第8話

8

「はぁっ…はぁっ…」

時間も丑三つ時をとっくに過ぎており、ビルのエレベーターは動かなかった。自動ドアも動いてはいなかったが手で無理やりこじ開けた跡があり、予感は確信に変わった。僕は非常階段を駆け上がり屋上のドアを勢いよく開けた。扉の先には柵を乗り越えて下を見つめている雨が立っていた。

「飛び降りるのか?」

息を整えて、雨に問いかける。

「そんな事、するように見える?」

雨は振り返らずに、そう言った。

「見えたって言うか、聞こえたんだ」

それを聞くと、雨はやっとこちらに振り向いた。それを見て僕は雨のようにふん、と鼻を鳴らしてみた。少し笑ってから雨は口を開く。

「よくわかったね」

「あぁ、僕も、テレパスだからね」

まるであの時の会話を繰り返すように話す。

「キミが?」

「信じてないでしょ」

「信じろって方が無茶な話だよ」

それもそうだ、僕もそうだった。

「じゃあゲームをしよう、君の思ってる事を当てられたら一つだけ言うことを聞いてもらう」

雨は頷いて、こちらをじっと見つめている。前の僕ならきっと、ここで外したら、なんて考えるのだろう。でも今は答えが分かっているように感じるくらい、頭に浮かんだ事をそのまま声に出した。

「さみしい、だろ」

「っ!」

雨の驚きようは言葉よりも正確に僕に正解の実感を与えた。

「…キミにはもう一緒にいちゃいけないと思ったんだ」

雨は柵に体を預けるように体勢を変えて、再びこちらに背を向ける。

「私はこういう人間だから、人と関わっちゃいけないんだってずっと思ってた」

僕は何も言わずに、ただ聞いていた。

「でも今日、君と話してそうじゃないって、そうじゃ無くなりたいって思ってしまったんだ」

今にも消えてしまいそうな少女の目には雨ではなく、涙が流れていた。

「わからないんだ、全部終わるはずだったのに、最後にこんなに苦しくなるならやらなかったのに!」

悲鳴のようにも聞こえる声で言葉を続ける。

「私は自分一人で生きていくことしか知らないのに、私がしたいことはそうじゃなくなった!」

感情が不安定になるにつれて、まるで呼応する様に雨も激しくなる。雷の轟音が一瞬、雨の意識を逸らした。体制を崩して落ちそうになった雨の手を掴む。

「私は、お別れがこんなに寂しいものだって、知らなかったんだ…」

半分ぶら下がったような状態で、そう呟いた。

「やっぱり、君は僕なんだな」

掴んでいる手に力を入れ、雨を引き上げる。勢いがつきすぎてそのまま屋上に倒れ込んでしまう。来る途中に出来た傷が少し痛む。

「だから一人で楽になろうとしたんだ」

「そう、思考を手放せば、苦しい事はなくなるから」

同じ苦悩を持ったひとりぼっち達は空に向かって言う。

「でも今は違う」

「やりたい事が出来た」

「明日も笑いたい」

「一緒に歩きたい」

「夢を見たい」

「胸を張りたい」

一言ずつ言葉が重なる度、雨と混ざる様な感覚を覚える。繋いだ手が少し強ばる。

「もう、大丈夫だよ」

僕は空を見上げたまま話す。

「でも私は、きっとまた逃げるよ」

「その時は、僕が何とかするよ」

それから僕達は笑いながらやりたい事を話した。他愛もないもしも話をした。空が明るくなってくる頃には雨は眠ってしまっていた。それに気づくと僕の意識も微睡んできた。

「おやすみ、雨」

そう言って僕も、眠りについた。おやすみと返事が返ってきた気がした。

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