス。アレクってよんでくれ。君はなんていうの?」

 「僕はアルル。姓はこの世界で最も力を持った王と同じだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

アルル @konohahlovlj

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る